中編6
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海の水人形

部活の先輩から聞いたお話で、先輩が小学生の時の体験です。

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僕の祖父母は瀬戸内海の島で漁業と民宿を営んでいたため、夏休みにはよく祖父母の住む島に遊びに行っていました。

海水浴や釣りなどをして楽しんでいたのですが、地元の子供の集まりに混ざって遊ぶほどの交流はなかったので、基本的にはいつも一人か妹や弟とだけ遊んでいました。

その日も潮の引いた浜辺でバケツの中に砂と捕まえた蟹を入れて自作のカニランドで遊んでいたのですが、気が付くとキャップ帽をかぶった少年がバケツの中を覗き込んでいました。

学年は自分より一つ上ぐらいでしょうか、若竹のようにすらりと背の高い端整な容姿のお兄さんでした。

「久しぶり、夏休みで帰って来たんだ?」

直接話したことはありませんでしたが、島の子供達のグループにいるのを見たことがありました。

荒くれな印象の強い島の子供達の中でものやわらかそうな美少年だったので、記憶には残っていました。

僕は祖父母の民宿に来ていることを伝えましたが、実はお互いに名前も知らなかったので、あらためて名乗ってくれました。

「俺はまひる、君は?」

「えっ、すなお……」

「ははっ、素直そうだし、砂浜が好きそうな名前だね、カニ好きなの?」

緊張しながら黙ってうなずくと、まひるはいつ捕まえたのかてのひらの中にいたカニをバケツの中に入れてくれました。

島の男の子はみんな日に焼けてがっしりした子が多く、まひるも健康的に焼けているのですが、すっきりとした美少年で私は生まれて初めて男の人に身体の奥深くから揺さぶられるような感覚を覚えました。

彼も時々祖父の民宿にやってくる僕のことは関心があったようでした。

それからは二人で島のことや僕の町のこと、学校のことをおしゃべりしながらはしゃぎまわりました。

ふいにまひるは僕の黒褐色の髪をなでると、立ち上がりました。

そして、僕の顔をゆっくりと覗き込んできました。

「俺、すなおのこと好きになっちゃった、君と結婚したいな」

突然の告白に思考が付いて行かなかったので、変な汗が頬を流れて落ちました。

「えっ、けっこんって、そんなこと……」

大きくならないと結婚なんてできないよという意味で僕は言ったつもりでしたが、まひるはそうではないようでした。

明日には島から帰ってしまう僕と今結婚の約束をしたいと言っているようなのです。

彼は僕の顔に唇を近づけてきました。

迫ってくるまひるくんの顔に男の子相手でもカッコいいからいいかなと思ったのですが、彼の唇が強く僕の唇に押し付けられた途端塩水の味と生臭い匂いが口から鼻に抜けていきました。

期待していた感触とは正反対の気持ち悪さに戸惑っていると、何かうごめくものが口の中に侵入してきました。

最初はまひるくんの舌が入ってきたのかと思ったのですが、それはまるで生き物のように僕の口の中を這いまわります。

あまりの違和感に僕はたまらずまひるくんを押しのけました。

彼の唇が離れても口の中のうごめく感触はそのままで、僕は慌てて吐き出しました。

砂の上に吐き出されたそれは生きたカニでした。

驚いて彼の方を見ると彼の口から別のカニが這い出ていました。

いえ、口だけではありません、耳や目の中からも……

「どうしたの、カニ好きなんでしょ……」

言葉にできない圧力に僕は身動き一つとれずに震えました。

僕の方を見据えたまま彼はゆっくりと僕に近づいてきました。

「や、やっぱり結婚の約束なんて無理だよ」

「それは俺が男だから?」

それが理由ではなかったけど、とにかく彼から離れたかった自分は黙ってうなずきました。

「それなら大丈夫だよ、俺、女だから」

そう言ってまひるがキャップ帽と髪を束ねるゴムを取ると肩まである黒髪がこぼれ落ちました。

「ふふ、びっくりした、島で俺ぐらいの子、みんな男の子ばっかりだから、一緒に遊ぶときは仲間外れにされないように男みたいな格好してたんだ」

まひるちゃんは耳元で囁くとぎゅっと抱きついてきました。

ぴったりと密着した彼女の胸から伝わってくる感触は小さいながらも確かに女の子のそれに感じました。

「だから、問題ないでしょ、海の底で一人は寂しかったんだ、一緒にいて、すなお」

抱きつかれたまま後ろに倒れると体の半分が水の中につかりました。

いつのまにか潮は満ち始めていました。

恐ろしい事態に僕はもう一つの結婚できない理由を叫びました。

「だめだよ、だって僕、女だもん、女の子と結婚なんてできないよ」

今度は彼女の方が心底ぎょっとしたような表情になりました。

「えっ、うそ、うそでしょ」

語尾がかすれながら、動揺した表情で彼女はじっと僕の目を覗き込みました。

「ばかな、女が……女がこんなに可愛いわけないじゃない!」

まひるの愛らしい唇から魂消るような悲鳴が吹きあがりました。

僕の体から弾くように離れた彼女の体はみるみる青黒く変色していきます。

細身の彼女の体は肺から頭に空気が押し出されたような嫌な音を立てて人の形を崩し、程なくして波の中に溶けていきました。

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波の音が聞こえました。

気が付くと僕は砂浜の波打ち際で気を失って倒れていました。

まひるちゃんの姿はありませんでした。

僕は訳が分からず祖父の民宿に戻り、恐ろしくて何も言わずにその日は眠りました。

次の朝、島から帰る日になり、僕は家族と一緒に民宿を出ました。

昨日のことを自分なりに考えていました。

おそらくまひるちゃんは海の事故で死んでしまったんだと思いました。

それで僕も海の中に引き込もうとしたんだと感じました。

力なく港に向かっていると、行く先に見覚えのある人影が立っていました。

それは昨日海に溶けて消えたまひるちゃんでした。

「えっ、生きてるの?」

僕は安心と恐怖の混ざった思いのまま彼女のところに駆け寄りました。

すると、彼女も僕の姿を確認すると申し訳なさそうに口を開きました。

「あっ、昨日はごめん、ちょっと乱暴にしちゃって」

昨日のことに対する謝罪の言葉があるということは間違いなく本人のようでした。

「えっ、ああ、うん、いいよ」

溶けてしまった彼女は夢か幻だったのかと混乱しましたが、とりあえず彼女の言葉に僕もあわせて答えました。

「それにしても、お前女の子だったんだな、びっくりしたよ、てっきり男だと思ってたから」

昨日の出来事のどこまでが夢だったのだろうと考えがグルグルと定まりませんでしたが、会話はそのまま続けました。

「いや、僕もまひるちゃんのこと男だと思ってたし、お互い様だよ」

僕の言葉を聞いたまひるちゃんの目が一瞬点になりました。

「えっ、どういうこと、俺、男だけど?」

「えっ、だって昨日……」

彼女が僕をからかってるんだと思い、彼女のキャップ帽を取りました。

しかし、ありません。

昨日キャップ帽からこぼれ落ちた長い黒髪はなく、短く切りそろえられた髪しかありません。

まさか昨日のうちに切ってしまったのかと思い、僕は彼女のシャツの上から胸のところを触ってみました。

やはり、ありません、昨日は感じることが出来た柔らかい感触が……

まひるくんは僕の行動に大人しくされるがままでしたが、少し恥ずかしそうに答えました。

「おまえ、やっぱり大胆だな、そんなに触りまくるなよ」

彼の言葉も耳に入らないぐらいに僕は動揺していました。

確かにまひるくんは女の子ではありません、じゃあ昨日僕にキスしてきたのはいったい誰だったのでしょうか?

「それにしても昨日はびっくりしたよ、突然あんなことするから驚いて逃げたけど、溺れるところだっただろ、いきなり結婚しようって防波堤で抱きつきながら海に落ちるなんて」

きかんきな弟にするように、彼は僕をたしなめました。

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何から突っ込んだらいいのか迷うほどでしたが、細かく考えるのは後にした方がよさそうでした。

ただ一つだけ……

それは絶対に僕じゃない。

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