中編4
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よくある話

「こんな話を知っていますか?」

いきなり呼びつけられて、最初に言われた一言がこれだった。俺に向かって喋っているのはまだ小学生くらいの落ち着いた少女だ。見た目だけは。

「遠い昔、本当に昔のお話です。」

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遠い昔のイギリス‥いえ、ドイツだったかしら‥一人の男がいました。その男の名前はビルといって、木こりをしてその日を暮らしている若い男です。暮らしぶりは言ってしまえば貧乏ですが、あまり気にせずのんきに暮らしていました。親には先立たれ、結婚もしていません。今風に言えば一人暮らしというものですかね。

さて。この男ですが、あまり頭がよくありませんでした。具体的には、面白い話ができないのです。

友達はいましたが、お酒を飲み合う時にもただ人の話を聞いてうなずくだけ。しかも、全然自分から話をしないのです。この時代の娯楽といえば、お酒のつまみと会話位しかないものですから、当然うまい話や冗談ができないビルは馬鹿にされていました。

ある日、ビルは良い木を求めて、普段は入らないような森の奥の方まで入ってしまいました。気がつけば日はもう落ちかけ、帰ろうとしましたが帰り道がわからない。そんな馬鹿なと適当に歩いてみたが、やっぱり帰り道がわからないのです。仕方がないから野宿でもするかと寝る場所を探すと、森の中に一軒の家がありました。窓から灯りも漏れています。

断られるかなと思いながらも、一晩位泊めて貰えないだろうかと家の扉を叩くと、中から老婆が出てきました。

「すみません。道に迷って困っています。一晩泊めて貰えないでしょうか?」

「それはかまわないが。私はただでは泊めないよ。何か面白い話をしてくれないか?」

「すみません。私は面白い話を何一つ知らないのですよ。」

「じゃあ歌でもいい。何か歌ってくれないか?」

「すみません。歌も知らないのです。」

「そうか。じゃあ泊めるわけにはいかないな。あっちへ行きなさい。他にも小屋があるはずだ。」

ビルはすごすごと寝る場所を求めて歩いていました。しばらく歩くと、前の方で焚き火をしている男がいました。夜の森は冷えます。暖まろうと思い、ビルは声をかけました。

「こんばんは」

「ちょうど良い所に来たな。俺は少しここを離れなくてはいけない。その間、この肉を焼いていてくれ。絶対に焦がすなよ?」

そう言って、鉄の串にささった大きな肉をビルに渡して、男は向こうへ走って行きました。

しばらく肉を焼いていましたが、男は全然戻ってきません。昼間の疲れもあり、ビルはうとうとしていました。

すると突然「熱いじゃないか!」と声がしました。しかし、まわりに人はいません。

「熱いぞ!髭がこげちまうよ!」

なんと。焼いていた肉に顔がついて、それが喋っていたのです。さっきまで普通の肉だったはずなのに。驚いたビルはあわてて焚き火の中に肉を放り込み、元きた道を逃げ出しました。

「待て!よくも!」

後ろから肉は追いかけてきます。鉄の串をバネのようにして追いかけてきます。その早いこと早いこと。しかもビルに飛び付いて背中を刺して来るものですから、背中は血まみれです。それでも走っていると、さっき追い出された家が見えてきました。あわててその家に駆け込みました。何故か鍵はあいていました。

「どうしたのかな。私はもう眠るところだよ」

「とにかく聞いて下さい!ここを追い出された後~」

ビルは自分に起こったすべての事を話しました。

老婆は目をつぶって話を聞き終えた後に、少し笑ってこう言いました。

「そうかい。私が面白い話をしてほしいと言った時にその話をしてくれたら、怖い目に逢わずにすんだのにねぇ。ベッドがもう1つあるから、今日はこの家に泊まりなさい。おや、背中が血まみれじゃないか。薬を塗ってやろう。腹もすいてるんじゃないかね?余りもので良かったら食べな。食べたらもう寝なさい。明日にはきっと元気になるよ。」

疲れていたビルは、この老婆の好意に甘えて寝てしまいました。

翌朝目を覚ましたビルは、自分が積まれた草の上で寝ていた事に気がつきました。まわりに家などなく、昨日の事は夢だったのかと思いましたが、不思議とお腹はすいていませんでした。背中の痛みはもうなく、血まみれになった服も元通りになっていました。無事に帰り道を見つけたビルは元の生活に戻りましたが、時々このことを思い出しては不思議がっていたそうですよ。

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「んで。なんであっしを呼び出してこんな話をしたんですかい?」

「特に深い意味はありませんよ。あの一件以来顔を見てなかったものですからね。元気にしているかなと思いまして。」

「よくもまぁ。あっしをクビにした本人がなにを言うかと思えば。」 

「少し前、私の役職を部下に任せて私はあの仕事から身を引きました。今は自由気ままな身分です。だから、私の扱いはただの低級霊と一緒にして構いませんよ。」 

「そんなこと出来るかってんだ‥んで?まさか本当に世間話をするためだけに呼び出したわけじゃないでしょーね?」

「冗談が通じない人ですね。あなた今暇なのでしょう?私も暇なのです。私にもう一度雇われてくださいよ。今度は組織じゃなくて私個人に。もちろんお金は出しますよ。」

「あんた位の身分があれば、専属の執事くらいいるんじゃねーですかい?あっしなんか雇わなくても。」 

「元からあなたが気に入ってたのよ。いいでしょう?因みにあなたに選択権はないですよ。もし断ったらありとあらゆる手段を使ってあなたの存在を消しますから。」

「怖い怖い‥具体的にはなにすりゃいーんですかい?」

「契約成立ですね。私の身の回りの世話と、楽しい話をして下さい。私今退屈なので。」

「えらい事になっちまったな‥」

Concrete
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