斎場の斉場(シーズンⅡ)

中編4
  • 表示切替
  • 使い方

斎場の斉場(シーズンⅡ)

「古澤くんは、いったいどうしたんだ?

まだ来てないのか?」

nextpage

午前9時のこと。

紺の作業着姿のベテラン火夫 塩谷が、市営の斎場「やすらぎの園」事務所の入口に仁王立ちして、怒鳴っている。

火夫というのは、火葬作業全般を執り行う者だ。

nextpage

一番手前のデスクに座る女性事務員は、困ったような様子で、

「はい、、、まだ、来られてないようです。

電話はしているんですが、、、」と言って、俯く。

nextpage

「おーい!斉場くん!きみは、古澤くんのこと、知らないのか?」

nextpage

奥のデスクに座っている斉場は立ち上がると、

「はあ、、、すみません」とだけ、答えた。

nextpage

「午後一番から、典礼院さんがご遺体をお連れするんだ。いったい誰がバナーの調整をするんだ?」

nextpage

塩谷の言葉に対して事務所にいる火夫たちは、ただ下を向くだけだった。

nextpage

古澤は、ベテラン火葬技師だ。

nextpage

火葬時、裏手でバナーの調整を行う。

機械の操作自体はそんなに難しくはないのだが、焼き上げのタイミングを間違えると、ご遺体が「灰化」したり、また、いわゆる「生焼け」になったりして、骨だけを残すようにするのには、ある程度の熟練を要するのだ。

nextpage

「斉場くん、きみ悪いが古澤くんの家まで行って

、様子を見てきてくれないか?」

separator

塩谷の指示で、斉場は車で「やすらぎの園」を出た。

古澤の住むアパートは、山嶺にある施設から10分ほどの、ローカル線の線路わきにあった。

築20年以上は経っているだろう木造二階建てのアパートで、赤の塗装が所々剥げ落ちている鉄階段をギシリギシリと登るきると、斉場は静かに一番奥の部屋まで歩く。

そして、ドア横の小さなブザーボタンを何度となく押してみた。

nextpage

だが返事はない。

nextpage

今度は最初は弱めに、後から強めにノックして、

声をかけてみる。

nextpage

「古澤さーん!僕です。斉場です」

nextpage

しばらくすると、奥の方から微かに古澤のダミ声が聞こえてきた。

「ああ、鍵なら開いてるぞ」

nextpage

斉場はドアを開けると、ゆっくりと中に入った。

いきなり強烈な生ゴミの匂いが鼻をつく。

玄関上がって右手には、台所があるのだが、

シンクの中は、食べ残しの残る皿や、湯飲み、

ビールの空き缶などが、ごちゃ混ぜになっている。

床には、ゴミの入った大きめの袋が何個も無造作に置かれている。

奥の畳部屋は布団が敷きっぱなしのようだ。

電気は消されカーテンは閉められており、薄暗い。

nextpage

「古澤さん、、、」

nextpage

斉場は玄関口から、再び声をかけてみた。

nextpage

「斉場か、、、上がれよ」

nextpage

声は奥の部屋から聞こえてくる。

斉場は靴を脱ぎ、ゆっくりと部屋の方に歩いた。

nextpage

六畳くらいしかない薄暗い畳部屋には、薄っぺらな布団が一つ敷かれている。

だが、そこには古澤の姿はなく、壁際にある古びたタンスの真横に、なぜか赤い毛布を頭からすっぽり被って座り込んでおり、足元にはビールの空き缶が二、三個転がっている。

nextpage

「古澤さん、、、」と言いながら斉場が近づこうとすると、

古澤は突然、「来るな!」と、

大声を出した。

驚いた斉場は、一メートルほど手前で立ち止まる。

nextpage

「いったい、どうしたんですか?」

nextpage

斉場はその場に正座してから、恐る恐る尋ねた。

nextpage

「ふふ、、、斉場、、、これ、見てみろよ」

nextpage

そう言って古澤は、毛布の隙間から、二本の腕を出した。

痩せ細ったその腕には、あちらこちらに白い水膨れが出来ており、皮膚のほとんどがケロイド状になって、突っ張っていた。

nextpage

「これは!?」

nextpage

「ひどいもんだろ。今朝起きたら、腕も顔も、脚も、こうなっていたんだ」

nextpage

そこまで言うと古澤は毛布の隙間から、顔を出した。

その瞬間、斉場の背中に冷たいものが走る。

古澤の顔は、まるで重度の火傷を負った人のように、皮膚のあちらこちらがめくり上がり鱗のようになっていて、所々水膨れが出来ており、一部はケロイド状になっている。

nextpage

「どうして?」

nextpage

「奴が来たんだ」

nextpage

「奴?」

nextpage

「ああ、、、昨日の夜のことだ。」

nextpage

古澤は俯いたまま、話し出した。

separator

「俺は昨日、最後の火葬を終えた後、いつものように火葬炉周辺の掃除をやっていたんだ。

30分ほどで粗方終えると、パイプ椅子に腰掛け、一服やっていた。

そしたらどこからだろうか、遠くの方から微かに音が聞こえてきたんだ。」

nextpage

「音?」

nextpage

「ああ、最初のうちは何かの幻聴かと思った。

だから、しばらくすると止むだろうと立ち上がり、帰り支度をしだしたが、音はいつまで経っても止まないどころか、だんだんと大きくなってきていた」

nextpage

それは、何かを懸命に叩いている音だった。

nextpage

shake

「ドン!ドン!ドン!ドン!」

nextpage

shake

「ドン!ドン!ドン!ドン!」

nextpage

突然、部屋の窓ガラスがガタガタと鳴りだした。

びくりと斉場は肩を上げると、窓の方を見る。

裏手の線路を急行列車が通過したのだろうか。

しばらくすると、それは止んだ。

nextpage

「しかもよく聞くと一緒に『人の叫び声』も聞こえてくるんだ。

そして、それは、どうやら、火葬炉の中から聞こえてきているようだった」

nextpage

斉場はじっと座ったまま真剣に、塩谷の話に耳を傾けていた。

nextpage

「俺は火葬炉の扉に近づくと、そっと耳を近づけてみた。

そしたら、今度ははっきりと聞き取れたんだ」

nextpage

「狂ったように泣き叫ぶ中年の男の声だった。」

nextpage

「うわあああ!たた、頼む、ここから出してくれ!

わあああ!お願いだから、だ、出してくれよ!」

nextpage

斉場は喉元にはっきりと、心臓の鼓動を感じていた。そして、古澤はこう続けた。

nextpage

「その声を聞いた瞬間、俺の頭の中をあの時の忌まわしい出来事がフラッシュバックしたんだ」

separator

、、、その2に続きます

Normal
コメント怖い
2
7
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

小夜子 様
コメント、怖いポチ ありがとうございます
火葬場にも、合理化の波が訪れているのでしょうか
何か物悲しいですね

返信
表示
ネタバレ注意
返信