中編5
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呪い

俺が学生だった頃の話。

その頃俺は一人暮らしを始め、夜間の専門学校に通いながら昼間はアルバイトをして学費や生活費を稼いでいた。

両親は俺が小さい頃に離婚し、母と俺と二人で暮らしていたのだが、その母も俺が高校入学と同時に病気で亡くなった。

高校を卒業するまでの3年間は伯父の家で暮らし、卒業すると専門学校まで行かせてくれた。

学校の入学金や当面の生活費は伯父に援助してもらったが、甘えてばかりいられないので少しずつ返していこうと、時給の良いアルバイトを探していた。

そんなときに見つけたのが特殊清掃員のアルバイトだった。

特殊清掃員とは、いわゆるゴミ屋敷、孤独死、事故、自殺があった部屋を掃除する仕事だ。

俺が働いていた会社は、社長、ベテランの社員さん、俺、もうひとりのアルバイト君の4人だけの小さな会社だったのだが、それでもほぼ毎日のように清掃の依頼があった。

依頼を受けるとまず、社長かAさんが現地に行き、部屋の状況を確認して見積を作り、依頼者がその見積もりに納得すれば作業開始となる。作業は部屋の状況にもよるが、だいたい2人、ひどい場合は3人で行う。

通常、実際に作業を行う日はケジュールにもよるが、だいたい依頼があってから数日後になのだが、この日は違った。

Aさん、俺、バイト君でその日任された現場で作業をしていたら、突然Aさんに呼ばれた。

「社長から今連絡がきて、これから別の現場に行ってほしいと言ってきたんだが、K君(俺)いけるか?」

「行けますけど、突然ですね」

「依頼者がどうしても、早く片付けたいらしいんだ。社長が迎えにくるから、来たら一緒に行って欲しいみたいだ。帰り遅くなるかもしれないが、その分時給上げてくれるみたいだぞ」

ちょうどこの日は夜間の学校も休みで、金も稼ぎたかった俺はその話を引き受け、迎えに来た社長の軽トラに乗って現場へ向かった。

「K君悪かったな。どうしても今日中になんとかしてくれと言われてね。」

「大丈夫です。それで、その現場はどんな感じですか?」

「自殺だよ。依頼者の息子さん。引きこもりだったんだって。自分が管理しているマンションで、息子が自殺したんだからね。他の住民の手前、はやく片付けてほしいみたいでね。」

「それと、ちょっとひどい状況だから覚悟しておいてね」

自殺の現場は何度か作業をしたことがあるので、大丈夫だろうと思っていた。

現場につくと、80歳は過ぎているだろうか、小さな老人がぽつねんと佇んでいた。

俺たちが車から降りると、その老人がやってきて、

「よろしくお願いします」と深々とお辞儀をした。

息子が自殺をしたのに妙に穏やかな表情をしていたことに違和感を感じた。

老人から鍵を受け取り現場となる部屋へ入る。

入って左にすぐ洗面所があり、その奥が風呂場。短い廊下を行くと左にまた扉がありそこがトイレ。

今まで作業してきた自殺現場は、風呂場やトイレもかなり汚れていたのだが、この部屋は普段からちゃんと掃除をしているのか、全く汚れておらずきれいに整頓されて、本当に自殺した人の部屋か?と疑問に思うくらいだった。

突き当りのガラス戸をあけるとリビングになっていて、ここも拍子抜けするくらい片付いていた。リビングには革張りのソファーが置いてあり、その後ろの引き戸の前に社長が立ち、

「現場はここだよ。」

と言って扉を開けた。

カーテンを締め切っていたので中の様子はわからなかったが、鉄が錆びたような嫌な匂いがマスク越しからでもわかるくらい鼻をついた。

「首の動脈を切って死んだようなんだ。」

社長がそういいながらカーテンを開くと、その惨状がはっきりと映し出された。

血が天井も含め部屋中を赤黒く染めていた。特にひどかったのは、遺体が発見されたというベッド。

布団は無く、マットレスだけのベッドには、首から腰にかけて真っ黒く血が滲みていた。

そして、マットレスのちょうど手のあたりが、スプリングが見えるくらいボロボロになっていた。

今まで見たこと無い状況に言葉を失って立ち尽くしていたが、社長の

「しっかりしろよ」

の一言で目が覚め。作業に取り掛かった。

家具や遺品はこの部屋以外ものも全部処分してくれ。ということだったので、すべてトラックに積んだ。

現金や、書類、写真などが見つかった場合は保管するのだが、不思議なことに、この家からは一切そういうものは見つからなかった。

最後に残ったのはベッドとマットレス。

マットレスを外すとベッドの天板まで血が染みていた。

ベッドの下は収納ケースの引き出しになっていたので、中を確認するために抜き出そうとしたのだが、何かが引っかかってうまく取れない。

奥を覗いてみるとボルトかネジのようなものが飛び出し、それが引っかかているようだった。収納ケースは一旦あきらめて、天板を先に外す。

血に染みた板の隙間に指をいれて持ち上げようとするのだが、意外と重く一気に持ち上げるのは無理だったので、一旦立て掛けようとして裏側を返したとき俺は思わず叫んでいた。

天板の裏側には五寸釘で打ち付けた藁人形が何体も何体も刺さっていたのだ。藁人形の後ろには亡くなったと思われる男性の名前と、呪いの言葉がぎっしりと書かれた紙が、一緒に打ち付けられていた。

俺の声を聞いて、壁紙を剥がしていた社長がやってきた。二人でしばらくそれを呆然と眺めてたのだが、

「一緒にトラックに運ぶぞ」

と、また社長の声で我に返った。

ふたりとも、早くこの現場から離れたかった。

それから急いで残りの作業を片付け、作業終了を報告するため依頼人の老人に連絡をした。

10分ほど待っていると老人がやってきたので、部屋の中を確認してもらい、作業完了の書類にサインをもらってようやくこの日の仕事は終了となった。

帰り際、社長が、

「ベッドの裏の藁人形のこと、警察は知ってるんですよね」

と言うと、老人は変わらず穏やかな顔で

「ええ、終わったことですので」

と言っていた。

俺も社長もそれ以上何も言えなくなりこの日は帰った。

実はこの作業の内容には部屋の消毒というものも含まれていたのだが、急だったためとりあえず片付だけを行い、消毒は一週間後ということになっていた。

消毒の当日、部屋の鍵を受け取りに、管理人の老人宅へ伺うと、出てきたのは管理人の娘だという年配の女性だった。

自殺で亡くなった男性の姉であるその人に、

「今日は、おじいさんはいらっしゃらないんですか?」と聞くと、

「父は、先週あの部屋を片付けた後、すぐに亡くなりました。私は通夜と葬式のためにこっちに来ているんです」と言って部屋の鍵を渡してくれた。

消毒の作業も終わり、会社で書類をまとめていると、あのおじいさんが書いてくれた作業報告書のサインが目に止まった。

この字確かに見たことある。

あのベッドの裏にびっしり書かれた息子の名前の名字と、そっくりな筆跡のおじいさんの名字。

一体あの親子に何があったんだろう。今でも時々考えてしまう。

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