中編2
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作り話

友人の山岸から電話。

『例の怖い話なんだけど、《あいつ》の名前って何だっけ?』

声は半泣きだった。

何のことか判らなかったから、そうやって返事したら急に怒りだしてさ。

『冗談やめろよ、偶然に決まってるけど高田のことがあるんだから』

って言うんだ。

彼の話を要約すると、半年ほど前におれ、山岸、高田の三人で集まって怪談話をした際、おれが話したひとつに

《名前を忘れると殺される、この世のものならぬ存在のはなし》

というのがあったという。

それにはれっきとした名前があるのだが、音声に記録したり、文字に書いたりしてはいけない存在らしく、口で伝え記憶しなければいけない。

そしてそいつは、一度でも名前を知られた人間に忘れられることをとても嫌うのだ。

もし一度名前を知ったあとに記憶から消えてしまうようなことがあれば、そいつをとり殺しにやってくる、と。

もちろん他愛ない怪談話として処理されたんだけど、高田がそのすぐあとに行方不明になったんだ。原因は判らない。

山岸は心底怖くなってしまって、忘れないように忘れないようにと気を付けていたらしいんだけど、どういうわけかどんなに記憶しようと頑張っても、日にちが経つにつれおぼろげになっていってしまう。

それで一計を案じて、A4の紙を一枚に一文字ずつ区切って、けして短くはないらしいそいつの名前を書き、番号をふって読む順番だけは判るようにしておいたらしいんだ。

そしたらいつの間にか紙がすべて忽然と消え失せ、同時に名前も完全に思い出せなくなったという。

『もう一度教えてくれよ』

そう言われても。

そもそもおれには、そんな話をした記憶がない。

三人で怪談話をしてたのは覚えてる。

高田のことも覚えてるし、彼が失踪したのも聞いた。その話をしたことだけが、記憶からすっぽり抜け落ちている。

おれがする怪談話はだいたい口からでまかせの作り話だから、どこかの本に載っていたとか、インターネットで読んだとか、そういうわけでもないと思う。

作り話。

それしかありえないんだ。

山岸にそう言ったけど。

『ふざけんなよ!来てるんだよ今!おれのところに』

そういって電話は切れた。

それが一週間前のこと。

山岸は家族とも連絡はとれないらしく、捜索願いが出されている。

おれは、本当にそんな話をしたのだろうか?

したとすれば、なぜ覚えていないのか?

そいつの名前とは?

もし今のおれが《そいつ》の名前を忘れたことになっているのなら《そいつ》はおれのところにも来るのだろうか?

どうすればよいのか、判らずにいる。

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