中編3
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海の怪談

T県にあるI島には、「絶対に夜、海を見てはいけない日」がある。

これ自体はさほど珍しい伝承ではなく、日本全国に同じような風習がある。

その多くは、何らかの神事のためであるとか、夜に海に行って遭難することを戒めるため

などの理由である。

「海を見ると祟られる」などと言うことで、海への畏怖を忘れないようにする役目もあるようだ。

僕は、I島の伝承も、そんなよくあるものの一つと思っていた。

今思えばやめておけばよかったのだが、この伝承に興味を持った僕は、I島出身の友人と、その日に島を訪れた。

古くからその土地に住んでいる信心深い住民は、その日は朝から家の戸に

「がんじゃら みんぜよ」

と書かれた魔除けの札を張り、家に閉じこもっていた

「昔からこうだ。この日は店も開けないで家にいる。余程の用事がない限り、外出もしない」

と、友人。

「安息日みたいなものなのかもしれないな。働きすぎないように、とか」

僕は言った。

昼間ならいいだろうと、僕らはせっかく来たので、海に入ることにした。

I島の海はとてもきれいで、岸近くにも関わらず大小の魚が泳ぐ姿を間近に見ることができた。

ライフジャケットを着て、シュノーケルを楽しんでいた僕らは、海の美しさに魅了されていた。

午後4時も過ぎた頃、そろそろ夕方に差し掛かり、流石にまずいだろうという話になった。

僕自身は全く祟りだのは信じていないが、島で育った友人は、やはり何か落ち着かないらしい

帰りたそうにしていた。

さあ、帰ろうとして岸辺を見ると、思いもかけず沖まで来てしまっていた事に気づいた。

引き潮というわけではないはずなのに・・・

僕は少し慌てて、友人を促し、岸に向かって泳ぎ始めた。

日が徐々に傾いてくる。

バタ足をしたり、手で掻いたりするが、一向に岸に近づかない。

潮の流れがあるのかもしれない。

もしかして・・・

「なあ、あの伝承は、もしかしたら、今日のこの日、島から離れる海流が強くなるから、海に出るな、とか言う意味じゃないのか?」

僕は友人に尋ねた。

もしそうだとしたら、僕らは本当に遭難するかもしれない。

「いや、そんなわけない。そんな特別な潮が一日だけあるなんて聞いたことない」

そりゃそうだ。

杞憂だったのか・・・

しかし、岸は近づいてこない。

夕日が沈みだした。

いつの間にか時計は5時を回っていた。

僕はますます焦ってきた。

「があ・・・!」

友人が突然声を上げた。

ライフジャケットを着ているはずなのに、溺れるように手が宙を掻いている。

「おい!」

僕は友人の手をつかみ、引き上げようとしたが、ものすごい力で引っぱられているようで、顔を引き上げることすらできなかった。

それどころか、自分まで引き込まれそうになり、ガボっと海に顔を突っ込んでしまった。

潜った先に見たものは、一生忘れない。

友人の足に幾重にも絡みついた黒い手、崩れ落ちそうなほど腐った人の顔

何かが友人を悪意を持って引き込もうとしていた。

僕の意識はそこで途絶えていた。

目が覚めると、島の病院のベッドだった。

ライフジャケットのまま漂っているところを。

付近の漁師が助けてくれたようだった。

友人は行方不明。

死体すら上がらなかったらしい。

僕は見たことを言おうと思っていたが、信じてもらえないと思いやめた。

ところで、僕は一つ気になっていることがある。

島の人々が扉に貼っていた札

「がんじゃら みんぜよ」

は島の言葉で

「ガンジらを見てない」

という意味だそうだ。

『見ていない』

伝承にはこうあった。

「夜、海を見てはいけない」

「行ってはいけない」

ではないのだ。

ガンジとはなんだろう

もし、ガンジが「あれ」なら、僕は「見て」しまっている。

もう、怖くて海に入ることはできない・・・

Concrete
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@ししなべ

いつも読んでくださって
ありがとうございます

また怖い話を投稿しますので
よろしくお願いしますね

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今回も面白いでゴザル。
次回が楽しみでゴザル。

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