小料理屋 砂時計【ご報告】

長編9
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小料理屋 砂時計【ご報告】

夜も更けて、良い子でなくとも夢の中にいる丑三つ時──。

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東京は新橋にひっそりとある秘密の小料理屋【砂時計】の引き戸がカラカラと開いた。

「いらっしゃい」

カウンターの中にいる老齢の女将が人懐っこい笑顔で迎えたのは、赤いコートに大きなマスクという妙な出で立ちの女だった。

女は長い黒髪を耳にかけ、顔の下半分を覆うマスクを外して女将に笑いかける。

「女将、お久しぶり」

耳の傍までパックリと開いた女の口元は、赤い三日月のように緩やかなカーブを描いている。

「咲子ちゃん!やっぱりヘリコプターの先生でも治せなかったの?」

困り顔の女将の前の席に腰かけた咲子は、クスッと上品に口を隠して笑った。

「うん、もういいの……」

そう言って、咲子は女将の前の席に着く。

「え?とうとう諦めたんスか?」

カウンターの死角からひょろ長い体の女が、むくりと細長い体を起こして咲子を見つめる。

「八千代ちゃん、久しぶりね。その顔は……また男にフラれたの?」

咲子の言葉が図星だったのか、八千代は泣き腫らした目に腕を当てて、また仰け反って泣き出した。

「うわぁぁあああん……男なんて皆死ねばいいんだぁぁあああ!!」

物騒なことを叫ぶ八千代を優しく放置して、咲子は女将に顔を向ける。

「タマちゃんは?」

咲子の問いに女将が答えた。

「タマちゃんなら、用事で来れないって言ってたけど……」

「しまチャンコと撮影だそうです……あーつまんねぇ!!」

女将の答えに補足情報を付け足した八千代に、咲子が首を傾げる。

「しまチャンコって?」

「ほら!シマシマのちゃんちゃんこに下駄履きの……」

「あぁ!タマちゃん……まだ続いてたんだ」

八千代の説明で合点がいった咲子は、ポンとひざを打ち、うっすらと微笑んで女将に向き直る。

「女将さん、オレンジジュースもらえる?」

「え?いつもの獺祭あるわよ?」

酒豪の咲子からソフトドリンクを注文されたことに驚いた女将は、念のために確認を取るが、咲子は笑って頷いた。

「お酒は止めたんだ」

「えぇっ!!咲子さんが?!」

「そうだよ……お酒はもう飲まないの」

慈母のように微笑む咲子に、八千代は日本が沈没する5秒前のような顔をして見せた。

「こんばんはー」

入口の引き戸がカラカラと開いて、呑み屋にそぐわないセーラー服の女の子が入ってくる。

「いらっ……」

「琴子ちゃん?!」

「あら?新顔ね」

琴子と初対面の咲子以外の二人は、下半身がないはずの琴子に二本の足がついていることに驚愕して、八千代に至ってはアゴが外れかかっていた。

「はじめまして、琴子です。咲子センパイのお話は伺ってます」

「そう、よかったら隣にどうぞ」

「ありがとうございます!」

琴子は咲子に元気に返事して、一つ開いた席に座り、カウンターに両手をついて、上半身だけを咲子の隣に乗せた。

「あら?斬新なセパレートね」

咲子が女将からオレンジジュースを受け取って、琴子の前に置くと、琴子はクスクスと笑って返した。

「わたし、下半身がないんですよ♪こちらの下半身は、友達の知代子ちゃんです」

紹介された知代子(下半身)は、両足首をツンとさせ、すぐに元に戻した。

会釈した……つもりなのだろう。

「知代子ちゃんは何飲む?」

カウンターに完全に隠れている知代子に女将が優しく問いかけると、八千代は「何処から?!」というセリフを呑み込んで事態を見守る。

知代子はカウンターの縦板に何やら文字を書いて、意思表示をする。

それを横で見ていた琴子が、女将に「テキーラ、ショットでお願いします」と代返した。

「まぁ、強いのね」

咲子が言うと、知代子は両足をクロスさせてモジモジする。

これは、恥ずかしがっている……ということらしい。

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場が少し盛り上がってきた所で、乱暴に入口の戸が開き、薄汚れた服の女が酔いつぶれたサラリーマンのおじさんを引きずりながら入ってきた。

「こら!もり子ちゃん!!また、変なもの引きずってきて!!返してらっしゃい!!」

「……やだ」

女将に一喝されても動じることなく、もり子は酔いつぶれたサラリーマンのズボンの裾を片手に握ったまま、知代子の隣に座った。

「もう…しょうがないんだから……」

女将は諦めのため息を吐いて、テキーラを知代子のいる前であろう場所に置く。

「ありがとうございます」

それを琴子が取り、知代子に向かって言った。

「チョコちゃん、行くよ?」

琴子の呼びかけに、知代子は腰を前後に一度振って答えると、琴子はテキーラを腰の真ん中辺りに流し込んだ。

テキーラを流し込まれた知代子は、バタバタと足をバタつかせて、直後に脱力した。

横で見ていた咲子は、死んだのか?と思ったが、美味しい……ということらしい。

「オーッス!お前ら、悪さしてへんやろな?」

また入口の戸が開き、色白のシュッとした女と、金髪碧眼のグラマラスレディが入ってきた。

「コ…コダチの姐御!!」

先に入った女見て、八千代がバカデカイ図体を起こして目を見張る。

「おぅ!久しぶりやな八千代、また背ぇ伸びたんちゃうか?」

「伸びませんよ!」

テンプレなやり取りをして、手前に座るもり子の肩に手を置いて、コダチは囁いた。

「お前、それ止めぇ言うたやろ?……それを元に返すか、お前が塵に還るか、5秒で選べや」

ドスの効いたセリフを耳元で聞かされたもり子は、全身をガタガタと震わせて硬直している。

「3……2……」

もり子の死へのカウントダウンを破り、八千代が立ち上がって手を上げ、天井に突き指した。

「姐御!返してきます!!」

「ほな、行ってこい!!」

「ハァイッ!!!!」

八千代は直ちにサラリーマンを抱えて、店を飛び出して行った。

それを見送ったコダチは、もり子の肩に手を置いたまま、ボソリと呟く。

「えぇ友達を持ったなぁ……でも、次はないで?」

もり子はコダチに戦慄しながら、上半身全体を使って頷いた。

「コダチさん、お連れの方はどなたなの?日本人ではないみたいだけど」

空気を変えるべく、咲子がコダチの後ろに控える外国人スーパーモデルへと話題をシフトすると、金髪碧眼のグラマラスレディはスッと敬礼した。

「スコットランドヤードから出向して参りました!リダです!!」

妖怪相手でも淑女的対応のリダに、コダチが豪快に笑う。

「そんな畏まらんでえぇよ……コイツらバケモンやし」

その言い方にカチンときた女将は、即座に遺憾砲を発射した。

「ちょっと、随分な言い方じゃない?……こっちはコダチちゃんには結構協力してるつもりよ?」

「スマンスマン……」

コダチとリダは大人しく席に着き、女将に「テキトーに」とアバウトな注文をする。

「行ってきました!!!!」

荒い息づかいでガリバーのように店に戻ってきた八千代を、もり子がギュッと抱きしめ、感謝の気持ちを伝えた。

「ボス、こちらの方々は……」

賑やかな面子に、ずっと驚きっぱなしだったリダが、満を持して問う。

「紹介せなアカンかったな!まず、女将のババアと……」

のっけから失言するコダチに、女将が割って入る。

「ちょっ!!コダチちゃん!紹介が雑過ぎない?」

「ほな、自分でせぇや!」

逆ギレ甚だしいコダチをスルーして、一人ずつ自己紹介する運びになり、まずは店主から年功序列で始まった。

「女将の砂かけお姉さん、美砂です」

「随分と年季の入ったお姉さんやなぁ……」

コダチがうっかり口を滑らせると、女将は出刃包丁をスッと振り上げた。

「ウソやて!姉さん!!」

コダチにちゃちゃ入れを禁止したところで、次に咲子が会釈する。

「医療ミスで口が裂けちゃった女の咲子です」

そして、八千代。

「八千代です!身長は大きめの180センチです!」

「サバ読み過ぎやろ……240センチや」

「姐御!ちゃちゃ入れたから、今日はオゴリですよ!」

「お前がアカンからやろ!」

八千代とコダチがやいやいしている間に、もり子がペコリと頭を下げる。

「もり子……比企もり子」

「お前、名字あったんか!」

もり子のセリフを聞き逃さず、コダチが反応すると、もり子はコクンと頷いた。

「あ、わたしは琴子です、隣の子はお友達の知代子ちゃんって言います!よろしくお願いいたします!!」

琴子と知代子のワンセットで、一通りの自己紹介が終わり、和やかムードなところで咲子が言う。

「私、結婚します」

「「「「「はぁぁああああ????」」」」」

あまりにも唐突な重大発表に、無口なもり子も声を荒げた。

それくらいビックリした。

「相手は?相手はいるンスか?」

動揺がイカつい八千代に、咲子が笑いながら答える。

「当たり前じゃない……結婚って、基本ペアでするものよ?」

「そうでしたっけ?」

もはやいろいろ壊れ始めた八千代を無視し、女将が笑顔で祝福した。

「おめでとう……ざぎごぢゃん………」

「女将……」

嬉しさで感極まる女将の手を取り、咲子もポロリと涙をこぼす。

「よかったやないか!咲子!!」

「おめでとうございますよ!ミス……いえ、ミセス咲子」

「おめでとうございますっ!いつか、わたしも咲子さんみたいにイイヒト見つけたいです!」

(足パチパチ)←知代子

「……おめ」

それぞれからの祝福に、咲子さん泣き笑いで答えた。

「ありがとう、みんな……きっと幸せになるからね」

「当たり前や、お前を不幸にしたら、旦那は逮捕やで?」

「ボス、それは何の罪ですか?」

「知らんけど逮捕や!」

「理不尽極まりないッスね…姐御」

いろいろえげつないコダチに八千代が引いていると、咲子が女将の目を見つめて言った。

「女将には、母親として式に出て欲しいの……お願いしてもいい…かな?」

「もちろんよ!咲子ちゃんは娘みたいなものだもの!」

ドラマのような二人のやり取りに、もらい泣きしたり、豪快に笑ったり、嫉妬に狂いかけてたり、と様々な顔が並ぶ。

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祝福ムードの中、カレシ欲しい歴=年齢の八千代が、リア充咲子に質問する。

「馴れ初めは!馴れ初めを教えてください!お願いしますっ!!!!」

今後の参考にするつもりなのか、執拗に食い下がる八千代に根負けして、咲子が語りだした。

「カレとは、手術失敗の傷心旅行の時に出会ったの」

「何回目の?」

「黙って聞けや、八千代」

コダチが八千代を制して、咲子は話を続けた。

「その町で宛もなく彷徨っていたら、曲がり角でカレにぶつかったのよ」

「その時、食パンはどっちが?」

「アホか、お前……」

なかなか話が進まない中、三人の間にいるもり子は、いつの間にか出されていた中華粥を呑気にすすっている。

「粥…うま……」

そんなもり子に一瞬、時が止まりかけたが、咲子が気を取り直して続きを話す。

「そこで、お互いに謝ったあと、カレに訊いたの……『わたし、キレイ?』って」

「謝罪の直後に訊いたンスか?」

「そうよ、そしたらカレがね……『キレイです』って言ってくれたの♪」

ノロケのさざ波の予兆が漂う中、八千代が突っ込んだ質問を重ねた。

「マスクは取らなかったんですか?」

「もちろん取ったわよ?それでもカレは言ってくれたのよ……『僕には見えないけれど、あなたはきっとキレイな方ですよ』って」

デレデレする咲子を尻目に、八千代がハッとした顔で言った。

「これが世に言う『恋は盲目』ってヤツか!」

「八千代センパイ、全然違います」

後輩からマジレスを食らいながら、それでも八千代はへこたれなかった。

「そうか!目が見えない男なら、ワンチャンあるってことだ!」

「でも、声の位置でトンでもないヤツがおるってわかるやろな……笑い声も独特やし」

「じゃあ、その上、耳が聴こえない男なら……」

「それだと、外出は一人で出来ないでしょうから、出会う確率は天文学的になるでしょうね……そもそも、見えない聴こえないじゃ、ミス八千代も気づいてもらえるかどうか……」

リアリスト人間の二人が、八千代の淡い希望を容赦なく打ち砕き、八千代は慟哭した。

「オシメーダ……私の恋は始まりすらしねぇんだ……」

「八千代センパイ!どんまいですっ!!」

(足が靴を脱いで、親指を立てる)←知代子

「粥…うま……食え」

後輩たちがフォローしようとするが、八千代には何の慰めにもならない。

「では、どうでしょう?」

リダが八千代に向かって提案する。

「知り合いから、あなたによく似た男の噂を聞いたことがあるんです。日本人ではありませんが、一度お見合いしてみては?」

「ソイツ、人ですらあれへんけどな」

「するっ!します!!お願いしますっ!!リダ大明神さま!」

異国の女に大明神という敬称をつけるほどテンションが上がった八千代に、リダはちょっと引いた。

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その夜は、咲子の結婚の前祝いと、八千代の恋愛成就を願って、大いに盛り上がったのだそうである。

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