【夏風ノイズ】八月の最終戦争~零の始まり~

長編12
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【夏風ノイズ】八月の最終戦争~零の始まり~

 呪術師連盟本部での作戦会議終了後、しぐるさん達が帰ってから、僕は日向子さんに「大事な話がある」と言われ、もう少し本部へ残ることになった。

「いいわね?わたしは明日、光の世界をこの世界と融合させるための強行手段を実行しようと思ってるの。だから、ゼロくん達は全力で鈴那ちゃんとひなちゃんのサポートをしてあげてね」

 彼女の口から、突然聞かされた話がこれだった。日向子さんがこの世界と光の世界を融合させるための手段・・・一体どうすれば、そんなことが出来るのだろうか。

「それ、日向子さんが居なくなりますか?」

 違う。僕が訊こうとしていたのはそんなことではない。上手く質問ができず、感情だけが先走ってしまう。

「・・・ごめんね。わたしにはそれしか出来ないの。それに、ずっと前から決めていたことだから。確実に浄化を成功させるには、わたしが新世界の守り神となって、こちら側からの浄化を手助けするしかないの。それがわたしの役目でもあり、野望でもある。神様になっても、あなた達をちゃんと見守っているからね」

「そんな勝手に・・・!どうして、こんなところで別れなくちゃいけないんですか?僕にとって、日向子さんが師匠です。日向子さんがいたから、今の僕があるんです!僕は日向子さんのことを・・・誰よりも尊敬しています。だから、せめて最後に訊かせてくださいよ!僕の、この力のことを」

 そう言って僕が生成した刀を、日向子さんは儚げな目で見ている。この妖力、なぜ僕が使えるのかを詳しく知らない。親に聞いたところで、これまで「生まれつき」としか教えてくれなかったのだ。しかし、彼女は一番身近なところにいる妖怪だ。もしかしたら、この力は日向子さんの・・・。

「ゼロくんは、その話を聞いてどうしたいのかしら?」

 彼女の表情は曇っている。間違いなく、このことについて何か知っているのだろう。

「この力の根源が分かれば、僕はロウに勝てるかもしれない。もっと強くならないといけないんです」

 僕の言葉を聞いた日向子さんは、一瞬だけいつもの調子で溜め息を吐いてから、再び表情を曇らせた。

「ゼロくんは昔から危なっかしいと思ってたけど、生真面目すぎて力に溺れるタイプね」

「なっ、ちょっと待ってください!断じて違います!僕はただこの町を救うにはそれしか無いって・・・」

「いいえ違いません!その生真面目さが危険なの!まぁ、知ったところでどうにも出来ないでしょうし、教えてあげるわ」

 そう言ってまた溜め息を吐いてから、日向子さんは過去のことについて語ってくれた。

「あなたの力は、生まれつきだった。雅人くん達も、まさか自分達の子供が強い妖力を持って生まれてくるなんて、思っていなかったでしょうね。」

「それじゃあ、僕の力は本当に・・・」

「わたしが意図的に与えたものじゃないかと疑っているのかな~、なんて気はしていたわ。けれどね、こればかりは本当なの。むしろ、あなたの妖力を抑え込んだのは、わたしなのよ」

 そんな・・・どういうことなのか。僕の力は、抑え込むほど強力だったということなのか。

「なぜ、あなたがそんな力を持って生まれてきたのか・・・言うなれば、特異体質だったのよ。人が強い妖力を持っていると、人としての身を滅ぼしてしまう可能性があるの。だからわたしは、あなたのお祖父さんに頼まれて、あなたの妖力を封印しようと試みた。でも、わたしには力を抑える程度のことしか出来なかった。あなたの力が強力すぎて、全てを封じることなんて不可能だったわ」

「日向子さんが、僕を助けてくれるために・・・」

「それもあるけど、本当は怖かったのよ。あなたみたいな優しい人の子が、人でなくなってしまうことが」

 気が付くと、僕は泣いていた。日向子さんが僕のために妖力を封印してくれた。それを知りもせず、力も求めようとしてしまった自分の愚かさが、もうじき日向子さんと別れの時がくることもあってか、無性に悲しく思えてならなかった。

「ごめんなさい。僕は、日向子さんを責めるようなこと言って・・・」

「責められた覚えはないけどね。いいのよ、あなたが健やかに育ってくれたことが、わたしにとって何よりの幸せだったわ。ゼロくんなら、妖力が無くても勝てる。だって、仲間がいるじゃないの。しぐるくんも、鈴那ちゃんも、昴くんも、春原くんも、みんなあなたの心強い仲間でしょ」

「そうですよね。それに、日向子さんも・・・僕の師匠であり、大切な仲間です」

「ゼロくん・・・」

 一瞬、日向子さんの目が潤んでいるように見えた。それでも、彼女は優しく微笑んでいた。

「日向子さん、ありがとうございました」

   〇

 夕景が滲みかけている。この状況を打破するには、やはりあの力を解放したほうがいいのではないだろうか?などと考えてしまう。

「クソッ!たった二人だけでこの数を相手するなんて、絶対どうかしてるぞ!」

「いいじゃねーかよ。このぐらい張り合いがないと、つまんねーだろ」

 僕の苛立ちをよそに、春原は戦いを楽しんでいるように思えた。どうすればそんなお気楽思考でいられるのか。

「俺達が怯んでたら、浄化だって上手くいかないかもしんねーだろ!いつも通りでいこうぜ!」

「春原、お前・・・冷静なのか緊張感が無いだけなのか分からないんだよ」

「バカ野郎、無理にでも落ち着いてるだけだっつーの」

 そうか。こいつも本当は焦りそうで仕方が無いのだ。こんな状況下で、それを必死に抑え戦っている。春原の言葉で平常心を取り戻した僕は、一度態勢を立て直そうと敵から離れ、迫りくる複数の影達を捉えた。

「頼む、動いてくれ・・・!」

 これだけの草木があれば、確実に奴らを一掃できる。問題は、僕自身が上手くコツを掴めたかどうかだ。実戦経験は、まだ一度もないあの技を・・・。

「動けぇ!」

 全身から火を噴くほどの熱量で念じた直後、標的である無数の影を植物達が刺突した。上手くいってくれたようだ。

「すっげー!お前いつの間にそんな能力まで」

 春原も一呼吸置けるほどには敵を片付けたらしく、元に戻っていく植物を見て驚いたような表情を浮かべていた。

「露ちゃんの能力を真似てみたんだよ。植物に命令信号の念を送れば、僕でも動かせると思って」

「さすが・・・念動力に妖力と発電能力で、次は植物操作かよ。相変わらず多才だなぁ」

「関心している場合じゃあないみたいだぞ。まだ敵は残ってる」

 僕は残った敵に目を向け、再び全身に力を込めた。ふと思ったが、僕は複数の敵を相手にした際の対応が得意なのかもしれない。

「プラズマサイズ!」

 電気を纏った鎌を生成した僕は、地上から数メートル離れた空中まで飛び、念動推進力を用いた高速移動で身体を回転させながら木々を飛び回った。妖力で生成された鎌の鋭い刃が、黒い影に電撃を浴びせながら切り裂いていく。

「スピニングダンス!」

 この先は何としても死守しなければならない。それが、今の僕の戦う意味なのだ。

「さぁ、チェックメイトだぁ!」

 渾身の力を込めて無意識に放った言葉はどこかで聞いたことのある台詞だったが、そんなことはどうでもいい。僕は両手に念力を込めて二本の巨大な鞭を形成し、全ての影を周辺の木々諸共、跡形もなく粉砕した。

 何秒かのタイムラグで数本の木が倒れ、少し経つと僅かに蝉の鳴き声が聞こえてくるほどには落ち着いた。

「お前、派手にやったなぁ・・・これで全部か?」

 春原は呆れているような、驚いているような顔で僕に訊いた。

「まだ、中ボスが残ってるっぽい。隠れてないで出て来い!ロウ!」

 僕が後方を振り返り声を荒げると、険しい表情のロウが先程まで何もなかった場所に姿を見せた。

「神原ァ・・・なぜ見破った!」

 ロウは相変わらず夏だというのに首へマフラーを巻いており、粘着質な喋り方で僕に怒ったような口調で言った。

「お前、僕に殺意を向けていただろ。気配を隠し切れないなんて、どれだけ僕に恨みがあるんだよ」

「黙れ神原零!ボクは今度こそお前を殺してやる・・・そこのオマケも一緒になぁ!」

 ロウは春原のことも見て言った。春原はそれが気に入らなかったのか、少しキレている。

「はぁ?テメエ舐めてんじゃねーぞ?お前みたいな雑魚妖怪、俺と零がいれば余裕だっつーの」

 春原の煽りもあってか、ロウは鬼の形相で何の予備動作も無く術を向けてきた。

「貴様らァ!」

 僕と春原はロウの攻撃をかわし、左右に散った。春原がロウの動きには劣るものの、それなりの速度で移動しながら技の準備をしている。

「念爆っ!」

 両手で念を使ったからか、通常よりも大きな爆発が起きた。爆撃はロウの右足を掠めたが、どうやら大したダメージにはなっていないらしい。僕はすかさず妖力で刀を生成し、ロウに向けて振り翳した。やはりロウの動きは早く、寸でのところで躱されてしまう。

「くそっ!」

 僕は着地した地面を殴った。余計な念力を込めていたせいか、地面は窪み大きな音が熱された空気を震わせた。先程、木々をなぎ倒してしまったせいで近くの植物を操作できない。馬鹿なミスをしてしまったものだ。こうなればと思い、僕はロウが地面に着地した瞬間を見計らい術の狙いを定めた。

「呪撃・影縛りの陣!」

「なんだと!?」

 右京さんの見様見真似でやってみた術も上手く成功した。このまま奴を束縛しておけば、春原が攻撃しやすくなる。

「サンキュー零!とっておきの力見せてやんよ・・・!」

 春原は空中に浮いたまま全身から念力を放出させ、今にも爆発しそうな状態まで達しかけていた。力のせいか目の色も念の色と同色になり、強い光を放っている。

「念動・・・連撃砲!」

 掛け声の直後、春原は幾つもの光線を凄まじい勢いで放ち、それらは全てロウに直撃した。爆音の中、ロウの叫び声が微かに聞こえた気がした。

 光線の勢いで土煙が舞い、当りが見えなくなっている。少しずつ煙は消え、視界が見え始めてきた頃、僕の目線の先ではロウが横たわり何かを呟いていた。

「おかしいだろ・・・なんでだよ・・・」

「何がだ?」

 僕がそう訊ねると、ロウは重そうに身体を起こしてこちらを睨んだ。

「なんで・・・ボクは強くなったはずなのに・・・!やっと師匠を超えたと思ってたのに!お前が・・・お前らがボクの全てをぶち壊したぁ!」

「確かに、俺達二人よりはアンタのほうが強いかもしれねぇ。けどな、戦いにはチームワークと応用力ってもんが必要なんだよ」

 春原はそう言いながらロウの元へ歩み寄っていく。とどめを刺すつもりだろう。こんな奴に慈悲なんてない。好きにすればいい。でも・・・。

「ふざけるな・・・ふざけるなァ!」

 その直後、ロウが再び凄まじい形相になり、春原に拳を向けた。身体はボロボロのはずだが、その動きは先程とも劣らぬぐらい早く、油断していた春原は一言「やべぇ」と呟きバリアを張った。

「視界共有!」

「あああああああああああああっ!なんだァ!やめろおおおおおお!!!」

 聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、ロウの左目がまるで何かに操られているかのようにグルグルと焦点を定めずに動き回った。奴の目を瑠璃色の陣が覆っているのだ。なるほど。

「来てくださったんですか、昴さん」

 荒れ狂うロウの背後で瑠璃色の左目を大きく開いている彼は、僕の言葉に笑顔で頷いた。

「僕も、少しはお役に立ちたいからね。結界が使えなくても、できることはまだあるよ」

 昴さんはロウの目を解放し、大きく息を吐いた。ロウはその場に倒れ込み、苦しそうに嘆いた。

「なんで・・・ボクはぁ・・・」

「ロウ、お前は迷っているんだな」

 僕は彼の前まで歩み寄り、腰を屈めた。確かにこいつは悪い。だが、薄々気付いていたのだ。どこか僕と似ている。妖怪のくせに、妙に人間臭い部分があるのだ。僕と同じ・・・人間のくせして、どこか妖怪みたいだ。そんな歪さが、僕と彼の唯一の共通点なのかもしれない。

「はは・・・やっぱり駄目なんだなぁ、ボクは。どこで間違えたんだ・・・」

「おじいちゃんが言っていた。闇を操る者は光を求めてはならない。光を操る者もまた、闇に支配されてはならない。とな。そのくせ人は闇にも光にもなり得る曖昧な存在だ。ロウ、お前も人のようだ」

「ボクが・・・」

 ロウがゆっくりと顔を上げ、僕の目を見た。その目は、今まで見たことのないような、僅かに光を取り戻したような目だった。

「駄目なんかじゃない。道を間違っていたとしても、お前はお前だろ。いいじゃないか、もう一度お師匠様のところで一から修行してこいよ」

「神原・・・」

 その瞬間、凄まじい揺れとともに邪悪な気配が一気に増していくのがわかった。一瞬地震かとも思ったが、これは確実に違う。この町を蝕んでいた見えない悪意が今、実体化しようとしているのだ。

「クソ・・・なんで急にこんなことが」

 春原は動揺しつつも技の準備をしている。夕焼け空を覆うほどの巨大な影は、まるでアポカリプティックサウンドのような声で唸っている。世界の終末を告げる音・・・正しくこれのことか。

「あれは・・・首領様の術が実体を持ったものだ。倒したところで汚染は止まらないが、倒さない限りは・・・」

 ロウが掠れた声で言った。僕は彼の言葉に頷き、巨大な影を睨むように見上げた。

「倒さない限りは被害が増える。そういうことだな?」

「そうだ・・・」

僕の言葉に力なく返したロウは、そのまま目を閉じて顔を突っ伏した。今はあれを止めなければ状況は変わらない。必ず倒す!

「春原いくぞ!」

「おうよ!」

 僕は春原が空中で技を繰り出すタイミングに合わせ、それに自分の電撃を被せた。

「超・電磁砲!」

 電気の砲弾は黒い影を貫いたが、奴は少しも動じない。それどころか、こちらの居場所を教えてしまったことで僕達の危険が増すばかりだ。まずい、このままでは楊島諸共呑まれてしまう。

 その時、いつの間にか黒い影の放っていた槍のようなものが、すぐそこまで飛来していた。ほんの僅かな時間の中で、僕は自分が死ぬことを悟りつつあった。

「がァァッ!」

 ・・・正面で誰かの声が聞こえ、思わず瞑っていた目を開くと、目の前に立っていたのはロウだった。彼の胴体には先程の槍が突き刺さり、口からは黒い血が溢れ出している。

「そんな・・・ロウ!お前なにを!」

 彼は立ち尽くしたまま、溢れ出す血に構わず口を開いた。

「これで、少しは役に立てたかなぁ・・・少しは、罪滅ぼしができたのか・・・」

「待ってくれよ、こんなことって・・・」

「神原、救ってくれよ・・・この、町を。この槍・・・ボクの、力で・・・お前ならきっと」

 ロウはそう言い残し、静かに消えて逝った。だが不思議なことがある。ロウの妖気だけは消えていないのだ。この、目の前に落ちた槍だけからは。

「ロウ・・・お前の命、預かるぞ」

 僕は槍を手に持ち、自らの妖力を流し込んだ。力を流し込むと、槍の中にあるロウの妖力が循環して流れ込んでくるのがわかる。彼は寸でのところで、自分に残された全ての力をこの槍に送り込んだのだ。僕がこれを使えば、おそらく後戻りはできない。だが、今はそうするしかない。

「日向子さん・・・約束、破ります」

 僕は覚悟を決め、より一層強い力を送り込んだ。その直後に自分の中の何かが外れ、封じられていた力が放出されていくのがわかった。それと同時に、身体が人間のものでは無くなっていくことも感じていた。

「おい、零?」

「春原、昴さん、援護を頼む」

 僕は二人にそれだけを告げると、槍を先程よりも鋭く変形させて影に突き立てた。影は抵抗するように何本もの槍を放つが、今の僕には全て肉眼で動きを捉えられるうえ、信じられないほどの速度で移動が出来ている。

「プラズマスピアー!」

 新たに形成した槍を電磁波で纏い、影を貫く。まるで僕の攻撃が、天候を左右してしまったかのように空で雷が轟いた。

「解眼!」

 昴さんは春原に潜在能力解放の術を施し、春原も影に連撃砲を撃ち続けている。昴さんの呪眼、まさかあれほどの機能が備わっていたなんて知らなかった。

 僕は溢れ出す力をさらに振り絞り、影の頭上まで飛びあがると再び槍を構えて地に向けて飛び込んだ。

「これが、最後だァ!!」

 凄まじい轟音と、断末魔のようなアポカリプティックサウンドが不協和音のように鳴り響く。そこで僕の意識は途切れた。

   〇

 次に目を覚ましたとき、視界の中にいたのは僕の大切な人だった。いや、人ではないか。

「日向子さん」

 彼女は僕のことを抱きかかえ、嬉しいような悲しいような表情をしていた。最後に感じた温もりは、彼女に抱きしめられたときの感覚なのだろう。僕は、静かに目を閉じた。

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