中編6
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窓のむこう

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もうずっと前の出来事です。

僕はその時、よくある2階建てアパートの1階の角部屋にひとり暮らししていました。

そのアパートは、判り易い「田の字」型の間取りでした。

田の字の左下は洋室。TVがあり、大きな窓にはベランダがあります。

田の字の左上はキッチン。腰高の窓はすりガラスです。

田の字の右上は玄関、水廻り。

そして田の字の右下は和室で、小さな窓が一つの、暗い部屋です。

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洋室のベランダは、1階なので簡単に人が入ってこれる程、低いベランダでした。その向こうは駐車場です。

友達はそこから入ってきたりしていました。

和室は上に開く小さなスライド窓しかないので少し暗く、僕はそこを寝室にしていました。

窓の寸法が小さいので合うカーテンが無く、日差しは入ってきますが、ワイヤー入りのぶ厚いガラスだったので、強い直射日光ではなく、カーテン無しでも大丈夫でした。

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僕はその日、遅くまで映画を見てしまい、そのまま洋室でウトウトしていました。

「お風呂も明日の朝で良いや…」と、爆音で映画を見る為のサラウンドのヘッドフォンを外し、そのまま浅い眠りにつきました。

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ザー…

強い雨の音で目が覚めました。

「あ!やばい!窓開けてる!」と洋室の大きい窓に目をやると、風でめくれたカーテン越しのベランダに、髪の毛の長い女性が立っているのが見えました。

「ひっ!…誰?」

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恐る恐るカーテンを開けると、誰もいませんでした。

「気のせいかぁ…。ミザリー見た影響かなぁ」

と窓を閉め、またウトウトしました。

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どうも気になり、窓の方に目をやると、街灯に照らされ影絵の様になっているカーテンに人影の様なものが映っています。

「うそだろ…」

怖がりながらも近付き、ゆっくりカーテンを開けました。

そこには洗濯物を干す、放射線状に広がる物干しスタンドがあるだけでした。

「正体みたり、枯れ尾花…か。もう夜に怖い映画を見るの、やめよう」

と、またクッションに戻り、寝転がりました。

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しかしもう、街灯に照らされた大きなカーテンが気になり、揺れる木の陰や雨の音に、いちいち起きてしまう様になりました。

「トイレに行ってから、和室に行って寝よう…」と、キッチンを通ってトイレに行こうとした時、玄関横のキッチンの窓に人影を見ました。

「!!」

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ウロウロしているのが判り、影は玄関の方に移動しました。

「覗き穴から見えるかもしれない」と覗いてみました。

しかし暗くて良く見えません。

とても怖かったですが、このままでも寝られないと思い、思い切って玄関ドアを開ける決心をしました。

カチャ…と夜に鍵の解錠音が響きます。

「誰かいるんですか…?」と言いながらドアを開けました。

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するといるのは、隣の部屋の人でした。

「あ、すみません。起こしてしまいましたね。雨が酷いので、玄関の方に自転車を移動しようと思って」

あぁ…。ウロウロしてた正体は、これか…と安心しました。

「大丈夫ですよ。気になさらず」とドアを閉めました。

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トイレを済ませ、和室に布団を敷き、寝る事にしました。

「あー。暗いし静かだし、よく寝られそう!」と布団に潜り込みました。

目線の先には換気の為に少しだけ開けた、小さな窓。その方向には街灯も無く、真っ暗です。

雨は強いままでしたが、アパートにある軒のおかげで、少し開けていても雨は降り込みませんでした。

ウトウトした僕の目に、少し開いた窓のむこうにいる、人影の様なものが映りました。

「もういいや。また "そうじゃない何か" だろ。おやすみ」

数回のドキドキの、大したことの無い結果を経験している僕は、堂々としたものでした。

気持ちよく、心地よく、深い眠りにつきました。

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チュンチュン…

小鳥の声で目が覚めました。

「あー…良く寝た。雨も止んでる!良い天気だなぁ」とぶ厚いガラスの小窓からも判る青空を見ました。

澄んだ真っ青な空が透けて見えていました。

しかし!しかし!

その下に少し空いている隙間の、網戸のむこうに、人影がありました!

もう気のせいではありません。朝日に照らされ、完全に髪の毛の長い女性がこちらを見ているのです!!

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「うわぁ!!」

暗い夜に見ても怖いですが、はっきり認識出来る朝に見ると、自分を納得させる都合の良い言い逃れが出来ず、強い恐怖を感じました。

夜見る "得体のしれない恐怖" ではなく、眼前に迫る "危険を感じる恐怖" …というのでしょうか。

隙間の高さに目をもってきて、まばたきもせず「じっ…」と僕を見ています。

隙間から見える「目だけ」が僕を見ています。

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「誰ですか?」と声を掛けても、何も喋らず、じっと見続けるだけ。微動だにしません。

窓を開けて確認するにも、窓を閉めて無視するにも、まずは窓まで行かなければいけません。

「誰ですか?何ですか?」と言いながら、恐る恐る近付き、窓までたどり着きました。

隙間からじっと見る目。

思い切って、全体が判るまで開ける事にしました。

「誰ですか?何ですか?」と言い続け、窓を少しずつ上にスライドしました。

全体像が見えてきました。

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そこに立っているのは、普通の女性でした。

ベージュのトレンチを着て、下からは濃い紺色のスカートが見えていました。

全身ビチョビチョでした。水がしたたる程です。

たぶん、一番最初に洋室のベランダで見たのは、この人だったのでしょう。

一晩、ずっと僕を見ていたのです。どしゃぶりの雨の中、ずっと…。

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ずっと見られていた…。

そう考えると、心から恐怖を感じました。いつから…? 映画鑑賞中もずっと…? その前の食事の時は…?

顔を見ても、全く知らない人。網戸越しに目を見てはっきりと「誰ですか?」と聞きましたが、無言のまま。

でも目はそらしません。

にらむでもなく、悲しげでもなく、考え事をしている様な遠い目のまま、ずっと僕の目を見続けます。

ビチョビチョのまま、腕も首も動かさず、目だけ動かして、ずっと僕を見たまま動かず立ち続けています。

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「ごめんなさい。会社に行くので、閉めますね…」と窓を下にスライドし、完全に閉めました。

しかしガラスのむこうの姿は動かず、そこに立ったままでした。

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「イヤだなぁ…」

と思いながらも、身支度を始めました。

洗面所に行き、戻っても影はあります。

和室の押し入れから着替えを取り出し、本当はそこで着替えますが、怖いので洗面所まで移動し、着替えてもどっても影は消えてません。

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キッチンでコーヒーを作り、天気予報でも見ようと洋室に戻りました。

その時に和室に目をやると、姿が消えていました!

「あ!いない!」

小窓を開け、怖々見てみると、立っていた所に水たまりがありましたが、姿はありませんでした。

洋室のカーテンを開けて見てみましたが、そこにもいません。

もう居なくなっていました。

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時間になり、会社に向かう為、玄関を出た時、隣の人に会いました。

「昨日は夜中、すみませんでした」と隣人。

「いえいえ。あの時間には、まだ起きていたので気にしないでください」

「ところで…」と気まずそうな隣人。

「はい?」

「あのー。どうでも良い事ですが、彼女とケンカでもしてます?」

「え…。彼女いませんよ。なんでですか?」

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「あれ?あ、いや。昨日のお昼から、窓を覗いたり玄関をガチャガチャやったり、お宅の廻りに、ずーっと女の人がいましたので」

「!!」

昨日、僕が会社にいる時間から、ずっといた様です。

「で、自転車を移動する時に夜中、自転車置場に行った時もお宅のベランダに座っていましたよね。それはご存知ですか?」

「えー…本当ですか…」

落ち込むぐらい気持ち悪さを感じました。

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「しかもずっと部屋の方を向いて、しゃべってましたよ。あなたに話しかけていたんじゃないんですか?」

「!!!!!!」

「えっっっ!? 話してたんですか?何て?」

「いや、内容は判らないですけど。その姿を見て、僕ちょっと引いて、『いくらケンカしてても、酷いなぁ』と思ってました。じゃあ、あれ、誰なんですか?」

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知らない人…としか言い様がなく、隣人は「言いたくないならもう聞きませんが…」みたいな雰囲気でした。

「本当に知らない人なんですよ」と言ったのですが、"言い辛い関係で、立ち入って欲しく無いと思っている"と思われた様です。

本当に知らず、なにも説明できない事が歯がゆかったです。

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でも、話してたんだ…。僕に?何で?何を?

ヘッドフォンで聞こえなかった時も、ウトウト寝てしまっていた時も、何かを僕に言ってたんだ…。

何を思って、何時間も…。

結局、もう二度と現れず、何者かも判らないままでした。

幽霊などではなく、実在する人間が怖い!と強く感じた出来事でした。

何も話さず、何もされませんでしたが、本当に怖かったです。

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@あんみつ姫 さま
「抗えない不条理な現実」って、自分で避ける事も出来ず、本当に怖いですね。
僕は優しい…というより、優柔不断で強くないだけだと思ってます(汗)。
実際に体験した話ばかりなので、キレイなオチもなく「誰だったのか」「どういう事なのか」等判らないままの話が多く、申し訳ありません…。
いつもお読みくださりありがとうございます!

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KOJI様
前回のお話といい、リアル人怖話が半端なく怖いです。
KOJI様は、とてもお優しい方なのでしょうね。
無理難題も受け入れてくださるような雰囲気があるのかもしれません。

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