長編6
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罠と毒

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最近のニュース。

都内在住の高校生が爆薬を製造し、

さらに放射性物質「アメリシウム」を所持していた。

90年代のオウム事件では歪んだ原理主義集団として動機が与えられていたテロ行為だが、

今回の事件に関わった数名がいったい何を標榜していたかは未だ詳報が無い。

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古くは学生運動で若い運動家によって鉄パイプ爆弾が使用されたり、

あるいはコロンバイン高校銃乱射事件の犯人も日常から手製の火薬を試していた。

またはアメリカ合衆国も、そうしてかつての日本も。

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ごくあたりまえの事実だが、

火で遊ぶと碌なことに為らない。

またはアメリカ合衆国も、そうしてかつての日本も。

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いつだったか映画のワンシーンを気取って、

灰皿の上で紙切れを燃やしてみたことがある。

それが窓からの風で本棚へゆらりと飛んで、

あやうく火事になりかけた。

慌てて寝床の枕を押しつけ消したけれど、

種田山頭火がやや燃えた。

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昭和の本は燃えやすい。

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「武器を手にするとそれを使いたくなる」

これも映画のワンシーンで知った言葉だけれど、

実際に日本刀を手に持った時にそれを実感した。

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日本刀の所持は、

銃砲刀剣類登録証の交付によって許可される。

知り合いに日本刀を幾つも所持している人がいるので、

御自宅にお邪魔して、

試しに一振り、握らせて頂いたことがある。

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鋭く、木の葉のように薄い刀身を想像していたのだが、

実際にはやや包丁に近い厚みで(モノによるだろうけど)、

やはり鉄の塊だけあって重かった。

古の合戦の場に於いて、

日本刀は“斬る”というより“叩く”ものだったと聞いたことがある。

この重みで敵の頭蓋を叩き折るのかと思うと納得できた。

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剣道を少し習っていたので、

その場で、柄を握って中段に構えてみた。

不思議な高揚感に襲われた。

こんなことは、その場にいた人達には口が裂けても言えないが、

ややムラムラしたのは確かだ。

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……何でも良いから斬ってみたい!

確かに私はあの時、

本当に極々僅かではあったにせよ、

そんな衝動に駆られてしまった。

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世には妖刀の謂われの逸品が在るという。

そんなものは漫画や小説のフィクションかと思っていたけれど、

実際に刀を握ってみると、あながち嘘とは思えなくなってきた。

人を斬らせる刀はきっと、今も誰かに研がれているのだ。

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……酷い交通事故の場合、

死傷者は肉がまるでベーコンのようにめくれる。

黄色い皮下脂肪が露出し、筋繊維がびろびろと延びる。

内臓は意外なほどに鮮やかな色合い。

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意外なことに、

脳の多くが吹き飛ばされても、

下半身が丸ごとなくても、

しばらく意識がある事例さえある。

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同様に、

飛び降り自殺はたいへんな危険が伴う。

もし即死できたら幸いだが、

生き残るケースも非常に多い。

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どんな後遺症が残ろうと、

「殺してくれ」と願いながら、

周囲の人々は決して殺してはくれない。

自殺の失敗ほど怖ろしいものはない。

また、確実に安楽な自殺方法はかなり少ない。

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これも最近のニュース。

埼玉のスーパーで、

産まれたばかりの子をトイレへ置き去りにした女がいた。

子どもは死んだ、当然のように。

「あぁ、またか」くらいの感想だ。

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コインロッカーベイビーという言葉が流行ったのはもう20年ほども昔。

当時はまだ嬰児殺しが驚かれていたのだろう。

子殺しがごく当たり前に横行している事実は、

その頃はまだ、

あまり知られていなかったのかもしれない。

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「最近の若者は」と苦言を呈する人々がいる。

「え、嘘だろ?」と私は(内心で)言う。

昔の日本人のほうが明らかに野蛮だった。

暴力と女性差別はどう控えめに鑑みても前時代のほうが多い。

(あくまで比較的に)

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子殺しの記述は飢饉の頃に多い。

“間引き”だ。

我々日本人は遥か昔からごく当たり前に、

子供を殺して生存してきた。

(あくまで仕方なかったにしろ)

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それらの歴史を知らない人々が、

今さらみたいに「弱肉強食」を叫ぶ滑稽。

歴史がすっぽり抜け落ちている輩は傲慢に振る舞う。

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私には、ほんとうに死にたかった頃がある。

知らない人達は「それは生きたいの裏返しだ」と言うかもしれない。

何にも知らない人達は、まるで当たり前みたいに、

「生きたい」のが当たり前みたいにそう言う。

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“毒”を飲んだことがない人は、

それがどんなに怖ろしいものか知ることはできない。

逆に言い換えてみよう。

“桃”の甘さを理屈でどんなに説明したところで、

桃を食べたことのない人にその美味しさは解らない。

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“毒”を敢えて飲んでさえ語られる希望でなければ、

その言葉に縋ることは難しい。

今、死にたい人は、

ほんとうに今この場で消えたいのだ。

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さて、

興味本位で各地のスナックに通っていた時期がある。

ふたまわりもさんまわりも年上の方々が、

とても情緒的な節回しで演歌を唄っていた。

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客同士が口論などすると、

初心者の私は止めようとするのだが、

店のスタッフやマスターは決まって私のほうを制した。

様子を見ているとすべての場合に於いて最終的に、

客同士でより仲良く酒を再開する。

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ダチョウ倶楽部のコントみたいなもので、

普段できない喧嘩じみたことを仲良し同士でやりたいのだ。

それはなんだか美しいシーンだった。

不作法なのは私のほうだったのだ。

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けれど、私には面倒な気がして近頃は、

あまり飲み屋の暖簾は潜らない。

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……飲み屋に近寄らない理由はじつは、

もうひとつある。

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とある飲み屋のカウンター。

やや暗く落とした照明を歩き、

私は酔っていたので図々しく、

黒髪の綺麗な女性の隣に着いた。

話し掛けてみると、

彼女の目は血走っていた。

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「鳥のヒナが樹から落ちてるの見たことある?」

「……?」

「なんか毛も生えてないし気持ちわるくて、

キーキー鳴くからさぁ、

イライラして踏んで殺したけど、

あたしっておかしい?」

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「……鳥獣保護法ってのがあって、

この辺の一般的な野生ならカラスとかスズメだろうから、

そういう場合は手を触れないのが正解だね」

「あ、そうなんだ…へぇ」

どうでもよさそうに彼女は、スコッチを喉に撃った。

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私は動物が大好きだけれど、

彼女はまったくそうではないらしい。

気が合わない。

すぐに席を離れようと立つと、

彼女の腰のあたりから大量の血が落ちていた。

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どうして誰も気づかなかったんだろう?

地下への階段から店の扉、

そしてこのカウンターまで、

延々と血痕が続いている。

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彼女は音もなく倒れた。

すぐマスターと確認したが意識不明。

けれど心肺は浅く機能していた。

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救急車を呼んで誘導のために外へ走ると、

階段の途中に、

呼吸をしている何かがいた。

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手足はカエルのようにヒレがあり、

頭部はへこんでいた。

階段の隅にホコリまみれの球体があったが、

どうやら眼球のようだった。

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けれどそれは、

人間の赤ん坊のような形をしていた。

きっと人間の赤ん坊なのだろう。

腸の飛び出しているあたりから、

確かに、千切れたヘソの緒も確認できた。

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鼻と思われるひとつの穴から赤い泡を出して、

必死に呼吸している。

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救急車が来るまで赤ちゃんを抱いていた。

どうすればいいのかわからず、

鼻から吹き出す泡を、

ひたすらパーカーの袖で拭き取っていた。

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サイレン音が大きくなると同時にマスターは、

カウンターで頸動脈を切って失血性のショック死。

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……関係者として実況見分に立ち合ったけれど、

血だまりの中で理解できたのは、

店の軽食に添えていたナイフを自殺に使ったということくらい。

きっと私も、食事に用いたことのあるナイフで。

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理由はわからない。

もういちど言う。

理由はわからない。

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店は永遠に閉じられて、

黒髪の彼女とあの赤ちゃんがどうなったかも知らない。

警察の聴取にも協力したが、

経過は教えてくれなかった。

私はもう二度と、あんな酒は飲みたくない。

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黒い染みで干からびたパーカーは、

今も私の部屋にある。

すぐに警察に渡せば良かった。

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ゴミ捨て場に捨てて怪しまれるのも嫌なので、

今も、私の部屋にある。

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