中編4
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トルソー

全国へ店舗展開をしているアパレルブランド。その、東北地方の商店街にある店舗には、奇妙なトルソーが保管されている。

トルソーとは、上半身だけのマネキンのことだ。種類も様々だが、この店舗で使用しているものには、頭部と両腕が付いている。

件のトルソーは、なぜか赤いワンピースを着せられ、数年バックヤードに放置されているそう。

上半身のみの人形がワンピースを着ているので、見た目はかなり奇妙だ。

ある人が、用途もないし邪魔なので処分しようとしたところ、マネージャーから「あまり棄てるのはお勧めはしない」と、こんな話を聞かされたそう。

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5年ほど前、商店街の中華料理屋を火元とする火災事故が起きた。木造建築が多かったこともあり、完全に鎮火するまでまる10時間を要した。

近隣の建物にも飛び火し、数名の死傷者が出て、近辺はしばらく殺伐としていた。その事故のあとから数週間が過ぎたあたりで、「夜になると、赤い服を着た小さい女の子の霊が出る」という、嫌な噂が広まるようになる。

火事の騒動が落ち着いた矢先で、連鎖してイメージダウンに繋がりかねないと危惧した年配者たちを筆頭に、商店街の組合からは変なデマを立てないよう忠告も出たが、店同士の情報網はしばらくこの話で持ちきりになった。

トルソーが置かれた店のスタッフ達は年齢層も若く、この噂について怖がるどころか、逆に一目拝みたいなどと不謹慎なことを話して冗談めかしていた。

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ある夜、閉店までのシフトに入っていた若者が、陳列棚を整理していた。作業をしていたところ、ハンガーにかかった、例のワンピースを見つける。時期的に、バックヤードに引くことになる代物だ。

その若者いわく、「あの服、そのときからなんかやな感じだった」らしい。ただ、作業を終えないと帰宅できないため、ハンガーから取ろうとすると、

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ぺた、ぺた、ぺた……

裸足で床を歩くような音が聞こえてきた。客のいない静かな店内は、意外なほど音が響いたそうだ。

入り口のシャッターはとっくに降ろしていたが、若者は反射的に入り口側へ目をやった。

視線の先、四段ある商品棚の一番上に、胸から下の無い、ただれた上半身が乗っかっていた。

髪は長めで、両腕も異様に細長い。もともと着ていた物であろう赤地の布が、本来は腰がある丈くらいまで、だらしなく伸びていた。片腕はぶらぶらと遊ばせている。まるで、段に座った子どもが足をぶらつかせるようだった。

もう片方は、赤いワンピースをゆび指して、

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「い っ し ょ」

若者の言葉をそのまま借りるなら、坊さんが経を読むような低音で、発した。

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どこから突っ込んでよいか分からない光景に後ずさる。足元に整理中の段ボールが置いてあり、後退した拍子にかかとで蹴る形になった。

ぼふ、という間抜けな音を合図に、身体が棚から降り、店内を跳ね回った。

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「いっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……」

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腹に響く低音でぼやき続けながら、器用に両手を足代わりにして、店内を走り回る姿は、まるでスキップをするように見えたそうだ。ひとしきり暴れ、やがてシャッターをすり抜けていった。

その姿を見送って、若者は気づいた。

頭から胸までの背丈しかないため、華奢な腕ではしゃぎまわる姿が、遠目には『赤いワンピースを着た女の子』に見えるのだ。

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なんでマネージャーがこの話を知っているんですか。ある人はここまで話を聞いて、マネージャーに尋ねたそう。

マネージャーは理由とともに続きを語った。

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例の夜を体験した若者は、無断欠勤が続き、そのまま退職となった。マネージャーは若者に何度も電話をかけて、やっとつながったとき、「おれ、まずいことしました」という前置きとともに、若者から直接この話を聞かされたのだ。もちろん、マネージャーは意味がわからなかったが、最後まで付き合った。

「奥にほったらかしてある赤のワンピース、ハンガーに吊るしとくか、マネキンに着せておいてください。そうしないと、たぶん、やばいっす。あいつ、毎晩毎晩……もう、寝不足で気が狂いそうっす」

若者は最後にこう伝えてきた。

その後、この若者の退職を皮切りに、パート、準社員が次々と退職を申し出るようになる。それも、閉店までのシフトを担当している人ばかり。退職理由をぼかす者もいたが、答えた者は決まって、

「夜、汚いトルソーが、手を使ってもの凄い速度で這い回るのを見てしまった。気味が悪い」

こう答えるのだと言う。店の経営にも関わるので、願掛けも込めて、あの若者の言う通りにした。

ただ、マネキンは予備がなかったので、余ったトルソーにワンピースを着せたところ、離職はぱたりとなくなった。

「あれ、脱がしてみたら何かわかるかもね。僕はイヤだけど」

いたずらっぽくマネージャーに言われたが、後味の悪い話だったので、トルソーはそのままにしてあるとのこと。

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話を聞かせてくれた後で、ある人は最後にこう締めくくった。

「おねだりを断った若い人には、何が起こったんでしょうね。どっちにしろ、置いてある物を黙って捨てるのは良くないってことですかね。マネージャーに確認しないで破棄してたら、どうなっていたことやら」

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