長編10
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東階段、死出の地下階

「ねえ、黒川さんって幽霊が視えるんだよね」

朝のホームルーム前、教室の席について荷物をかばんから出しているといきなり話しかけられました。

同じクラスだけど、グループが違うので普段ほとんど会話をしない子でした。

「えっと、どういうこと、かな?」

「あのね、先生には言わないでほしいんだけど、私達昨日学校でやばい映像撮っちゃったんだよね、それでそういうことに詳しい黒川さんに相談したくって」

霊感が強いということを私自身周りに吹聴することはありませんでした。

そして、私の方から霊に関することを他の人に諭すこともありませんでした。

但し、向こうから聞かれた場合のみ、その霊の関わる障りについてわかることだけ答えていました。

私の高校はいわゆる心霊スポットの多い学校で、それに伴う怪異談もあまた存在し、学校生活の中でいつの間にか私の霊感が強いということはクラスの中でも公然の秘密となっていました。

とりあえず話を聞いてみると、昨晩彼女は別のクラスの二人の友達と一緒に三人で夜の学校の肝試しをしたというのでした。

探検先はこの学校の七不思議にも数えられている西階段と東階段でした。

目を閉じて上ると通常十二段の階段が一段増えて十三段の時があるという噂のある西階段では何もなかったらしいのですが、その後に向かった東階段の方で恐ろしい出来事があったということでした。

東階段の七不思議、それは『死出の地下階』と呼ばれている怪異談で、夜中に東階段を訪れると一階の階段の隣に地下への階段が出現するときがあり、その階段はあの世へと繋がっているというものでした。

そもそも夜に学内にいること自体が稀なのですが、部活や生徒会の活動で遅くなった生徒がその地下への階段を目撃したという噂は私も聞いたことがありました。

しかし、あくまで証言のみの風聞であり、実際にその地下へと降りたり、映像を取ったということは聞いたことがありませんでした。

彼女はその噂の『地下階段』を撮影したというハンディカメラを差し出してきました。

もうこの時点で私はかなり嫌な予感がしていました。

なぜかというと私の今までの経験からすると、仮に少々幽霊らしきものが映像に紛れ込んでいるという程度のことであれば、むしろ仲間内で盛り上がっているはずだからです。

つまり、普段ほとんど話すこともない私にまで相談に来ている時点でかなり危ない映像であることが想像できました。

正直見たくはありませんでしたが、彼女は半ば強引に映像を再生して見せてきました。

映し出された光景は夜の学内の廊下のようでした。

「暗くてよく見えないね、夜間撮りの設定してなかったの?」

「だって、家から親のカメラ適当に持ってきただけだし」

かろうじて廊下と前を進む人影が判別出来る程度でその影が誰なのかもわかりません。

映像の中で彼女を含めて人影同士が楽しそうに声を掛け合っています。

「あお~、あそこ何か人の顔みたいに見えない~?」

恐怖スポットを探検しに来ているのにまるで遠足にでも来ているようなはしゃぎようでした。

しかし、私はその映像に大きな違和感が起こり始めていました。

「……さっきあなたを含めて三人で探検したって言ったよね?」

私の問いかけに彼女は身を固くしてわずかに頷きました。

「……四人、いるじゃない」

映像の中で動く影は三つ、映像を取っている彼女のことを考慮するとその場面には四人いる計算でした。

しかし、その人数が合わない中であってもそのことを指摘する声は映像の中で上がっていません。

「気が付いてたの、一人増えていること?」

「覚えてない、全然覚えてないのよ、少なくともその時は気付いていなかったのよ」

注意深く見ていると四人はお互いの名前を時折呼び合っていたのですが、四人の中で一人だけ聞き覚えのない名前がありました。

「この『あお』って呼ばれてる人はだれ?」

映像に出てくる人間は別のクラスの生徒もいましたが、皆名前は知っている人でした。

しかし、この『あお』と言う名前には聞き覚えがありませんでした。

「わかんない、こんな子知らない」

「でも、この映像の中であなたもこの人のことを『あお』って呼んでたじゃない」

「だって本当に知らないもん、こんな奴」

そのニックネームとも思える『あお』という名前で呼ばれている影は映像が暗すぎて、男女の区別もはっきりしません。

そうしているうちに映像はくだんの東階段に着いていました。

「み、みて、下の階段があるよ!」

『あお』と呼ばれている人影が東階段の地下階を示唆する声を発しました。

その声はアニメの男子キャラクターを演じている女性声優のような声でやはり男女の区別がつきません。

映像の中の彼女達は予想していなかった地下階の階段に慌てふためいているようでした。

「ちょっと、降りてみようよ」

映像の中の『あお』は一人で東階段の地下階へ進んで行っているようでした。

しかし、映像は暗すぎて本当に東階段に地下への階段が現われているのかは見えません。

「ねえ、みんなも一緒に行こうよ」

『あお』はしきりに皆を地下階へ誘っているようでした。

何度も誘いの呼び声を発していましたが、やがて『あお』の声は階段の下から聞こえなくなりました。

しばらく映像の中で静寂が支配しました。

「え、あれ、今の誰?」

映像の中で彼女は頓狂な声をあげていました。

「あ、いや、知らない、誰、だったの?」

「階段の下に消えた、やばいよ、逃げようよ」

他の生徒も怯えた声をあげながら、しきりに逃げようと叫んでいました。

映像はその悲鳴の後、腕が下げられたためか廊下の表面ばかりを映していましたがやがて切れました。

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あらためて彼女は私に迫ってきました。

「ね、やばいよね、これ、いつの間にか私達に中に知らない何かがまぎれて、地下に誘い込もうとしてたんだよ」

映像を見る限り、彼女の言うような怪現象のようにも思えました、しかし私はもう一度彼女に確認してみました。

「この『あお』って呼んでた人、本当に知らない人なの、だって名前呼んでたんでしょ?」

本当に知らない人間がいつの間にか紛れ込んでいたのであれば、彼女達がその人物を『あお』と呼んでいたのは少々不自然でした。

「いやいや、私達『あお』なんて奴知らないし、東階段の下に消えて行ったあと、誰か知らない人がいたって気が付いたのよ!」

「東階段に行くまでの間はなんとも思わなかったの?」

「わかんない、でも知らないやつが混じってるとは感じなかったと思う、ねえ、黒川さん、私たちこれからどうしたらいいかな、お祓いにでも行った方がいいかな?」

彼女は結構真剣に問いかけているように見えましたが、私はこの映像をまずは先生に見せて相談するように話してみました。

しかし、彼女はそんなことをしたら自分達が夜の学校で遊んでいたことがばれるじゃないと逆に怒ってきました。

埒が開かない状態でしたが、ホームルームの時間になって教室に先生が入ってきたので、取り敢えず私は彼女に今のところ何も悪いものは憑いているようには視えないとだけ説明しました。

クラスの生徒が皆席に着き、先生が出席を取り始めました。

「あれ、その空いてる席、誰の席だ?」

先生が声をあげた先を見ると、確かに教室の真ん中あたりの席が一つ空いていました。

「おい、その席は欠席か、誰が欠席だ?」

先生はその空いている席の隣の生徒に誰がいないのか尋ねました。

「えっ、え~と、俺の隣、誰かいたかな?」

「おいおい、なんだよそれ」

奇妙なやり取りでした。

先生が訝しんだ通り、席が空席のままそこに置かれているだけということはあり得ません。

当然誰かの席のはずなのですが、私も含めた教室の中の誰もその席の生徒のことが分からないのです。

最後には先生も不思議そうに出席簿で一人ずつ確認して読み上げていました。

「あっ、こいつじゃないのか、今この教室にいる奴で見覚えがないし」

そう言って先生は一人の生徒の名前を読み上げました。

「ゆうづき、あお……ゆうづきあお、いるかあ?」

先生は『ゆうづきあお』という名前を読み上げました、同じクラスの生徒なのに初めて聞く名前に思えました。

でも、ゆうづき、あお、何かとても大変なことを感じさせる名前に聞こえます。

次の瞬間、先ほど東階段の映像を見せてきた彼女が叫び声をあげました。

「いやああ、だれ、だれよ、『あお』って」

私は彼女の絶叫ではっとしました、先ほどの映像の中で彼女達の中に紛れていた何かも『あお』という名前でした。

取り乱す彼女にクラス中が呆然とする中、私はそっと先生のところに行って出席名簿を覗き込みました。

そこには『有月蒼』という名前が確かにありました。

先生が発した通り『ゆうづきあお』と読めます。

その名簿はあいうえお順にまず男子が並びその後に女子が並ぶ形の名簿でしたが、名簿のちょうど真ん中あたりにその名前はありました。

や行のゆの文字が男子の最後と考えるとその生徒は男子生徒のようでした。

「先生……先生もこの生徒のこと知らないの?」

私は囁くように尋ねました。

「いや……誤植かな、俺もこの名前の生徒は初めて見た気がする」

私の問いかけに先生も訳が分からないといった感じでした。

結局、映像を見せてきた彼女は先生から取り乱した事情を聞かれ、しぶしぶ昨夜の学校での探検のことと映像のことを説明しました。

先生はそのことは問題だとしながらも彼女の気分がすぐれないということで私も付き添って保健室に行き、そのまま早退することになりました。

彼女はしきりに『あお』が教室にいるんじゃないのか、私に悪いものが憑いているんじゃないのかと問い詰めてきましたが、やはり私には何も視えないと答えました。

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その日の放課後、私はどうしても気になったことがありホームルームを終えて職員室に向かう先生を呼び止めました。

「あの、先生、朝言ってた『有月蒼』くんのことなんですが……」

「ああ、あれな、ごめんごめん、やっぱり誤植だったよ、もう直しておいたから」

そう言って先生は出席簿の名簿を見せてくれました。

そこには朝にはあったはずの『有月蒼』の名前が消えていました。

修正液で消されたような直しではなく、名簿自体が作り直されたようでした。

「えっ、もう、直したんですか?」

「なんだ、何かおかしいのか?」

「いえ、その彼、『ゆうづき』くんって、本当にうちのクラスにはいなかったんでしょうか?」

「どういうことだ、黒川?」

「だって、席が一つ空いていたのも不自然ですし、昨日のあの東階段の映像に『ゆうづき』くんらしい人が映ってたんです」

私は意を決して、疑問に思っていたことを話してみました。

「先生も聞いたことがありますよね、東階段の地下階のこと、この『ゆうづき』くんはあの東階段で失踪してしまったんじゃないでしょうか?」

先生の表情が少しこわばったような気がしました。

「はあ、東階段の地下階なんて単なる噂だろう、それで生徒が失踪したなんてお前何言ってるんだ?」

「でも、先生も知ってるでしょ、この学校実際に色々と事故が起きてますよね、もしかして生徒の失踪を隠すために名簿をすぐに直したんですか?」

我ながらかなり不用意に踏み込んだ憶測だとは思いました。

「馬鹿なこと言うな、『ありづきあおい』なんて女子生徒は確実に存在していなかった、お前変な風に考えすぎだぞ」

その言葉は私にとって想定の範疇を超えたものでした。

「えっ、先生いまなんて、『ありづきあおい』?」

先生が発した名前はまたしても初めて聞く名前でした、いえそれが本当の名前、『有月蒼』は『ゆうづきあお』という男子生徒ではなく、『ありづきあおい』という女子生徒。

あの名簿で男子の最後の『ゆ』の文字ではなく、女子の最初の『あ』の文字の生徒と考えれば腑に落ちました。

それに先生はさらに重要なことを口にしていました。

「先生、なんでその有月さんが『確実に存在しない』って知ってるんですか、まだみんなの勘違いかもしれないのに」

「いや、それは」

「もしかして有月さんの住所録が残ってて、電話連絡で家族に確認したんじゃないですか、『ありづきあおい』さんという女の子はいませんかって、そこでもそんな子はいないって言われたんですね」

「お前何言ってるんださっきから」

先生はさらに語気を荒げましたが、私も食いしばった歯のあいだから声を押し出しました。

「だって、クラスメイトが一人消えたかもしれないんですよ!」

私も混乱する思考を沈めようとしていましたが、先生の方が先に冷静な表情になりました。

「じゃあ、聞くが、その消えたっていう有月蒼はどんな生徒なんだ?」

「えっ、どんな生徒って?」

「男か、女か、身長は、体型は、髪型は、性格は?」

「……いえ、それは、だって」

「なんだ、おまえが心配しているっていうその大事なクラスメイトについては何も知らないなんて自分で何を言ってるのかわかってるのか?」

そこまで言われて私は何も返す言葉が出なくなりました。

「もう、いいな」

「えっ……」

必死に抗う私を置いて先生は背中を向けました。

「もし、お前がその有月蒼について何か思い出したなら、その時は先生に教えてくれ」

そう言って先生は職員室に向かって歩いていきました。

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次の日、映像を見せてきた彼女に昨日のことを尋ねると、彼女は神社にお祓いに行ってきたと言いました。

そして、そこでも何も憑いていないと言われ、一応映像も残しておくと良くないかもしれないと忠告されたため問題の映像も消してしまったようでした。

そうして彼女はもういいよありがとねと昨日の騒ぎなど何もなかったかのように振舞っていました。

私は彼女に確認してもらいたいことがあったのですが、そんな彼女を見ているとそれすらも馬鹿らしく思えてきました。

彼女の携帯電話にはもしかすると『有月蒼』の連絡先が残っているかもしれない、そんな思いはもう気にしないことにしました。

私の携帯電話の電話帳には『有月蒼』という名前はありませんでした。

少なくとも『有月蒼』と私は連絡先を教えあうほどの近しい間柄ではなかった……それだけで少し胸をなでおろす自分がいました。

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@夜行列車 様
いえいえ、紛らわしい書き方をした私が悪いんです。
楽しんでいただけるのが一番うれしいです。

次回も女子高生の彼女のお話、栞のお話か回廊のお話になる予定です。

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@ラグト 様
あっそうなんですね、すいません勘違いで。。。(ノ∀\*)
でも今回のお話はとっても怖くて楽しんじゃいました!
ありがとうございます(^^ゞ

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