【オフィス怪談】コピー機の怪

中編5
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【オフィス怪談】コピー機の怪

wallpaper:633

その日、俺は翌日に迫った取引先へのプレゼンの準備に追われていた。

時刻は既に深夜2時。当然、終電も終わっている。帰りはタクシーだ(自腹で)。

そこそこ広いオフィスは、自分の机がある島と、少し離れた場所にあるプリンター兼コピー機の頭上にだけ蛍光灯が灯り、それ以外はひっそりとした闇に包まれている。

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「カラー、

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「カラー、両面、

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「カラー、両面、冊子印刷、

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「カラー、両面、冊子印刷、50部、と。

shake

ぃよっし、行けっ!」

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コピー機の前で、あえて大声で印刷設定を確認しながら、俺は実行ボタンを押す。

原本の書類が吸い込まれ、しばらくの後、ホチキス留めされた冊子の状態でコピーが排出される。

資料は50ページ近くもある力作だけに、コピーが1部排出されるまでに1分近く時間がかかった。

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「これを50部分か……。結構時間かかるな」

ひとりの寂しさと、暗いオフィスの気味悪さから、自然独り言が増える。

俺は自席に戻り、ネットサーフィンでもして時間を潰すことにした。

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とにもかくにも、資料さえできてしまえば、後は明日を迎えるばかりだ。

先方の重役クラスばかりが出席するプレゼンで、資料を配布して俺がスピーチする。

上司も同席するが、もし自分がトチっても、ろくなフォローは期待できないだろう。

正直気が重いが、どうせなるようにしかならない。

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とにかく、今は眠いし疲れた。

とっとと帰宅して、一刻も早くベッドに滑り込み、1秒でも長く眠りたい。

しばらくの間、俺は動画サイトでタレントの漫才を観るともなしに観ていた。

遠くからコピーの音だけが、規則的に聞こえていた。

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不意に、

shake

グシャグシャグシャ!

紙が潰れる耳障りな音が響いた。

次いで、ピー、ピーという、コピー機の異常を知らせる甲高い機械音。

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「なんだよ、紙詰まりかよ……」

ぶつくさ文句を呟きながら、重い腰を持ち上げる。

コピー機の前まで来てみると、案の定、操作画面の液晶に、複数箇所の紙詰まりが発生したというアラートが表示されていた。

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「ったく……」

舌打ちをしながら、コピー機の側面の蓋を開き、内部に詰まった紙を苦心して引っ張り出していく。

取り出した紙はクシャクシャになっており、用を為していなかった。

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おまけに、両面の大部分が黒一色で印刷されていたその紙は、トナーのインキが完全に定着しておらず、俺の手を真っ黒に汚した。

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「ああもう、くそっ……!」

行き場のない怒りに駈られて、取り出した紙を床に投げつける。

どうせ後で自分で拾わなくてはいけないのだから不毛なことだ。

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足元に転がった紙を見て、俺は違和感を覚えた。

黒く印刷された面に、2本の細長い白い筋を見たからだった。

それらはそう、まるで……。

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wallpaper:570

「これ、

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「これ、指、

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「これ、指、か……?」

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黒地に白く見えたのは、広げた右手の薬指と小指だった。

わずかに指紋も見てとれる。

頭ではよせばよいとわかっているのに、俺の手は勝手にクシャクシャに丸まった部分を広げていた。

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shake

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

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wallpaper:526

そこには、大部分が白く飛んだ、しかし目や鼻や口といった凹凸の部分にのみ輪郭の陰を落とした、何者かの顔面があった。

男か、女かもわからない、不気味な顔。

コピー機の印刷画面にベッタリと顔を張り付けたような……。

慌てて紙を放り投げる。

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wallpaper:633

そんな馬鹿な。さっき資料の原紙をセットする前に全ページ確認しているし、その時にあんな気味の悪いページなんかなかった。途中から差し挟もうとしても、これまでコピー機の音は途切れなくしていたし、何より今この場には俺ひとりしかいないじゃないか……。

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背中に冷たい汗をぐっしょりとかきながら、俺は考えを巡らせる。

いや、ただ混乱していたのか。

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ふと思いたって、印刷の済んだ冊子を一部取り上げて、あわただしくページをめくる。

すると、真ん中からやや後ろのページに、あの気味の悪い顔が挟まっていた。

製本の終わった冊子が、排出口に積み上がっている。

30部はあるだろうか。

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その途端、

俺はキレた。

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shake

「はあああああああああああ?

何変なもん差し挟んでくれちゃってんの?

これ全部今から印刷やり直しかよ?

どんだけ時間かかんだよ?

霊だかなんだかわかんねぇけど邪魔しやがってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

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俺は先程まで感じていた超常的な存在に対する恐怖よりも、

余計な仕事を増やされた、

帰宅時間を遅らされた、

睡眠時間を削られたことに対する怒りが心を満たしていくのを感じた。

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shake

「おう!出てこい、出てこいよ!

てめえのおふざけで無駄になったこの紙束と俺の時間をどうしてくれるんだ!

この資料だって、ここ一週間苦労して作った、緻密なデータが詰まったもんなんだぞ!

もし、ここで気付かずに先方に配布してたら……」

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自分で叫んでいて、改めてそのことを認識して、背筋が震えた。

もし今、この奇妙な顔が資料に挟まっていることに気づかずに明日のプレゼンの場で、先方の重役たちに配布したとする。

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wallpaper:559

重役たちは退屈そうに資料を眺めながら、俺のスピーチを聞くだろう。おいそこ、居眠りすんな。

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『続きまして、根拠となる実績を示したいと思います。

お手元の資料の次のページをご覧ください』

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wallpaper:526

そこで飛び出す奇妙な顔。

会場に響き渡る悲鳴。

クレームの嵐。

上司からの叱責。

謝罪、謝罪、謝罪……。

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wallpaper:633

気づけば顔から血の気が失せていた。

思わず立ちくらみがした。

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「ま、まあ、そんな事態にならなかっただけでも、まだマシか……」

俺の胸の中、いつしか霊的なものに対して寛大な気持ちが生まれていた。

取り返しがつく段階で気づけたのであれば、かわいいイタズラか……。

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「い、いや。俺の仕事を邪魔したのは確かだ。

だいたい、この顔が挟まっていた下りなんて、このプロジェクトがいくらの利益になるかっていう、山場の場面じゃないか。

こんなところで邪魔が入った日には数字を間違って言っちゃうかも……」

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そこで俺の目は、「利益予測数値」の欄で止まり、釘付けになった。

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「あれ?

利益予測が2000万のところ、

……20億?

0がふたつ、多い……?」

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何度確認しても間違いだった。

俺の凡ミス。

単純な、

初歩的な、

そして、それこそクレームになりかねない。

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奇妙な顔の印刷を見た時より、

妙な印刷が挟まったまま、プレゼンを進めていた時の想像よりも。

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shake

「こ、怖えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

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俺は既にぐしょ濡れの背中を新たに濡らしながら、深いため息をついた。

そして、はっと気づいて顔を上げる。

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「もしかして、

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「もしかして、これを俺に知らせるために……?」

床に転がったグシャグシャになった紙。

そこに印刷された気味の悪い顔はーー、

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相変わらず、気味の悪いままだった。

〈完〉

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