中編6
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無縁ぼとけ

これは、私が入社したばかりの頃の話です。

入社して2ヶ月ほど経ったある日。

真冬の寒さに震えながら暖かい会社に出勤した。

朝礼で、昨晩の当直で、いわゆる『無縁仏』さんを預かっている、と連絡があった。

なんでも、身寄りはいっさい無く、病院からの連絡を受けて駆けつけたのは友人だと言う男性ただ一人。

しかも本人は病気を患い、生活保護を受けながらなんとか治療を受けていたそうだ。

当然、帰って護ってくれる方もいないので、弊社にお預かりしてきた次第だそうだ。

悲しい話ではあるけれど、この道約20年の代表取締役Sさんと先輩Yさんからすると、やれ手続きが厄介だ、やれ火葬料はどこに請求すればいいだ、やれ骨はどうすりゃいいだ、慣れと言うのはある意味怖いもんだと思いながら、僕も業務に入る。

家族がいない故人と言うのは、ある意味条件さえクリアしてしまえばあっという間に火葬が出来る。

この方もそうだった。

火葬場の最短の空きを予約して、(それでも冬場は4、5日は待つ)その間に書類をまとめ、いざ当日に火葬場へ連れていき、荼毘に臥される。

僕は行かなかったが、病院に駆けつけた友人がやはり一人立ち会ったのみで、言い方は悪いがあっさりとしたものだったそうだ。

僕が行かなかったのはたまたま休みだったからだが、

まぁ入って2ヶ月のど新人なんかを連れていっても仕方がないし、

恐らく出勤してても連れていってくれなかっただろう。

さて、休み明けのこの日は、会社に泊まりだった。

いつも通り、1日の業務を終え、来るべき『夜中のエンゼル』に備えて早目に就寝した。

何か、夢を見ていた気がする。

突然の電話のベルで、夢の記憶など吹っ飛ばされた。

――やれやれ、来たか。

ダルい体を起こし、のそのそと着替える。

時間はAM12:30。

まだ早い方だ、帰ってきてまた寝れる。

そんな事を思いながら、病院に行き、ケアをし、帰ってきた。

時間はAM1:30。

約一時間くらいでケアのみならば帰ってこれる。

すっかり冷えてしまった布団に潜り込み、目を瞑る。

だが、1度目を覚ましてしまうと、なかなか寝れなかったりする。また電話が鳴るような気がして、頭の中が冴えてしまっている。

それでも、やっとウトウトと浅く眠気が来た。

現実の続きのような夢を見始める。

事務所の倉庫にいるようだ……

プルルルルッ!

―うわ、マジかよ…

また電話だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

再び、帰ってきてベッドに入る。時間はAM2:30。

あ、丑三つ時…だな。

また、現実感がある夢を見始めた。

あれ?

さっきの続きか?

倉庫にいる。

何でだ?

何かを探している。

探しているんだけど、なんだか暑くて仕方がない。

暑い、暑い。

冬なのにやたらと喉が乾く。

暑い、嫌だなぁ…

耳をつんざくような、

電話のベルが鳴る。

―うわっ!…またか…

3回目だ。

体がダルい。

シパシパした目を擦りながら着替える。

Sさんも疲れて不機嫌だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3回目の帰り道、ふとSさんが言った。

Sさん―なあ、お前、さっき倉庫にはいったか?

僕は一瞬でさっきの夢を思い出した。

僕―いえ。寝てましたし。

Sさん―だよなぁ…気のせいか、倉庫からガタガタ聞こえたんだが。

やたらとパソコンはピシピシ言うしよ。

僕―やめてくださいよ、怖いじゃないですか!

Sさん―ん?ああ、そうだな、悪い悪い(笑)

あまり反省してくれてないのは分かりきっているが、

僕は怖い理由があった。

実は、子供の頃から夢遊病の疑いがある。

病院に行って診断されるものかはわからないので確定ではないが、多数の目撃談が寄せられている。

最近はなかった様なのに、また出てしまったのか?

さっきのは夢ではなくて現実か?

夜中に、無意識にウロウロしている自分なんて、それだけでホラーだ。会社の人に見られたくない。

3回目が終わって帰ってきたら時間はAM3:30。

あぁ、流石に疲れた…

もう電話はいらないよ…

また、倉庫にいる。

同じだ。暑い、熱い!体が焼けてしまう!

電話だ。

なんなんだ、一晩に4回も!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局、眠れたのは朝方の5時近く。

2時間後には起きて支度をしないと、皆が出勤してくる。

この上ない眠気に目を腫らして業務に入る。

それは、Sさんも同じだ。

昼食を誰ともなく食べ始めると、一気に事務所がランチタイムに入る。事務所内が美味しい匂いになる。

他愛もない話をしていると、またSさんが思い出した様に昨夜の話を始めた。

Sさん―しかし、昨日は変な夜だったよ。倉庫はうるせーし、パソコンはうるせーし、電話はうるせーし。

僕―やめてくださいって。怖いこと言うの。

Aさん―何なに?何か有ったの?

Sさん―いやなぁ、実は…

昨晩の話をすると、Aさんも怖がる。

Aさん―嫌ですねー、何かいたりしてー!

イヤー、自分で言ってて怖くなってきた、あたし今日泊まりなのにー!

テンション高く怖がる。

ん?

何かいる?

僕はてっきり自分が夢遊病を再発してうろついてしまったと思い込んでいたが…

Sさんも何か引っ掛かったらしい。

昨晩は二人とも、深く追求する思考能力が低下していた。

仕方がない。

急に立ち上がると、Sさんは寒々とした倉庫を開けた。

同じ事務所内にあるにも関わらず、密室にしてあるため空気が違う。

僕とAさんは顔を見合わせた。

Sさんが、倉庫から呼ぶ。

―おい、ちょっと来い!

あわてて、二人して倉庫に向かった。

―これを見ろ。誰だ?こんな所に置いたのは。

と、指差す方を見ると、

あ。

例の、無縁仏さん…

の、骨壺。

倉庫の片隅に置かれている。

あ、と声を出したのはAさん。

―あたしです。昨日、置いとけって言われたから…

Sさんは高らかに宣言した。

原因はこれだ、と。

―身寄りもなくて、ただでさえ悲しい亡くなり方をしてるんだ、更に焼かれて熱い思いして、それでやっと帰ってきたらこんな薄暗くて日も当たらない所に放置されて…

俺なら確実に化けて出るな。お前ならどうだ?A。

何も言えなくなってしまったAさんは、

ぽそりとごめんなさい、と呟くと壺を抱えた。

Sさん―どうすんだ?

Aさん―あの、、どっかに置き換えます。

わかった、やっとけ。

と言い、Sさんは倉庫から出ていった。

僕―手伝うよ。

Aさん―あ、ありがとー

二人で一番日の当たる高い所に壺を置き、慰めになるかわからないけど、とコップにお水とSさんの許可を得て1本ずつ線香を挙げた。

商売柄、1本2本使っても困るものではない。

手を合わせながら、さっきのSさんの言葉が気になった。

焼かれて熱い思いして……

昨日の夜も外は痛いくらい寒かった。

事務所の中と言っても、気密性は乏しく、そんなに暖まる訳でもない。むしろ、普段は寒いくらいだ。

でも。僕は熱かった。暑い、ではなかった。

夢遊病の再発?

あり得なくはないが。

無縁仏さん。

貴方だったのですか?

手を合わせ終わると、Sさんが意地悪に笑いながら言った。

―ちゃんと見守られて亡くならなかった方はな、寂しいんだよ。

だから、つい、呼んじまうんだ。仲間をな。

僕は、背中に薄ら暗いものを感じた。

余談だが、その日の夜はやはり寒く、

また、仕事は一件も入らず、

パソコンはうんともすんとも言わなかったと、

泊まり明けのAさんから聞いた。

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