中編3
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三鷹分離派自殺同盟 after

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およそ18ヶ月前、

三鷹分離派自殺同盟が都内に於ける3万人同時自殺テロを図った。

機動隊との攻防や、個々人の心変わりの末、

命を保ったのは1万人程度。

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その多くは思想運動の夢に破れ酒に溺れ、

その多くは愛を知り保守を強いられ、

そのさらに多くは拘束衣に包まれて暮らしていた。

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ただひとり、

当時の同盟#20089だけは、政府機関に雇われていた。

彼は自らの思想的発見によって自殺を辞めただけの者であり、

「自殺者を(本人がもし望んでいそうなら)抑止する」

という目的のもとに働いていた。

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政府の思惑としては、

「かつての反体制組織の人間が“転向”した」

という事実をキャンペーンするための人材でもあったのだが、

#20089はそれを知りながら、なおも抑止活動を続けていた。

内部からしか崩せない論理があったからだ。

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政府機関がたくさんの人材を雇って行なっていたのは、

学校や施設を周回しては

「自殺の無意味さ」を説くというだけのものだった。

人生が無意味だから死ぬのに、

自殺の無意味を説かれたところで死の抑止にはならない。

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#20089の話はいつも、泥の話から始まる。

人間の男は泥から作られ、女はその肋骨から組み立てられた。

で、あるならば、人間なんてものはそもそも土なのだ。

乾けばホコリになるような、聖書を離れてさえ確かに、

私達は物理的にそのような存在でしかない。

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まず「生きる無意味から説くべきだ」というのが

#20089の持論だった。

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「それほどに意味の無い我々が、

価値を知り、建設を行える、その自由をこそ謳歌すべきであり、

意味に満たされた痴れ者が、

不自由を肯定し、自由を否定する理論など、そもそも価値の否定じゃないか」

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彼の意識はまだテロリストの側にあった。

それは非常に不穏な演説でありながら、

けれど少ない聴衆は、わずかながらに同意していた。

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「笑顔を広げる人達は必ず必要で、

幸せの輪を築く人達こそが今後の世界を広く、

そして良いものにしていく」

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「それでいてなお、今だけは、

誰かが一緒に嘆かないといけない。

誰かが一緒に悲しまないといけない

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『生きる意味って幸せになること

充実した人生じゃないと意味無い

価値ある生き方をしなければ』

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ほんとうにそうなんだろう。

みんなが言うからそうなんだろう。

けれど、今が幸せではなく、

充実していなくて価値を見いだせないとしたら?」

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「そしてその望みがないと信じている人がいたら、

絶望を押しつけることになってしまう。

じゃあ何をしたっていいのなら、

けれど人を傷つけたくないのなら…?」

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「自殺は甘えじゃない。

甘えとは、愛する人の胸で眠ることだ」

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任務の一環には、直接的な自殺志望者の救助もある。

先月にも歌舞伎町で、そんなことがあった。

屋上から飛び降りようとしている若い女性だった。

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……結局のところ、#20089の説得は無意味だった。

現場の誰もが、彼女の弾けた死体を見た。

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死の間際の人間をひとり、

生かすための言葉をひとつも、

誰も知らないんだ。

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「誰も知らないんだ」

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#20089はその夜、

左腕を千切って失血死した。

人間の腕力では考えられない自殺だったが、

彼は確かにその右腕で、自分の動脈を引き裂いたようだった。

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@珍味 様
そういえばキリコさんも女の子を救えずに嘆いてましたね。
正しい言葉や優しい言葉というだけで人は救われないし、
かといって文章芸術が人を支えるにはそれなりのタイミングが必要になってしまう。
音や光や風などに任せるしかない瞬間のほうが、じつは多いのかもしれませんね。

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