中編6
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夢の話五題

真北さんはある日を境に、まったく夢を視なくなったという。

それまではむしろ人並み以上に夢を視て、またそれに自覚的な体質だった。

物心がついたころから《これは夢だ》と自覚できる、いわゆる明晰夢が当たり前。

夢だと気付いた瞬間に敵なし、好き放題に遊ぶので、三つ下の妹が《怖い夢を視た》といってぐずるのが不思議で仕方なかった。

一晩に二本立て、三本立ても珍しくなく、夢の話では月並みな

《朝、目覚めて仕度をしたあと扉を開けるとまた布団のなかで目覚める》

パターンも週に一度は視たそうだ。

真北さんが高校二年生だったある朝、お馴染みの《朝ローテーション》の明晰夢が現れた。

夢だという自覚はあったが、布団を出て自室の扉を開ければ覚めることを判っていた真北さんはいつもの通りそうした。

そして案の定ーー目覚めることはなく、真北さんは自分がすでに起きていることに気付き《妙なまねをしなくてよかった》と胸を撫で下ろした。

そこまではそれなりによくある笑い話だろう。

しかし、その日から真北さんの三つ下の妹が姿を消してしまった。

朝食の席には両親しか居なかった。

行方が判らなくなったのではない。

前の晩まで十七年間家族として暮らしてきた妹を、両親も、友人も、学校も、その存在を知らない。家のなかに存在の形跡もない、正式な書類に記載もない。

初めから無かったことになっていた。

妹の名前も思い出も、それ自体が夢であり、その長い夢から覚めたのだ……とでもいうように。

そして、同じくその日から真北さんは一切の夢を視なくなる。二十年以上、ただの一度も。

真北さんは夢を視なくなった理由を《あの日から、まだ目覚めていないからではないか》と冗談めかしていう。

たまたまその時、異様にリアルな夢を視て細かいディテールの記憶を捏造した。

真北さんはそう考えているが、いまだに妹の名前も顔もはっきり記憶しており、似た人物を見かけると目で追ってしまうそうだ。

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萩さんは定職に就いていない。

競馬、競輪、競艇、パチンコ、スロット。

手段は選ばないが公営ギャンブルで収入を得ている、いわゆるプロだ。

そんなことが可能なのかといえば《根性と、夢を視る才能》と答えた。

夢は希望や願望ではなく、文字通り睡眠時のそれである。

彼の場合はふだん夢を視たとしても気付くことはないのだが、ある一つの夢だけは明晰夢で視るという珍しいパターンだ。

週に一度ほど、必ずそれは夢に現れる。

初めて視た二十歳の時から《これは夢だ》と判っていた。

自分は椅子に拘束されており、顔のはっきりしない(覆面をしているのではなく、光の加減か視界の制限かとにかく顔は確認できないそうだ)複数の人物に取り囲まれている。

彼らの一人に問いかけられた。

《手、足、腹、胸、首。どれにする》

と。

何も返答せずにいると目覚める。

半年ほど繰り返しこの夢を視たある時、試しに

《手》

と答えた。

謎の人物たちはものも言わずに、萩さんの右手を刃物で切り落とした。

夢だと自覚していたのだが、目覚めてからも何ともない右手が錯覚で痛むほどだった。

そして萩さんは、その日に道で財布を拾う。中身は一万円ほど。

もちろん交番に届けたが、落とし主は現れず萩さんが貰い手になったそうだ。

例の夢で、それから幾度か手を切断した。

そのたびに、必ず現実で金銭に関する運が舞い込むと気付いた瞬間には脂汗が出たそうだ。

さらに、部位の段階を後半に指定すればするほどそれは高額になる、と気付き萩さんはこの世界に身を投じた。

それから三十年以上、拷問を受け続けている。

不敗を誇る萩さんは最高で数十万の勝利をおさめたことがあり、この時は《胸》を選び、心臓をアイスピック状の器具でえぐられたそうだ。

1ヶ月ほど痛みの錯覚に悩まされ、身体的には問題がないが精神的な問題で医者に通ったという。

萩さんの当面の悩みは、一度くらいは《首》を選んでみようかどうか、ということだ。

戻ってこられるかどうか判らないから、と何故か嬉しそうにする萩さんは根っからの賭博師なのだろう。

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スペインの作家の話と言われている。

氏はファンタジー小説で評価された人物だった。

執筆活動30年の節目に大長編を書くと宣言。家人や仕事仲間にも行き先を告げずに安宿を転々とし、書き上げたはしから原稿を少しずつ出版社に送る、という生活をはじめた。

原稿には必ず、近況を伝える短い手紙が同封されており《まるで書かされているように筆が進む》《学生時代に戻ったように食事が美味い》《世界最長の物語になるかもしれない》などの強気な文面が並んでいた。

半年ほどそんな生活が続き、ある冬に届いた手紙には《自分の構想した物語世界を夢に視るようになった。私は毎晩心踊らせながら目を閉じている。その世界で見て聞いて知ったすべての事柄を紙に書き写さねばならない。それこそが生きる意味、いや義務なのだ》

とあった。

その手紙を最後に、氏からの原稿は途絶える。

探し回ったあげく、地元の町から百キロ以上も離れた村の宿で遺体となって発見された。

酒は多量に入っていたとのことだが抵抗の痕や外傷はなく、金目のものも無事だったことから事件性はないと判断された。

しかし、体内の臓器の7割ほどが押し潰されたようになっていたことの理由は判らない。医者も警察も匙を投げてしまった。

部屋から発見された未完成の原稿には《巨人の棲む世界の章》と題名のみが記されていたという。

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嶋田さんが小学生のときの話。

転校生にトモナリ君という男の子がやってきた。

格別人気者になるわけでもイジメの標的になるわけでもない、ぼんやりとした雰囲気の大人しい生徒だったそうだが、誰かの発案で嶋田さんはトモナリ君の家へ数人で遊びに行った。

帰宅してから、嶋田さんは大切にしていた帽子をトモナリ君の家に忘れてきたことに気がついた。

《また取りに行けばいいか》

とさして思い詰めなかったのだが、嶋田さんはその晩に夢を視る。

トモナリ君が今度は嶋田さんの家に来て《帽子を忘れたろう》と届けに来る、という夢だ。

目が覚めると、果たして帽子は枕元にあった。

嶋田さんは何故か、学校でトモナリ君に会ってもこの件のことを口にしなかった。伝えると厭がるのではないか、と思ったらしい。

その後も相変わらず大人しく目立たぬ生徒のまま、再び遊びに行くことはないままトモナリ君は転校してしまった。

嶋田さんはこの話を、最近の同窓会でようやく打ち明けた。

すると、あの時一緒にトモナリ君の家へ遊びに行った他の全員が

《その晩に視た夢にトモナリ君が現れ、『嶋田くんの家ってどのへん?』と道を訊かれた》

と告白した。嶋田さんの話を聞くその時まですっかり忘れていたのだ、と。

しばらくトモナリ君の話で持ちきりになったものの、顔や特徴は相変わらずぼんやりとしていて、それ以外に話題が転がることはなかったという。

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堕ツル奈落ハ夜ノ首

サ迷ウ骨ハ間引カレテ

爛々雷鳴落果ノ腑

いじゃけんしょんじゅてい

いじゃけんしょんじゅてい、

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この文が意味するものは不明だが、片岡左東という歌人が夢で視たものとして記した文である。

片岡は夢を《映像や音のない、文章だけで視る》ことで知られていた。

一晩、一小節ごとに夢に現れた文を綴るも、片岡はこの文の終わりを記さぬまま亡くなっている。享年二十五才、これといった病もない突然の死であった。

句点があることから続きが存在することは窺えるが、その先の文面を知ったことと片岡の死は、無関係ではないかもしれないのだ。

夢にもし先の文が現れたのなら。

それが明晰夢であり、自らの意識で目覚めることが出来ることを切に願う。

Concrete
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