短編2
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真っ黒な者

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俺の体験談

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今から8年前、東日本大震災の数ヶ月後の話です。

当時俺は高校生でした。沿岸に住んでいたので津波の被害は凄まじく、避難した高台から波に飲まれていく町をただ呆然と眺めていたのを覚えています。

そんな被害から形だけとはいえ立ち直り色々な事が前に進み始めた頃、俺はそれに出会いました。

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なんでもよかったのだと思います。ただ気を紛らわせたかったのです。俺は夜中にジョギングを始めました。

夜中に暗い川沿いの道を走る。体を動かすとその時だけは辛い事や思い出したくないことを忘れられるような気がしたのです。

そんなジョギングにも慣れ始めた頃でした。

いつものように夜中の1時頃に家を出て走り始め、川沿いの道に入ったあたりでなんとなく寒気を覚えました。そのまま走り続けていると前方から足音が聞こえてきました。

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街灯も建っていない道で暗闇に慣れ始めた目を凝らすと、人影がひとつこちらに向かって走ってきているようでした。

このジョギングを始めてから他の人とすれ違う事なんて初めてのことだったので、俺みたいな人が他にも居るのかな、とのんきに構えていました。

同時にあれ?とも思いました。いくら夜中で街灯も無いとはいえ、お互いに近づいているはずなのにその人影には一向に色がつかないのです。

とっくに夜にも目が慣れています。

月明かりや、他の家屋から漏れ出る明かりもあるのに。それらに照らされても人影はずっと暗く黒いままなのです。

俺はゾッとして引き返そうかと思ったのですが、得体の知れない人影に背中を向けるのも怖くてそのまま走り続けました。

そして遂にすれ違うというその時、そいつは俺の目の前に居ました。

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そう、すれ違っているのにソレの頭の部分は俺の目の前にあるのです。首から上だけを伸ばしぐにゃりと曲げて、俺を真正面から捉えていました。

俺が声を上げかけた瞬間、その真っ黒な何かは通り過ぎ去って行きました。

振り返って目を凝らしましたが足音だけが遠ざかり、そこには既に夜があるだけでした。

肝を冷やした俺は全力で家まで走って帰り、以降二度と川沿いの道を通ることはありませんでした。

あの真っ黒な者はなんだったのか、震災に関係していたものなのか今となっては知る由もありません。

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