高校怪談 ①僕と久那戸と校庭で

中編3
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高校怪談 ①僕と久那戸と校庭で

「ねえ、あれ見える?」

 放課後の教室で、後ろの席の彼女───久那戸ミコが校庭を眺めながらぽつりと言った。セミロングの黒髪。薄いとび色の瞳。白く柔らかそうな頬。割と美形。

 そんな同級生と夕日の差し込む教室に二人きり。と言えば聞こえはいいが、実を言うと数学の宿題をし忘れたために、夕方五時半までに自力で問題を解いて提出することを数学の広中先生に求められたのだった。

 もっとも彼女の方は忘れたのではなく、単に気が向かなくてやってこなかったに違いない。なにせさっきからノートを出そうともせず、ぼんやり頬杖を突いて外を眺めているのだから。ようやく全問解き終えてほっとした俺は、冒頭の言葉を掛けられたのだ。

 彼女の視線の先にあるもの────。

 校庭に目を移すと、茜色に染まったグラウンド。サッカー部の連中。その校庭の隅、広葉樹が並ぶそこに、俺らと同じ年くらいの少年がいた。うちの学校の夏服を着ている。知らない生徒だ。背は中位だろう。髪はやや長めで、目が隠れてしまっている。

 不自然なのは、彼が突っ立った姿勢のまま微動だにしないことだ。

「見えるんだ、須崎君」

「え? どういうこと?」

 尋ねた俺に答えず、彼女は席を立った。

「終わったんでしょ。帰ろ」

 でも、お前やってないじゃん。という突っ込みは胸にしまった。

「すみません、先生。全然分かりませんでした。降参です。敗北を認めます。人類の進歩の偉大さが骨身に染みて分かりました。私の頭の悪さに免じてどうか許してやって下さい。この通りです。何なら靴だって舐めます」

 何となく分かってはいたが、久那戸は肝が太い。いつもはこんなだが、その気になればすぐ成績上位に食い込むのだから教師もやりにくいだろう。

「うるさい。もう行け、馬鹿者が」

 いけしゃあしゃあと頭を下げる彼女に顔をしかめつつ、広中先生はしっしっと俺たちを追い払った。

 校舎を後にした俺は、サッカー部員が後片付けをしているのを横目に、校庭の隅に視線を走らせた。いる。あいつだ。乱れた前髪の奥から、炯々とした眼差しをグラウンドに注いでいる。本当に気味が悪いというか不気味というか…………。

「“あれ”、まだいるのな」

 前を歩く久那戸が顔半分振り向いた。

「あれと目を合わせるとね…………」

「え?」

 言われて余計気になった俺は、直後にやってしまった。ギョロ、とこっちに向いた奴の目と、しっかりと視線がぶつかってしまう。ぬめりとした鮫のように無機的な黒目。直後、風が吹き抜けるような感覚に襲われた。

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 以来、俺は校庭の隅に何日も立ち続けている。昼も夜も、ただ校庭を眺めるだけの日々。不思議なのは誰も俺がいないことに気が付いていないらしいことだ。久那戸も目を合わせてくれない。家族はどうしてるんだろう。

 はじめはただ茫然として、徐々に腹が立って、最後に激しい恨みが熱水のように噴出してきた。

 毎日を何気なく平和に過ごしている連中を眺めていると、許せないという感情が抑えようもなく込み上げてくる。目の前で楽しそうに笑っているこいつらは、ここで苦しんでいる人間がいることなど知りもしないのだろう。幸せでいいよなお前らは!! このくそごみどもが死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!

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 一週間ほど後、久那戸が誰かと歩いて来た。以前ここに立っていた男子生徒だ。俺は怒りを込めて奴を睨みつけてやる。俺の毎日を返せ!! 久那戸も何のつもりだ!! 俺を馬鹿にしてるのか!?

「あれ、見える?」

 久那戸がすっと指を伸ばした。残響を帯びたその声に俺は眩暈を覚えた。彼女の逆らい難い声音に促されたか、奴は俺の方を向いた。視線がかち合った直後、風が吹き抜けるような感覚に襲われた。

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 気が付けば俺は久那戸の側にいて、あいつと向き合うように立っていた。久那戸の手が俺の視界を塞ぎ、奴の刺すような視線を遮る。

「ずっと辛そうだったわね、須崎君────」 

 ああ、久那戸は俺を救い出す機会を狙っていてくれたんだ。そう思うと、凍り付いた心まで一気に融けていくようだった。何か礼を言わなきゃ。口を開きかけた時、滅多に笑わない彼女が雲間から差す陽光のような微笑を浮かべてこう言った。

 

 

 

「最高に楽しませて貰ったわ」

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