中編3
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なきごえ

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子供の頃、ずっと怖かったものがある。

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それは声、それも赤ん坊の泣き声のような声だ。

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夜、窓を開けっ放しにしていると、どこからか

「うあぁぁぁぁう」という声が聞こえる。

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赤ん坊にしては低いその声を聞く度に、不気味な怪物の姿をイメージしては怖がっていた。

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そもそも俺は怖がりな癖に怪談とか、都市伝説とかをよく読んでいて、それらの話を読む度、怪物のイメージははっきりと、そして恐ろしくなっていった。怖がりなのにそんなの読むな、と思うかもしれないが、あの頃の俺は不思議なくらい怖い話がすきだったのだ。

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話を戻すが、とにかく俺はその声を聞くたび、自分で作った怪物の姿に怯えていた。

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…もっとも、俺がその鳴き声が発情期の猫のものだと知るまでの話だが。ひょんなことからそれを知り、一人で羞恥に悶えていた。誰にも話さなくて本当に良かった。

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そんなこんなで、俺も高校生になり、怪談に対する興味も薄れ、平凡な日常生活を送っていた。

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高校からの帰り、俺はいつものように自転車をこぎ、暗くなり始めた道を走っていた。するとどこからか

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「うあぁぁぁぁう」という声。最近聞いていないな、と思ったが、それだけだった。そしてその後に小さい頃あの声に怯えていたことを思い出し、また一人で恥ずかしくなっていた。

その時だった。

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「う"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"う"」

先程とは違う、地の底から響くような低い声だった。

全身の毛が逆立ち、思わず辺りを見回した。

まだ6時とはいえ、今は12月。周囲は暗闇に包まれていた。

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あれは猫の鳴き声だ、と自分に言い聞かせ、再び自転車を走らせる。じんわりと心に恐怖が広がった。早く帰りたい一心でペダルをこぎ続けていると、

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shake

「ドンッ」

という音と共にバランスを崩し、地面に投げ出された。

痛みに顔をしかめ、体中を触って血がでていないか確認する。膝に触れた瞬間、ズキンと痛みがはしった。擦りむいてしまったようだ。

…いや、それよりも。

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何か、柔らかいものにぶつかった感触がした。人をひいたかもしれない、そう思った瞬間に先程とは別の恐怖が襲った。倒れている人がいないか辺りを見回すと、暗闇の中に黒い塊が見えた。頭が真っ白になり、

「すみませんっ、大丈夫ですか!?」と声をかけながら駆け寄り、

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「それ」の姿を見た。

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大きさは大人の男性くらい。頭が異様に大きくて、胴体と大きさがほとんど変わらなかった。赤ん坊みたいだ、とぼんやり思った。ただ、それはシルエットだけで、肌は全身が火傷をしたように赤黒く、ところどころ血が滲んでいた。白目を剥き、開けられた口からはだらりと舌が伸びている。あまりの姿に言葉を失っていると、そいつはぶるりと身体を震わせ、

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shake

「う"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"う"!!!う"ぁ"ぁ"ぁ"ぉ"ん"!」

と凄まじい叫びをあげた。口からは唾液をとばし、白目の端から大粒の涙があふれた。

もう、限界だった。

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化け物に背を向け、全力疾走した。自転車はどうしようとか、アイツに家まで来られたらどうしようとか、様々な事が頭に浮かんだが、それらを一つ一つ考えている余裕はなかった。ただただ足を動かし、これ以上ないってくらい走った。

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ずり、ずり、という音が背後から聞こえ、アイツが唾と涙を撒き散らしながら追いかけて来る様子を想像してしまった。

吐きそうになりながらも家を目指し、俺は走り続けた。

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気がつくと家に着いていた。辺りを見回しても、アイツはいなかった。助かったのだ。そう思うと、自然と目から熱いものがこみあげてくる。ドアを開け、リビングから出てきた母親が驚いた顔をして俺をまじまじと見た。

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あんたどうしたの、という声を無視して俺は泣き続けた。

恐怖や安心といった感情がただただ涙として溢れ続け、ようやく落ち着いたころには8時を過ぎていた。

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あれ以来、「アイツ」には出会っていない。

「アイツ」の正体が何なのか、なぜ俺の前に現れたかなんてことは分からない。

俺が猫の鳴き声を聞いてイメージした幻だったのかもしれない、なんてことも考えたが、確かめる術などない。

ただ一つ言えるのは、

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あれから俺は小さい頃より夜が苦手になったってことと、

夜の闇から聞こえてくる猫の鳴き声の中に、

地の底から響くような何かの声が混じっている、ということだけだ。

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