中編4
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授業中

小学校のころの話。

わりと壁の薄い学校で、隣のクラスがやっている授業の内容が聞こえることがあった。先に履修した内容だと、こちらの教室全体に奇妙な優越感と連帯感が生まれたりするのは、誰にでも覚えがあると思う。

その日も授業中に、隣の教室から声が聞こえてきた。

聞き覚えのあるK先生のもの。

言葉の内容までは聞き取れないが、一言、二言喋るたびに、生徒たちが異様に盛り上がっている。

K先生は授業に興味を持たせるために算数ならカードゲームを自作してきたり、国語ならクイズ形式にしたり、生徒同士で討論させたり、授業をレクリエーション風に仕立てるのが上手い先生で、当然生徒からの人気も絶大だった。

《ああ、何か面白そうなことやってるな、羨ましいな》

とこちらのN先生の退屈な授業よりどうしてもそっちに興味がいってしまう。

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……でも、どうも様子がおかしい。

盛り上がっているのは構わないけど、何というか、授業のそれじゃない。

手を叩くような音に、笑い声や泣き声まで入り乱れて、時おり悲鳴が混じっている。

《あまりにもうるさすぎやしないか?》

K先生は生徒たちを盛り上げるのも得意だけど、節度を守らせることも上手で、必要以上に騒いだり誰かを傷付けたりすれば正面から嗜める。

その当のK先生の狂ったような怒号が轟き、それに合わせて生徒たちが爆笑しているのだ。

ものを叩くようなガン!ガン!という音やノコギリで何かを切ってるようなギコギコという音もあいだに挟まり、一斉に床を踏み鳴らしているかのような音が始まった。

N先生も怪訝な顔をして、こちらの教室でも

《何をしてるんだろう?》

という疑問の声があがりはじめた。

授業開始から三十分も経過したころになると、悲鳴は喉を絞るように尾を引くものになり、床を踏み鳴らす音は金属同士をこすりあわせるような音に代わり、K先生は音程のでたらめな歌を歌っていた。

そして、極めつけに。

ドスン……ゴン……ドスン……ドスン……ゴン、と何かで壁や床を叩くような音が始まった。

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ゴン!

と衝撃音がする度に、こちらの教室がびりびりと振動した。

さすがにN先生が

《様子を見てきます》

と言って教室を出た。

その間も狂騒状態はずっと続いていて、こちらの生徒たちは一言も喋らず耳を済ませていた。

なぜかK先生の声もN先生の声も生徒の声も一切聞こえなくなって、例のドスンドスンという音が逆に大きくなっていった。

延々と、壁に重たいボールをぶつけているように思えた。

音がぶつかってくるたびに教室で飼っていたメダカの水槽の水が大きく揺れて床にこぼれた。誰かの机から鉛筆が転がり落ちて、床で跳ねていた。掲示板の画ビョウが外れ、何枚かの掲示物が床に落ちた。

そのまま五分が経過、十分が経過。

いっこうにN先生は戻らない。

とうとう泣き出す女子が居て、男子たちの中では

《様子を見に行くべきだ》

《やめたほうがいい》

という話し合いが始まった。

《違う大人を呼んだほうがいいんじゃないか?》

という提案に、

《それなら全員で職員室に行こう》

とおそるおそる立ち上がった。

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教室の外に出ようとしたところで、急に扉が開いて全員悲鳴をあげた。

扉を開けたのはN先生で、どこかを怪我しているとか様子がおかしくなっているとか、そういったこともない。

すたすたと教室に入ってきて、そのまま黒板のほうを向いて授業を再開しようとするから、

《先生、隣は何をしてたんですか》

と誰かが訊いた。

N先生は事も無げに、ああ、と呟き、

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《みんなで首を切ってあそんでいました》

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と言った。

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同時に終業のチャイムが鳴り、呆然とする生徒をよそにN先生は何も言わずに出ていってしまった。

いつの間にか隣のクラスの音が止んでいて、いつも通りのK先生と生徒のやりとりが聞こえた。

すぐに隣のクラスからこちらに遊びに来た奴が居て、全員がざわついた。

《何をしてたの?》

と訊いても、

《何が?普通の国語だよ》

というだけだった。

K先生が歩いていくのを遠巻きに見たけれど、何もおかしな様子はない。勇気を出して隣の教室まで行ったけれど、こちらも変わった様子はなし。

意見の食い違いと、あまりに意味不明な出来事にパニック状態になり、男子からも号泣する奴が出た。

あとの頼みの綱はN先生だ。

次の授業中に、さっきの言葉の意味を訪ねるべきだ。

全員がそう考えていたと思うけれど、次の授業が始まったときには全く別の学年の先生が来た。

《N先生は体長不良なので自習に切り替えます》

というようなことを言って。

そのとき、不思議にこの一連の騒動をその先生に伝える生徒は居なかった。

我々は何か普通じゃないことに巻き込まれたんだ、と全員がそう感じていたと思う。

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それ以来、N先生が学校に来ることはなかった。

何かの説明があったかもしれないけど、全員に《アレ》のせいだという共通認識があったせいでよく覚えていない。言葉の真意も訊けずじまいだ。

K先生は、卒業までとてもいい先生のままだった。

異常事態はあの一度きり。

自分は中学校に進学する際に県外に引っ越してしまい、同窓会などにも参加したことはないから、あの話が今も語り継がれているのかどうかは判らない。

この話はこれで終わる。オチも解明も何もない。これが自分の知る全てだ。

二十年以上経ったけれど、あのドスン、ドスン、という音は耳にこびりついて離れない。

だってもし、N先生の放った言葉をそのまま受けとるのならば。

《重たいボールのようなもの》

は一つしかないように思えるから。

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