中編5
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けん玉

ある金曜日の夜、繁華街の一角で飲み会の予定があった。

Bは仕事の都合で少し遅れていたため、小走りで待ち合わせの居酒屋があるビルへ急いでいた。

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ビルに着くと、幸運なことにエレベーターが止まっていたので飛び乗った。

すぐさま11階のボタンを押し、スマホを確認する。

定刻を少し過ぎた頃であり、中々上出来の到着であった。

エレベーターには自分一人だったので、「よしっ」と独りごちそのままスマホを眺めていた。

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やがて11階に到着した。

スマホに夢中になり、画面を眺めたままエレベーターを降りる。

ふと、周りに違和感を覚えて顔を上げた。

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そこは居酒屋ではなく、物置のような空テナントだった。

咄嗟にスマホで場所を確認するが、どうやら一つ隣のビルに来てしまったようである。

「しまった!」と慌ててエレベーターに向き直ると、すでに下に向かっていた。

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ため息をつき、改めてその部屋を見回すと、ダンボールやらハシゴやら雑多なものが無造作に置かれており、真っ暗で月明かりだけが正面のベランダから差し込んでいた。

気味が悪い静寂の中、Bはエレベーターの到着を待った。

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その時Bは部屋に音が鳴っていることに気がついた。

カチン、カチンと木がぶつかり合うような音が部屋のあちこちで断続的に鳴っている。

「家鳴りか資材の乾燥音か?」と思っていると、またあることに気がついた。

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音が自分の周りを回るように鳴っている。

ゆっくりカチン、カチンと自分の周囲をまるで点で結ぶように鳴り続けていた。

さすがに怖くなってきたため、Bは音を追うのをやめ、集中してスマホを眺めた。

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しかし、やはり音から耳が離せなかった。

段々と聞いている内に、音が「けん玉の音」と似ていることに気づいた。

気づいてから恐怖のあまり冷や汗が吹き出し、その場にうずくまってしまった。

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すると唐突に音が止んだ。

水を打ったように部屋がしんと静まり返る。

自分の呼吸と動悸の音だけがはっきりと聞こえる。

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その時、背後から幼い声がした。

「おいで」

タイミング良くエレベーターが到着し、開いたドアに飛び込んだ。

ボタンを押しに、勢いで振り返ったが部屋には何もいなかった。

無我夢中でボタンを連打して、ようやくドアが閉まり始めた。

1階まで着くと、転げるように外へ飛び出した。

とにかく人に会って安心したい。

その一心で隣のビルの飲み会へ向かった。

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「おお、遅かったなー」

同僚が呑気に声をかけてくる。

何はともあれホッとした。

息を整えると「すまん、仕事が片付かなくて」と席に着いた。

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最初の内は、同僚達の話にも上の空だったが、酒の力でみるみる内に楽しくなってきた。

雰囲気を壊しては悪いと、あの件は黙っておくことにした。

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しかし、それは会の終わり30分前だった。

同僚の一人が、会社で幽霊を見たと話し始めた。

周りの者も乗せられて、すっかり怪談話が飛び交うようになった。何かが彼の中でムクムクと起き上がってきた。

「実はさ、、、」

そして、堰を切ったようにBは喋り始めた。

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「お前それ本当か?」

周囲の者は半信半疑であるものの、明らかにこの話に興味を示していた。

「それって隣のビルだよな?」

「そうなんだ。しかもついさっきの話だよ」

「おい、この後行ってみないか?」

「いや、俺は、、、」

「面白そうだな!」

「やだ私は行かなーい」

等と悪い流れが出来てしまった。

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やがて会も終わり、会計を済ませると男性何人かが隅に集まって何やら話している。

Bは帰宅組に混じりそそくさと帰ろうとしたが、そのグループの一人に「おい、ちょっと案内してくれよ!」と呼び止められた。

そうして、半ば強制的にグループに同行することになった。

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「ここの11階だよな?」

ビルの目の前に来て同僚が確認する。

Bは軽く頷いた。

「よし行こうか!」

男4人グループでビルの中に入っていった。

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エレベーターに乗っている時に、同僚の一人が「何かここ寒いよ」と言い始めた。

季節は夏で、寒いなんてことはない。

「お前演出うまいな」と他の連中は笑っていた。

そうこうしている内に、エレベーターは11階に到着した。

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ドアが開く。

相変わらずの光景である。

ベランダからは月の明かりが差し込んでいる。

だが、今度は人がいて、酔っているので先程よりは怖くない。

同僚が言う

「なんか気持ち悪い部屋だな」

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4人は恐る恐る部屋へと入っていった。

方々に散らばり物色し始める。

しかしこれといって変わったものはない。

数分経った頃だろうか。

突然、カランという金属音が部屋の隅っこから聞こえた。

皆、凍りついた。

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「きゃっはっは」と笑い声がした。

正体は同僚の一人だった。

「お前ほんとにやめろよ」

「マジでビビった」等と皆が口々に叫ぶ。

「ごめんごめん。でもいいもん見つけたぜ。」

彼は右手を掲げた。

けん玉だった。

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「お前それ、、、」

「部屋のカドんとこに落ちてたんだよ」

すごく古いけん玉だった。

Bは先程の記憶がフラッシュバックして、背筋が凍りついた。

「Bの話してたやつじゃないの?」

「お前それ早く捨てろよ!」

「お前にプレゼントしてやろーか?」

「いいから早く捨てろよ!」等としばらく言い合いが続いたが、飽きたのか彼は無造作にけん玉を地面に放った。

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「結局何も怖いこと起きねーじゃん」

「がっかりだな」

「もう行こーぜ。幽霊は俺らのこと嫌いみたいだ」と同僚達は不満をたれ、エレベーターへ向かった。

Bもすかさず、エレベーターに向かう。

エレベーターが到着した。

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ドアが開き、乗り込む。

「B、お前ほんとに見たの?」

「けん玉見つけて作り話したんじゃねーの?」

等と言われ、Bも自分の気のせいだったのではないかと思い始めながら、もう一度部屋の方を向き直った。

心臓が跳ね上がった。

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Bの正面、つまり月明かりが差し込むベランダ。

そのベランダの柵の向こう側に少年の顔が見えた。ビルの外側にいる!

両手を柵にかけて、じーとこちらを見ていた。

そして、狂ったように笑っている。無音で笑っている。

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しかし、最も怖かったのはそこではなかった。

少年の顔が物凄くでかい。

普通の3倍はある。

その顔が小刻みに揺れ、狂ったように笑っている。

頭がでかく、細い身体。

そのシルエットはまさにけん玉のようであった。

Bはエレベーターのドアが閉まるまで呆然とその姿を見ていた。

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後でそれとなく同僚に聞いたが誰もあれを見ていなかった。

そして、それから一週間後、けん玉を見つけた同僚が突然会社を辞めた。理由は心を病んだとしか聞かされていないそうだ。

何故あれがBにだけにその存在を知らせたのかは分からないが、Bは「もしあの時、ふざけてけん玉を持ち帰ったらどうなっていたんだろう」と今でも不気味に思うという。

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