中編3
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夕暮れの公園

 日暮しが鳴く夕暮れどき、パート帰りの私にはどうしても立ち寄らなければならない場所がある。

集合住宅と一戸建て住宅に挟まれた小さな公園。

夕ご飯の支度時間だから、子供を遊ばせる親子の姿はほとんど見られない。

その代わり、学校帰りの中学生の男女たちが嬌声をあげている。

ひと組の親子がいた。 親子は、あえてこの涼しくなる時間帯を選んでいるのだろう。

「あら、もう来ていたの?」私は若い母親に声をかけた。

「ええ……」

「おばちゃん、きょうもお仕事ごくろうさま」

母親のスカートの裾を掴みながら、目のクリクリとした三歳くらいの男の子が、少しはにかみ、笑顔をみせる。

「ありがとう。この子はしっかりした良い子だねぇ」

私はスーパーの袋をベンチに置きながら、どっこいしょと腰掛けた。

「そうですかぁ?いつまでも甘えん坊で困っているんですよ」

「それはお母さんに次の子が産まれるのを、こんな小さいながらもわかっているからだよ。お兄ちゃんになるんだもんね、ボク」

「そんなものでしょうかね……」

母親は臨月と思われる突き出したお腹を、だるそうにさすった。

「私もね、息子がこの子くらいの時、よくこの公園で遊ばせたものですよ。でも、あっという間に大きくなってしまって……。このくらいの頃が一番可愛いよ」

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 昨年、息子は結婚した途端、家に寄り付かなくなってしまった。

―― 母さん、ボク恥ずかしいから、もうあんなパートなんてやめてよ 

と言うのだった。

誰に恥ずかしいんだよ。嫁さんですか。年金暮しは働ける身体があるうちは働かなければならないんだよ。

働けるだけ、まだマシさ。ふん。

「おばちゃん、見て、見て、見て」

男の子は一番低い鉄棒で、「さかあがり」をしてみせる。

「わぁ、すごい、すごい。たいしたものだ」

男の子を見つめる。母親も我が子を目を細めて見つめていた。

「あっ、お借りしていたあのカーディガン、なかなかお返しできなくてすみません」

母親がはっと、思い出したような顔で言った。

「ああ、あれ、いいよ。もしよかったら使ってもらっていいよ」

「えっ、いいんですか」

「うん。かまわない」

「いつもすみません。ありがとうございます」

「あっ、じゃあちょっと、これ置いてくるからね」

私はスーパーの袋を抱えて、ベンチを離れた。

「ほんとうに、ありがとうございます」

若い母親は申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。

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 公園の真向かいにあるクリーニング店の建物の前で私は立ち止まった。

空家のまま、まだ借り手がつかないようだ。

 あれは二十年前の、ちょうど今頃の季節だった。

クリーニング店の店先に置かれていた自動販売機のジュースを買おうと、公園から走ってきた男の子はトラックに潰された。

坂道発進で勢いづいたトラックだったから、ひとたまりもなかった。

自販機と車体に挟まれた。

母親はこの世のものとは思えない叫び声をあげ、その場で破水した。

血まみれの小さな体に覆いかぶさる若い母親。

「おーい、救急車はまだかー」

人だかりと怒号の中、パート帰りにその場に居合わせた私はなんのためらいもなかった。

女の本能がそうさせたのかもしれない。

倒れこむ母親の肩を抱き、冷房対策用にバッグに入れておいた黒いカーディガンを取り出し、母親を包んだ。

そうせずにはいられなかった。

その後、男の子は即死。母親は失血性ショックにより亡くなったと人づてに耳にした。

 生きていたら丁度、息子と同じ年頃だね。

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 すでに撤去された自販機痕の地面は、あの日の惨劇が嘘だったかのように、白じろとしたアスファルトが光っている。

私は腰をかがめ、スーパーの袋から小さな花束とペットボトルの水とお菓子を取り出し手向けた。目を閉じ手を合わせる。

振り返ると公園の遊具の隣には、男の子と、産まれることができなかった赤ん坊を胸に抱いた若い母親の姿が見えた。

笑顔で手を振る男の子。そっと微笑む母親。

その姿は段々と薄くなり、紫いろに変わりつつある空の色に溶けていった。

「また遊びにおいで。私はここで待っているからね。ずっと」

そんな事をつぶやいてみた。

 【了】

Concrete
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なんとも、奥が深いです…

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