中編3
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葬儀屋の話

私の名前は立花芳夫

この小さな町の小さな葬儀屋に勤めるものです。

その日も、私はある老婆の葬儀を行っておりました。

今回の葬儀は、私にとってもやや気が重いものでした。

なぜならば、このご老人は、交通事故にあわれて不慮の死を遂げたからです。

そんな時の葬儀は心が痛むものです。

悲しみにくれるご親族にいらぬ気苦労をかけないのが私達の務めです。

私は、弔問に訪れる方を親族のご友人の方に手伝っていただきながらお迎えしておりました。

葬儀がしめやかに終了し、片付けを行います。

ご親族やご友人の方にお帰りいただく前に、手早くご記帳された方の名前と御香典の確認をいたします

ご記帳の最後の行に何気なく目が止まりました。

「山田 一郎」

そう書かれていました。

文字が立派だったのか、それとも最後に書かれていたからか、その時は何が気になったのかわかりませんでしたが、

ふと、目に止まったのです。

「今日のご弔問のお客様は山田一郎様で最後でした」

そう、喪主である息子様に申し上げたところ、息子様は首を傾げておいででした。

「山田一郎・・・?どなたでしょう」

そう言って、奥様の方をご覧になりましたが、奥様も首をふっておいででした。

その時はそれで終わりでした。

また、数日後、葬儀の依頼が参りました。

今度もまた、気の滅入るような話でした。

焼死・・・・

そう、台所で料理をしていた奥様の失火と思われましたが、火はあっという間にまわり、家は全焼、喪主である旦那様がお帰りになったときには奥様とお子様が帰らぬ人となったのです。

葬儀屋として私ができることは最大限の礼を尽くして、お亡くなりになった方をお送りすることだけでした。

旦那様は痛々しいほど肩を落としておいででした。

弔問客の最後は女子大に通われていた奥様の後輩のグループでした。

皆、口々にお悔やみの言葉を述べ、旦那様を力づけようとしておいででした。

その日、私がいつものようにご記帳を確認していると、またしても最後にあの名前があることに気がついたのです。

「山田 一郎」

こんな偶然もあるものだと思いました。

同じ街で全く関わりがなさそうな二人の方なのに、一番最後に同じ方がご記帳しておいででした。

この時初めて私は「山田一郎」に興味を持ちました。

ある時、ふと、思えばやめておけばよかったのでしょうが、私はご記帳を見返してみようと思ったのです。

私が過去のご記帳を見返してみますと、幾つか、山田一郎の名を見つけることができました

一番古いものは、2年前の10月でした。

不思議なことに、それ以前には全く見えなかったのです。

はて、不思議な事があるものだと・・・。

しかし、私が本当に恐れおののいたのは、その葬儀の主、すなわちお亡くなりになった方の共通点に気がついたときでした。

交通事故、焼死、墜落死、感電死、殺人事件の被害者・・・・

その全てがいわゆる変死だったのです。

私は慌てて同僚にこれまでの山田一郎との関わりと、この発見のことを話しました。

すると、ある同僚が言いました。

「その人、警察官なんじゃない?」

なるほど!

そうです、それならわかります。

この「山田一郎さん」は非常に真面目な警察官で、取り扱った事件の被害者の葬儀に、律儀に顔を出しておいでだったのでしょう。

だから、変死の方ばかりの葬儀に名を連ねることとなったのです。

2年前の10月にこちらの地域を管轄する警察署においでになったのです。

これですべてが解決しました。

私が晴れ晴れしていると、受付に人が来た気配がしました。

春先に似合わない黒いスーツに、重苦しい黒いコートを着た紳士でした。

私は受付票への記載を求めました。

受付を済ませている間、私は別の同僚がふと言う言葉を耳にしました。

「でも、老婆の葬儀のときには、

 息子さんも奥さんも山田一郎に心当たりなかったのでしょう?

 それに、焼死した方のご葬儀のとき、

 最後に訪れたのは、女子大で一緒だった女性のグループだったんじゃなかった・・・?」

それを聞いた私がゾッとしてふと振り返ると、

 先程の男性はいらっしゃらなくなっていました。

  書かれた受付票には

「山田 一郎」

ご依頼内容には

「立花芳夫の葬儀について」

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