長編8
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見てはいけない

田舎の大学の寮生活が嫌になり、三年生になった年に、大学から原チャリで十分くらいの所にあるボロアパートに引越した。

二階建ての、田んぼに囲まれたアパートの二階。

隣は同じ地元出身の友達。

これから楽しい一人暮らしが始まる予定だったわけ。寮生活の時は、食事なんか気にしなくて良かったんだけど、一人暮らしとなれば一応自炊もしなければいけない。春のぽかぽか日和の日に、歩いてスーパーへ買い物に行く事にした。

大きな公園と公園の間の道を、とことこ歩いてスーパーへ向かった。

公園の奥には大きな桜の木が何本もあって桜がきれいだった。

春休みなのに、公園には人が一人もいない。

まぁ、田舎だし。

ブランコと滑り台しかないし。

買い物を済ませて、また同じ道を歩いて帰る途中

「ワワワーン。」

「ワワワーン。」

とカン高い犬の遠吠えが聞こえてきた。耳を刺すようなカン高い犬の声…。

よく見ると、公園の奥の方にある桜の木の下に白っぽいワンピースを着た女の人が、俺に背中を向けてユラユラと立っていた。

歩きながら何故か俺の目は、そちらへ釘付けになった。

「ワワワーン。」

「ワーン。」

犬が吠えていた。超カン高い声で。

すると、後ろでいきなり声がした。

「あんまり見ない方がいいよ。」

振り返ると買い物袋を持ったおばさんが、笑い顔とも怒り顔とも見れる、複雑な表情で立っていた。

「じろじろ見ない方がいいよ。」と、もう一度言いながら足早に俺を追い抜かしていった。

「確かにあんまり見るのも失礼だな。」

そう思って俺も視線をそらし、ボロアパートに帰った。

一人暮らしは意外とお金がかかる。次の日もまたスーパーへ、足りない生活雑貨を買いに行った。

その帰り道。

また犬の遠吠えが聞こえた。

昨日と同じ場所で白いワンピースの女が立っていた。

「ワワワーン。」

「見てはいけない。」

と思っていても、ついつい興味本意で見てしまう。

すると、いきなり女がくるりと振り返りこちらを向いた。

女が振り返ったと同時に俺は反射的に目をそらせた。

「顔は見ていない…。」

と思う。

なんだか見てはいけないような気がしていた。

「いや、見たかな…顔。」

とにかくとっさに顔を前に向けて、何事もなかったように普通に歩いていたふりをした。俺は前を向いて歩きながら、振り返った女の顔を思い出していた。

見間違えなのか、距離も結構あったせいか、どうしても女の顔がはっきりとは浮かばない。

目の部分がぽっかり空洞になった黒い大きな目だったような記憶しかなかった。

その瞬間、怖くなった。

俺の足は超早歩きになっていた。

二、三秒の出来事だったんだけど、ふと我に返ると

ザッザッザッザッ

歩く音が聞こえてきた。

その歩く音は

カッカッカッ

という音に変わった。

振り返る事はできなかった。

俺の感覚では、公園の奥の桜の木から公園の砂利を歩く音。その音はやがて、公園を出てアスファルトを歩く音に変わったようだ。

要するに

女が俺を追いかけてきたんだ!

体中の毛穴が開き髪の毛が逆立った。俺は恐ろしく早く走った。とにかく振り返らず、明らかに勘違いだろうが>「オリンピックにでれば、金メダルがもらえるのではないか!?」と思うほどの速さで、ボロアパートにたどり着いた。

部屋に戻り、息を切らせながら、とりあえず鍵とチェーンをかけた。

女が追ってきてたのかは定かではなかった。

だがとにかく、尋常じゃないほど俺は怯えていた。

しばらく息をひそめ、外の様子に聞き耳をたててじっとしていた。

三十分くらいたったかな。

玄関の外には人の気配なし。

窓から外を見渡すが、それでも人の気配なし。

「俺はアホか、ビビリめ…。」

もう夕方だった。

とりあえずカップラーメンを食って、片付けをぼちぼちやっていると、あっという間に時間はたっていた。

夜十時くらいだったかな。

疲れたので寝ることに。ちょうどその時、隣の友人がバイトから帰ってきて玄関を開ける音がした。

ドスドスドス…と部屋を歩く音は意外と響く。

俺は隣の部屋に友人がいるという安心感と、昼間の猛ダッシュの疲れから、いつの間にか眠っていた。

「ワワワーン。」

「パン!」

遠吠えと同時に、寝ていた俺のすぐ前で誰かが手を叩いたような気がして目を覚ました。

しばらく、何が起こったのかわからなくて目をあけてボンヤリしていた。

「今、犬の遠吠え聞こえたっけ?夢?」

するとまた

「ワワワーン。」

と遠吠えがはっきりと聞こえた。

「あれがきた。」

そう思った。

玄関の鍵は閉めたはず。

そう思いながら、横になったまま玄関のほうを見た。

狭い部屋だから玄関は丸見え。小さなキッチンが横についているだけ。当然真っ暗なので、玄関はキッチンの窓から漏れる外の廊下の光でぼんやり見えるだけだった。

カン カン カン…

アパートの階段を誰かが上ってくる。

俺はいつでも布団を頭からかぶる準備をしつつ、目は玄関の方を凝視していた。

「何時だろう…。」

「時計がない…。」

「携帯どこだっけ…。」

「あ、キッチン台の上だ…。」

時間を確かめたかったが、恐怖で半分金縛り状態だった為、布団を出て二、三歩で手が届く距離にある携帯を取りに行くことすらできなかった。

どれだけ時間がたっただろう。

五分か?十分か?それとも三十分か?

階段を上る音は聞こえたが、その後物音はしない。

「俺は寝ぼけていたのか。」

そう思い、ソロリソロリと布団を這い出した。

忍び足で一歩二歩。

携帯に手をのばし…。

ふとキッチン前の窓を見ると人影があった。

誰かが廊下にいる。

黒い影が廊下の光に照らされて、すりガラスの窓に映った。

俺は携帯に手を伸ばした状態で固まった。

影と俺の距離は壁を隔ててほんの一メートル。影はゆっくりとこちらを向く。

「このままではヤバい!」

「根性を見せろ!俺!」

勇気を出して俺は…スローモーションで携帯を取り、一歩二歩下がり、安全地帯である布団の中に戻るシミュレーションを頭の中で繰り返し、実行に移した。

一歩二歩、ゆっくり後ずさりしていたその時。

ぼろアパートの床が

ギィ…

と鳴った。

俺は、素早く布団の中に潜り込んだ。

心臓はバクバク。

「あいつに気づかれたか?」

息を整えて、布団からそっと顔を出してキッチンの窓を見てみた。

誰もいない。

影がない。

携帯を見ると時間は三時。

次の瞬間

カチャ… カチャ…

誰かがドアノブを回す音がする。

「ガチャガチャガチャ」と乱暴に回すのではなく、非常に静かに。

俺はもう限界。

布団の中で携帯を開き、隣に住む友人に電話をかけた。

こんなに恐怖で手が震えるって経験した事なかった。

たった二、三回ボタンを押せばかけれるのに、手がブルブル震えて、思ったように指が動かなかった。

やっとの思いで友人にコールする。

呼び出し音はしているが、隣の部屋からは携帯の鳴る音すら聞こえない。マナーモドにしているのか。

聞こえるのは玄関の

カチャ…カチャ…

って音だけ。

それからどれくらい時間がたったかわからない。

そのうちドアノブの音はしなくなった。

俺はひたすら布団の中でじっとしていた。

パタン

と音がした。

あいつ、たぶん郵便受から中を覗いていたんだ。

なにしろ古い造りだから、郵便受のカバーなんかないし、外から開けてみると中は丸見え。

そのうち遠くの方でまた

「ワワワーン。」

と遠吠えが聞こえた。

階段を下りて行く音はしなかったが、あいつが遠ざかったと確信した瞬間、俺は安堵と疲れと睡魔に襲われ、いつの間にか眠っていた。

次の日、と言うか、その日の昼。

友人の電話で目を覚ました。

「何?夜中の三時に着信あったみたいだけど。」

あれは夢じゃなかったんだ。

「とりあえず話長くなるからウチ来いよ。」

そう言って友達を部屋に呼んだ。すぐ友達はやってきた。俺は昨日の話をした。

だが案の定、信じてはくれない。

「寝ぼけてたんじゃね?」

「ストーカーか?」

とか。

しかしその日の夜もまた遠吠えが聞こえて、あいつがやってきた。

その日はあらかじめ郵便受はガムテープで止め、上からダンボールを貼り付けておいた。

後はひたすら布団をかぶって、あいつが去って行くのを待つしかなかった。

カチャ…カチャ…

声はしない。

ドアノブをゆっくり回す音だけ。俺は既にプチノイローゼになっていた。

昼間でも外に出るのが怖かった。

一人で部屋にいるのが嫌だったので、三日目は隣の友人宅に泊まる事にした。

友人は「バイトも休みだし、今夜は飲むか。」と、快く泊めてくれた。

貧乏学生なので、芋焼酎をちびちび飲んでいた。

ほどよく二人とも酔い、俺もあいつの事は忘れかけていた。

ところが夜中一時過ぎ。

「ワワワーン。」

また犬の遠吠えが聞こえた。

あいつが来たと思い、隣で半分寝かかって転がっていた友人をゆすり起こした。

友人は

「ん?」

と目を擦りながらぼんやりしていた。

「きた!きた!きた!」

俺が聞き耳をたててジッとしている様子を見た友人は、同じくジッとして、聞き耳を立てた。

カン カン カン

友人は驚き、俺を見つめる。

「しまった!」

「電気消しておけばよかった!」

そして、黒い影がぼんやりとキッチンの窓に映った。

その影は友人宅を通り過ぎ、隣の俺の部屋の方へ行ったように見えた。息を潜めて友人は、玄関の方へ様子を伺いに行く。

そっと歩いても、ボロアパートの床がきしむ音は容赦なく響いた。

玄関前で、聞き耳をたてて息を潜めている友人。

俺もその姿を部屋から見守っていた。

カチャ…

突然友人の部屋の玄関のドアノブが鳴った。

俺達は驚いたが鍵は閉まっている。友人は玄関の覗き穴から外を伺った。

カチャ…カチャ…

音は続いている。

友人は覗き穴を覗いたまま、固まっている。

友人は突然クルリと振り返り、忍び足で部屋の方に戻ってきた。

俺達二人は、玄関からギリギリ見えない壁側に背を向けて座っていた。

パタン

と音が聞こえ、そのうち遠くで犬の遠吠えが聞こえた。

「覗き穴、何か見えた?」

と友人に聞くと

「穴覗いたら、真っ暗だった。」

「つーかね、真っ黒だった。」

そのまま友人は黙り込んだ。

外の廊下は電気がついていたから、覗き穴から覗けば何か見えるはずなんだが。

次の日からあの女は、隣の友人につきまとっていた。

「あんまり見ない方がいいよ。」

って、通りがかりのおばさんが言った台詞を思い出した。

目が合ったから俺の所にきたのか?

友人が覗いた先にあったものは女の目だったのか。あ

れはいったい何なのか。

人間なのか幽霊なのか

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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