長編14
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憑いて喰われる話

大学二年の初夏のこと。

ある日、友人のIが肝試しに行こうと言いだした。

なんでも、雑誌に掲載されていた心霊スポット特集の中のひとつが、僕らの地元から車で小一時間ほど走った場所にあるらしい。

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僕は怖い話は好きだけど臆病なので、あまり気乗りしなかった。

だが、今までそういった場所に行ったことがなかったので少しだけ興味はあった。

「でも、そういうところって遊び半分でいくと危ないんじゃない?」

「大丈夫だって。その辺は抜かりねぇから」

Iはニカリと笑ってブイサインを突き付けてきた。

僕の頭に疑問符が浮かぶ。

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話によると、うちの大学にIの高校時代の後輩がいるらしく、その人が強い霊感の持ち主なのだそうだ。

だから何だと思ったが、すぐにIが口を開いた。

「そいつとは高校んときによく心霊スポット行ったりしたんだけど、マジでやばいところは絶対行かねんだよ」

「おかげで、まだ一度も心霊体験したことない」と、なぜか誇らしげに言う。

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オカルト好きがそれでいいのか?

だがそれを聞いて納得した。

その後輩は、おばけ探知機代わりにされているのだ。

僕はなんだかその後輩が少し気の毒になってしまった。

同時に、若干興味が湧いた。

半信半疑だったが、”視える人”の反応も気になったので、この時の僕は深く考えずに心霊スポット行きを承諾した。

まさか、あんな怖い目に遭うとも知らずに。

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後輩の名前はMといい、所属していた文芸部で知り合ったらしい。

僕の知る限りIは文芸部なんて柄じゃないのだが、なんでもIの高校には帰宅部がなく、必ず部活動に入るのが決まりだった。

それで適当に入った部活が、たまたま文芸部だったそうだ。

Iらしいといえばそうなのだが、なんとなく後輩――Mは、Iと真逆のタイプの人間なのだろうなと思っていた。

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それから数日後。

事前の打ち合わせもろくにしないまま、当日の夜となった。

待ち合わせは駅前のロータリー。

もちろん、Mとは今日が初対面だ。

僕はあまり社交的ではないので、少し緊張していたのだが、待ち合わせ場所に現れたMを見た瞬間に別の意味で緊張が走った。

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彼は、シルバーのピアスやネックレスや指輪をジャラジャラと身に付け、市販の黒いマスクに全身黒ずくめ。

いわゆるパンク・ファッションというやつか。

偏見かもしれないが、なんだか厨二っぽい。

ちなみに眼帯はしていなかった。

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とにかく、僕の想像していたイメージとはかなりかけ離れていた。

もしかしたら、彼もIと同じ理由で入部した幽霊部員だったのかもしれない。

それならIと気が合うのも頷ける。

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そんなことを瞬時に考えてから、僕はぎこちない動きでIを見た。

だが彼は僕の心情などお構い無しに、Mの首根っこを掴んでずるずると引っ張ってくると、

「こいつが後輩のM。んで、こっちが俺の友達のTな。はい、握手~」

僕は「えっ」と思わず声を上げた。

Mも、ものすごく嫌そうとゆうか、面倒くさそうに僕からあからさまに目をそらしている。

咄嗟に出しかけた手を宙に浮かせたまま、どうしようと固まっていると、先に口を開いたのはMだった。

「んなことより、マジで行くの?」

マスク越しに発せられた声は、思っていたよりもしっかりと通る良い声だった。

Iは「あったり前だろ!」と言って僕の肩に腕を回す。

急に引き寄せられて首が絞まった。

「それに、Tも絶対行きたいって言ってるし」

「な?」と振られて、僕は口ごもる。

「んん……、確かに行ってみたいとは言ったけど、絶対とは言ってない」

「同じじゃんか。それよか、ほら。早くしないと遅くなるし、とっとと行こうぜ」

そう言うと、Iは僕を解放してさっさと車の後部座席に乗り込んだ。

Iは免許を持っていない。ちなみに車はレンタカーで、ここまで運転してきたのは僕だ。

その場でIが車に乗るのを見届けると、一緒に立ち尽くしていたMに話しかけた。

「それじゃあ、僕たちも乗ろうか」

Mは、愛想笑いを引きつらせている僕を一瞥すると、無言のまま車に向かう。

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彼とはこの日初めて会って、まだ一度もまともに会話していないのだが、なんだか嫌われている気がする。

でも、ただの人見知りかもしれないし、ひとまず様子を見ることにした。

少なくとも二人で後部座席に座ってくれれば、僕は心置きなく運転ができる。

そう見越していると、なぜかMは後部座席ではなく助手席に乗り込んだ。

僕は慌ててMに声をかけた。

「あの、M君。Iは後ろだけど、いいの?」

運転席に座り、それとなく促す。

だがMは横目でちらりと僕を見て、またすぐに目線を前に移すと、「ナビ」とだけ言った。

相変わらず通る声だ。

「あ。でも、ナビならついてるよ。ほら……」

そう言って慌てて起動しようとするが、つかない。

「あれ? おかしいな……」

借りた際に起動チェックをしていたのだが、故障だろうか。

「だから言ったでしょ?」

抑揚のない声でぽつりとMが呟く。

少し薄気味悪さを感じたが、使えないなら仕方ない。

僕はしぶしぶMにナビをお願いすることにした。

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それから、どれくらい経っただろうか。

出発してしばらくは、今までMと行った心霊スポットの話や、これから行く場所の噂などをIがひとりで捲し立てていたのだが、気がついたらいつの間にか静かになっていた。

BGMもない車内に、Iのイビキだけがわずかに聞こえてくる。

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 「……寝てるし」

ミラー越しにIを見てぽつりとつぶやく。

これは独り言だ。

僕はそろりとMを見た。

彼はIが持ってきた例の雑誌の特集ページを開き、眠そうな目でスマホの画面を見つめている。

気まずいが、幸いナビはきちんとしてくれているし、むしろこのまま何も話さないでいた方が楽な気がしてきた。

そんな時だった。

 「……Tさんは、何で行こうと思ったの?」

急に話しかけられてドキリとした。

思わずMの方を振り向くと、彼はまっすぐ僕を見ていた。

初めて目が合って、そのまま固まる。

が、すかさず「前見て」と言われ、慌てて前方に向き直る。

「心霊スポットのことだよね? ええっと、今までそういった場所に行ったことがなくて、単純に興味があったからかな。あとは……」

 そこまで言って、少しためらってから、

 「霊感がある人って、どんな感じなのかなーって……」

Mは感情の読めない声で「ふーん」と相槌を打つ。

 「あ、あのさ。Mくんは霊感があるのに心霊スポットとか平気なの?」

Mが話しかけてきたことで少しだけ気を緩めた僕は、ただ純粋に疑問に思っていたことを投げかけてみた。すると、

 「平気なわけないでしょ。すげー迷惑」

「ですよねー」と、僕の喉から乾いた笑いが出た。

まあ、予想はしていたけど。

 「じゃあなんで来た、ん……」

そこまで言って噤んだ。

Iは決して悪いやつではないのだけど、少し強引なところがある。

詰め寄られると人によっては萎縮してしまい、嫌でも断れなかったりするかもしれない。

Mもその一人なのかなと思った。

野暮なことを聞いてしまって気を悪くしたかなと、おそるおそるMを見る。

薄暗さとマスクのせいで表情こそ分からなかったが、彼はしばらく宙を見つめ、少ししてから口を開いた。

 「……気になったから」

 「え?」

 「だから、前見て」

 「はいっ」

僕は慌てて前を見る。

結局それ以降、Mは黙ってしまった。

気になったとは、これから行く心霊スポットに興味があったということだろうか。

それとも、先輩のIが心配で気になったのだろうか。

そんなことを考えているうちに、目的地までたどり着いた。

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僕らが訪れた公園では、度々女の幽霊が目撃されているという。

数年ほど前に、若い女性の首つり自殺があったそうだ。

それ以来、夜になると誰もいないのに苦しむような女の呻き声が聞こえるとか、木の上から青ざめた女の首が降ってくるとか、車で付近を通りかかったら、目の前に白い人影が飛び出してきて消えたとか、そんな話が後を絶たない。

だが、内心僕は不幸な事故や事件があった場所にありがちな、尾ひれのついた、ただの噂に過ぎないと思っていた。

そこは森林公園で、普段はたくさんの人たちで賑わう場所だということが伺える。

公園に隣接している駐車場に車を停めると、未だに爆睡しているIを起こして三人で公園内に向かった。

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Mはというと、特に何か喋るでもなく僕らの後をついてくる。

もっと何か感じるとか、どこがヤバいとか言ってくるものだと思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。

まあ、そもそも噂自体が作り話であるなら、何も感じなくて当然なんだろうけど。

それから僕らは遊具のある広場に公衆トイレ、池に噴水と、あらかた探索したが、結局何も起こらず。

Mも始終黙ったままだった。

やっぱりただの噂にすぎないのか。ほっとしたような、残念なような。

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帰りはMが運転してくれることになり、僕は助手席、Iは変わらず後部座席に座った。

Iは後ろから身を乗り出し、Mにやや食い気味に聞く。

 「――M、お前本当に何も見なかったのか?」

 「見たけど」

意外な返事に、僕は目を瞬かせた。

「はぁ? じゃあなんで言わねんだよ!」とIが喚く。

「どうせ言っても二人には見えないし、下手に教えたらパニックになると思ったから」とMは言う。

そんな気遣いは無用。詳しく説明しろと騒ぐIに、Mは前方を見たまま大きなため息をつくと。

 

 「言っていいの?」

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 「……いいよ。大丈夫」

今度は僕が答えた。

このままではIがずっと五月蠅い。

Mは僕を横目で見やると、おもむろにマスクを下げる。

初めて見るMの顔は、やはり薄暗くてよく見えない。

「途中で休憩したベンチで、Tさんの上から人の足がゆっくり降りてきたのが見えた。……男か女かはわからなかったけど」

頭から冷水を浴びせられたみたいに僕の身体から血の気が引いた。

思わず身震いする。

Iは「マジかよこえー!」と興奮気味にしばらく一人で騒いでいたが、

「でも、やっぱり見えなきゃつまんねーよな」

と言って、シートに倒れこんだ。

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 「……ほんと、見せてやりたいわ」

小さなため息の後、微かに笑ったようにMが呟いた。

その言葉は、僕にしか聞こえていないようだった。

僕はあえて聞こえないフリをして、窓から見えるシルエットのような景色をひたすらに眺めていた。

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それから無事に地元まで帰ってくると、時刻はすでに午前0時を回っていた。

Iの提案で、何故か僕の家に行くことになった。

だが、正直ひとりでアパートに帰る勇気もなかったので、ここは素直にIの提案に応じた。

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僕は進学を機に今のアパートに引っ越してきて、今年で二年目になる。

築年数は少し古かったが、管理人さんは優しくて良い人だし、幸い住民トラブルなどもなく、自由気ままな一人暮らしを満喫していた。

人を呼ぶのは、家族以外では今回が初めてだ。

当然Mは帰るだろうなと思っていたので「送るよ」と言ったのだが、彼は首を横に振った。

なんだかんだ言って、Iに懐いているんだなとその時の僕は少しほほえましく思っていた。

「言っとくけど、布団二枚しかないから雑魚寝だぞ」

「平気平気。ってか、どうせ寝ないだろ?」

そう言っていたIは布団に横になった途端、3秒も経たずに眠ってしまった。

「何が寝ないだろ、だよ。爆睡じゃねーか」

このとき僕は、Mと二人きりにされて少し気まずさを感じていたので、僕らを置いて先に眠ってしまったIを恨めしく思った。

なんとなくテレビをつけて気を紛らわすが、相変わらず会話がない。

するとMが「シャワーを浴びたい」というので、僕は少しほっとした。

Mの後に僕もシャワーを浴びた。

髪を洗っている最中、色んな妄想が頭を過り、その度に背後を気にしては怯えていたのだが。

結局なにも起こらなかった。

まあ、そんなものだ。

それにしても、なんだかどっと疲れたな。

やっぱり、心霊スポットなんて行くもんじゃない。

そんなことを考えながら部屋に戻ると、Mは布団に横になって寝息を立てていた。

マスクを取ったMの顔をまともに見たのは、この時が初めてだった。

目鼻立ちが整っていて、意外と童顔だった。あどけない寝顔はさながら少年のようだ。

僕には年の離れた弟がいるので、なんとなくMとだぶらせてしまい、不覚にも少し可愛いなと思ってしまった。

「僕も寝るかぁ」

電気を消すと、唯一空いているIとMの間に腰を下ろす。

誰かとこんな風に寝るのはいつぶりだろう。

二人に挟まれて安心したのか、僕は目を瞑るといつの間にか眠ってしまった。

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それからしばらくして、息苦しさに目を覚ました。

窓を見やる。真っ暗だ。

変な時間に目が覚めてしまったと思ったが、またすぐに眠気がきて、うとうとし始めた時だった。

どこからか、何かを引きずるような音が聞こえてきた。

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ズッ。

ズー……、ズルッ。

ズズッ……ズッ……。

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畳を這いずるような音。

なんだろう? 僕は眼球を動かして音の位置を探った。

すると、自分の腹の辺りに二本の太めの棒みたいなものがぶら下がっているのに気がついた。

闇の中、それは青白く光るように、ボゥ、と浮かんでいるように見える。

ぼんやりした頭のまま、暗闇に目を凝らす。

その瞬間、ぎょっとした。

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それは足だった。

だらりと垂れ下がった人間の足が、ぷらん、ぷらんとその場で小さく揺れている。

僕はとっさに身体を動かそうとするが、ピクリともしない。

声を出そうとしても、喉から息がもれるばかりで音を発することができない。

心臓がどくどくと胸の内を叩く。

足はまだ同じ場所で揺れている。

怖かったが、寝たふりをしていればやり過ごせるかもしれないと思い、僕は固く目を瞑った。

 

直後、何かが腹の上に落ちてきて、

shake

その衝撃で反射的に目を開けてしまった。

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女の顔があった。

青白く粉をふいた肌。血走った眼球が今にもこぼれ落ちそうなほど見開かれ、乾いてひび割れた薄い唇はうっすらと開いて透明な液体が顎のラインを伝う。

あまりの恐怖に、頭が一瞬真っ白になった。

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「……た、すけ……」

震える女の口から漏れた言葉を最後まで聞く前に、女は仰け反るようにして僕から剥がれると、目の前から姿を消した。

何が起こったのか分からずしばらく呆然としていると、いつの間にか金縛りが解けていることに気づいた。

首筋と額に冷たい汗が伝う。

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シンと静まり返った部屋に、自分の荒い息遣いだけが聞こえる。

少し落ち着いてきて上半身を起こす。

そこで僕は目を見張った。

暗闇の先で、何か巨大な黒い塊が蠢いている。

するとどこからか、不気味な音が聞こえてきた。

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バキッ、パキッ。ミシッ!

グチャッ、ニチャ……、グシュッ。

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そこでふと、脳裏に肉食獣が獲物を貪り食べている光景が浮かんだ。

肉を引き裂き、内臓を抉り出し、骨を噛み砕く。

あまりにも凄惨なシーンが頭に浮かび、思わず叫びそうになったところで誰かに口を塞がれた。

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そこには隣で寝ていたはずのMの姿。

 「Mく……」

Mは人差し指を自分の口元に当て「声を出すな」と目で合図をする。

僕は身を竦めて必死に声を殺した。

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しばらくして音は止み、やがて蠢いていた塊はゆっくりと起きあがると、”もぞ、もぞ” と動き出した。

畳から壁、壁から天井。

移動している。

気がついたら、音の進む方を自然と目で追っていた。

そこで僕は初めて、その黒い塊の正体を見た。

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蜘蛛だった。

正確には、蜘蛛のような形をした毛むくじゃらの巨大な化け物。

それが肉塊のようなものを咥えて、天井の中へスルスルと消えていったのだ。

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静まり返る部屋。

現実味のない出来事に、しばらくぽかんとその場に座り込んでいると、Mが立ち上がって電気をつけた。

突然の光に目がくらむ。

やっと目が慣れてきて、あたりを見回した。

部屋はいつもと変わらず、どこも異常はない。

Iはというと、相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てていた。

僕はその姿を見て安堵したのか力が抜けてしまい、その場に倒れ込んでしまった。

その後はあまり覚えていない。

たぶん、そのまま気を失ってしまったのだろう。

ただ、こちらを見下ろしているMの顏だけは、やけに鮮明に覚えている。

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早朝。僕はIに叩き起こされた。

こんな早くに何だと問うと、汗でベタベタで気持ち悪いからシャワーを貸してくれという。

ああ、そういえば。

昨晩Iはシャワーを浴びてなかったんだっけ。

僕は寝ぼけ眼でIをシャワールームに案内すると、もう一度寝直そうと部屋に戻った。

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襖を開けると、さっきは気がつかなかったがMが起きていて、隅でスマホをいじっていた。

 「あ、おはよう」

何の気なしに声をかけた。

すると、Mは僕を見上げて「おはよう」と返してきた。

小さかったが、確かに聞こえた。

僕は思わず「えっ」と声を上げてしまった。

「なに?」と怪訝な顔で見上げるM。

「いや、まともに返してもらえるとは思ってなかったから」

口が滑って、つい失礼なことを言ってしまった。

だがMは気にしていないようで、スマホの画面に視線を落したまま、「やっぱり、あの女はアンタにくっついてきたみたい」と言った。

「……ってことは、やっぱり昨日のあれは夢じゃなかったんだ」

もしかしたら全部夢だったのかもしれないという淡い期待は、Mの言葉で完全に消滅した。

話を聞くと、昨晩、女の霊が僕の前に現れたとき、Mも金縛りに合っていたそうだ。

そして、あの蜘蛛のバケモノが女の霊を狩ると、金縛りが解けたのだという。

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「あの蜘蛛は、結局何だったの?」

「さぁ? 知らない」

僕は肩を落とした。

「最初はよくこんな部屋住めるなって思ってたけど、少なくともアレはアンタに危害を加えるつもりはないみたいだよ。今のところは、だけど」

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確かに、あのバケモノの姿を見て驚きはしたけど、不思議と女の霊のように怖いとは感じなかった。

まあ、霊を食べていたのはすごく怖かったけど。直に見ていないにしても、グロいのは駄目だ。

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「でも、なんで?」

僕が首を傾げると、Mは心底面倒くさそうに眉をしかめた。

どうやら彼は思ったことが顔に出やすいタイプらしい。

「自覚ないみたいだけど、アンタは引き寄せやすい体質なんだよ。で、昨夜のことから察するに、あのバケモノは霊を喰う存在。つまり、ここはアレの巣で、アンタは獲物をおびき寄せるための餌だってこと」

「でも、できれば早めに引っ越した方がいいよ」とMは言う。

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そこで僕はふと思う。

もし、その引き寄せる力がなくなってしまったら?

僕はどうなってしまうのだろう。

お払い箱は、やはり喰われてしまうのだろうか。

なんだか複雑な気持ちだが、不思議と怖いとは感じなかった。

今の平穏無事な生活がキープできるのなら、それでもいいかもしれない。

まるで他人事のようにそう思った。

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ところで、このとき僕は少し嬉しかった。

Mが、昨日とは比べ物にならないくらい喋ってくれるようになったからだ。

もしかしたら本当にただの人見知りだったのかもしれない。

「何にやにやしてんの?」

「え? あ、いや。別に」

すると突然、シャワールームから「うぉえぇええッ」と、嘔吐く声が聞こえた。

思わず身を竦める。

 「な、なんだ?」

 「ああ、I先輩《あのひと》も、見えないけど中てられやすいタイプだから」

 慌てる僕とは裏腹に、Mは慣れているようで、スマホをいじりながらさも興味なさそうに言う。

それを聞いて、僕は昨晩のことを思い出す。

たしかに、あんな状況下で平然と眠っていられるなんて、どんだけ図太い神経してんだと思ったが、Iも影響を受けていたのだ。

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しばらくして、Iがよろよろと部屋に戻ってきた。

 「大丈夫か?」

 「うー、なんか急に気持ち悪くなって……。冷房で冷えちまったのかなぁ」

 思わずMの方を見る。お互い目が合った。

 僕は苦笑いする。

 悪い、I。うちに冷房は、ない。

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それから今日まで、あの部屋では幽霊も蜘蛛のバケモノも見ていない。

 だが、困ったことが一つだけある。

 どうやら僕はあの日以来、少しそういうものに敏感になってしまったようだ。

Concrete
コメント怖い
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@あんみつ姫 様
初めまして。
勿体ないお言葉の数々、有難うございます。
とても嬉しいです。
怖い話でもキャラクターは大事にしたいと思っていて、語りでグダらないよう文章はメリハリをつけることを心がけて書いているので、そう言って頂けると報われます。
これからも不定期ではありますが、少しずつ投稿していこうと思いますので、また見かけた際は読んで頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました。

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@カイト 様
初めまして。
読んでくださり有難うございます。
タイトルをつけるのが下手で、オチをそのまま書いたのですが、逆に気になって頂けたようで。
幽霊は気の毒でした。
恐いと面白いは自分にとって最高の褒め言葉です。
ありがとうございました。

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