中編3
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鬼姫の影

その人と出会ったのは私が実家への一時帰省から大学のある広島に戻る際、父から知人の女性を送ってほしいと頼まれた時のことです。

外での昼食の場でその知人を紹介されたのですが、広島の大学の先生という彼女の名刺には金明姫と書かれていました。

「きん、あけひめさん?」

ペンネームみたいな名前だなあと思っていると彼女は笑って答えました。

「キム・ミョンヒと言います」

読み方を壮絶に間違えてしまい私は恥ずかしい思いをしました。

彼女は日本語も堪能で大学の先生にもかかわらずとても若くて容姿端麗な女性でした。父が彼女の名前を教えなかったのは私が彼女の名前をどう読むのか試していたのだろうと後になって思いました。

昼食後、高速道路のサービスエリアで彼女がお土産にきびだんごを買ったので、私は昔話の桃太郎について教えてあげたのですが、彼女はその鬼伝説について解説をしてくれました。

「当時この県で退治された鬼は朝鮮半島から渡ってきた人々という説もありますよね」

「えっ、そうなんですか?」

「まだ青銅器しかなかったこの国で彼らは鉄器や優れた築城の技術をもっていたようです、もしかすると当時の朝廷はそれを脅威に感じて彼らを鬼としたのかもしれません」

「……確かにあなたほど有能な人であれば鬼と恐れられるかもしれませんね」

少々皮肉めいた返答をして、ふと助手席の彼女を見た時です。

私は目を疑いました、助手席にいる彼女の姿が突如影のように黒く染まって見えたのです、それはまるで悪鬼のように……

驚きながらも私は前を向き落ち着いてからもう一度助手席を見やると彼女の姿は元に戻っていました。ちょうど因縁の土地の近くを通っていたこともあり、何かを呼び寄せてしまったのでしょうか。

「……ふふ、鬼と恐れられるならまだしも私の場合はさんざんキムチ臭いなんて罵られてきましたから……でも、キムチ臭いなんておかしな話だと思いません?」

彼女の言葉はまるで私の混乱と幻覚を否定しているかのようでした。

「キムチが強烈な風味で日本人には全く受け入れられない食べ物であれば悪口になると思うのですけど、今やキムチは日本で一番食されているお漬物の一つですからね」

明らかにそれは彼女に対する謂れのない中傷でした。

「結局、鬼の姿は人の心が作り上げているんですかね」

落ち着いた雰囲気でしみじみと語る彼女の表情を見て、私は今まさに鬼の影を彼女に映してしまったのかもしれないと畏れざるを得ませんでした。

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先日、久しぶりに彼女と再会する機会があり、一緒にインド料理屋でご飯を食べたのですが、彼女は自分の大学の教え子達が昔に比べてもさらに大変な今の時代を生きていかなければならないことを憂慮していたのですが、当の学生たちは全く緊張感とその自覚がないのがさらに心配だとため息をついていました。

そんな彼女を見て『金色の鬼姫』はやはり強いなあと少し感嘆してしまいました。

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