子供のころの遊びの話七題

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子供のころの遊びの話七題

千葉県。

阪口さんは、自宅で友人たちとハンガーを手にしていた。

某テレビ番組などでも紹介され有名な

《針金でできたハンガーの内側に頭をはめ込むようにしてかぶると、自然と首の向きが変わる》

という遊びを試そう、という話になっていたのだ。

個人差があるらしく《本当に回る》とはしゃぐ者や《どう頑張っても回らない》という者がそれぞれ居たのだが、当の阪口さんが試しにハンガーをかぶると、周囲の全員が悲鳴をあげた。

理由を訊くと

《首がぐるりと三百六十度、一回転した》

という。

阪口さん自身には判らなかった。

皆が冗談を言っているのではないか、と思うほど痛みも何も感じない。

ただ一瞬、その時点には背後にいたはずの友人の顔が見えたような気がする。

そのあとで、阪口さんの首が回る限界の角度を確かめてみたものの、元来カラダの固い方だった阪口さんは人並み以下にしか回らなかった。

現在に至るまで健康状態は何ともないそうだが、再度確かめる勇気はないという。

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群馬県。

飯島さんは学校で友人に

《さっきのあれはどうやったんだ?》

と訊かれる。

内容はこうだ。

休み時間に運動場で影踏み鬼をしようということになったのだが、なぜか飯島さんだけ影がない。

天気は晴天。当然ながら他の全員は黒々とした影が足下から伸びており、同じ場所に立っているはずなのに飯島さんの影だけが忽然とないのだ。

《おかしい。変だ、変だ》

と飯島さん自身が一番うろたえている。

友人は皆、首をかしげたが、飯島さんの

《しかたない。おれ、ここで見てるよ》

という言葉に、釈然としないまま他の者たちだけで遊んだ。

飯島さんは日影に座り、休み時間のあいだずっと友人たちを見学していたという。

あれはなんだったのか、と問いただす友人に、答える術はなかった。

飯島さんは、そもそも遊びに参加していない。

その日は運動場に出ず、一人で別の用事をこなしていたからだ。

飯島さんには妹がいるのみで、同学校に通う男兄弟はおらず、似た容姿の生徒も知る限りではいない。

そして飯島さんの姿で遊びに参加しようとした何者かは、この一度きりしか現れなかった。

現在も続く友人たちと会えばこの話題が出るが、お互いにウソを言っていると譲らないそうだ。

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神奈川県。

小林さんの自宅近所には駄菓子屋とゲームセンターを兼ねたような店舗があり、友人同士で小遣いに余裕があるときはその場所で遊ぶのが常であった。

ほぼ入れ替えのされない、使いふるされた筐体が数台稼働しているだけの規模ではあるものの、大型のゲームセンターに入場することを禁じられていた小中学生にとっては楽園である。

いつも大盛況で、人気のあるタイトルの筐体はすぐに順番待ちが出来てしまう。

ところが小林さんは、その中ではめっぽう支持の薄いタイトルのものが好みであった。

なぜかその筐体だけは店舗の隅へ追いやられており、ギャラリーが増えにくいことも手伝い、ほぼ独占状態であったという。

その日ものんびりとゲームに興じていたのだが、妙なことに気がつく。

ゲームが進まない。

いくつかのステージを段階的に進行させていくタイプのものであり、最終ステージのクリアで強制的に終了となるはずなのだが。

ある地点から、同じ場面、演出、敵の出現が無限に繰り返され、ループしてしまうのだ。

不具合のようだが、小林さんはむしろ高得点を稼ぐチャンスだと考えた。

しばらく店の人間に報告することなく遊戯を続け、得点のカウントが最大に到達しストップした。

これでわざとゲームを終了させれば、もはや誰にも塗り替えようのない得点の記録が残るだろう。

喜んだものの、何度ミスをしてもクレジットは減らずゲームを継続させられてしまう。

もはや意味をなさない挙動を延々と続ける画面を眺めながら、さてどうしたものかと悩んでいると。

画面のあちこちが明滅を始め、背景が黒一色に変わると文字化けや数式が羅列された。

クラッシュしたか、と思いきや、すぐに画面は正常に戻った。

ただし映し出されていたのは、元のゲーム画面ではない。

ほぼモノクロに近い、不鮮明な実写の映像。

BGMだけは、元のゲームのままのものが流れ続けていた。

何やら、薄暗い地下室のような場所であった。

カメラを床に置いたような、極端に低い位置から撮影されていると思われる。

定点撮影らしく空間の全体像は不明だが、確認できるかぎりで床も壁も、すべて赤黒い液体のようなもので汚れており、その中で

《蛇のように這っている男》

がいた。

床にうつぶせで顔は見えないが、全裸の男はくねくねとなめらかに蠕動しながら床を這いつくばっている。身体中が赤黒い謎の液体で汚れ、男が這い進んだと思われるあとにでたらめな筋が残されていた。

男はさらに部屋を縦横無尽に往復したのち、やがて尋常ではない速さで明らかにこちらへ向かってきた。

恐ろしくなり、席を離れ友人を呼ぶ。画面を見せたのだが。

一瞬だけ目を離した隙に、筐体を放置しておくと流れるデモ画面に代わってしまっていた。

異常な高得点の記録もなくなっていたという。

結局、店の人間には報告しないまま、それ以来小林さんの足が遠のいてしまった。友人によれば、相変わらずひっそりと稼働していたとのこと。

二十年以上前の話であり、現在はその店舗自体が存在しない。

そしてゲーム自体やはり人気がなかったのか、インターネット等で調べてもさほど情報がない。制作会社も倒産しているらしく、没データの開示あるいは同様のバグ症状が報告されていないか、なども調べようがない。

ちなみにそのタイトル、現役で稼働している筐体を東京都内西側某所に一ヶ所だけ確認できている。

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神奈川県。

杉屋さんには四才になる息子さんがいるのだが、妙な遊びをする。

一人で玄関の方へおもむき

《おかえりなさい》

と挨拶をするというもの。

家人が帰宅したときではなく、誰も来ていなくてもそのようにする。

単に大人の所作のまねをしているといえばそれまでだが、飽きることなくいつまでも玄関口にいて、二、三度《おかえりなさい》を繰り返すこともあるという。

やめさせる理由もないので放っておいたのだが、あるとき《きょうはだれがきたの?》と訊いてみると、息子さんは

《いつもの、ゾンビのおじさん》

と答えた。

杉屋さんの夫がB級ホラー映画好きで、やめろと言っても一緒に観せるのだという。そこから入った知識だろう。

ゾンビのおじさんは玄関からやってくる。扉を開ける必要はなく、すりぬけて入ってくるそうだ。

一人のときもあれば数人のときもあり、テレビの周りや浴室などをウロウロしたあと

《壁のなかへ消えていく》

とのこと。

真夜中にやってきて、寝ている杉屋さんの顔を覗き込んでいたこともあった、という。

少し不気味に思い、近所のお寺からもらったお札を玄関に貼ってみたが、なんの意味もないのかゾンビのおじさんは毎日のように訪れ、息子さんが出迎えている。

子供の想像力からなる単なる遊びだとは思うが、と付け加えた上で引っ越しを検討中だそうだ。

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神奈川県。

宮元さんは五才の誕生日に、電話機の形をしたおもちゃを買ってもらった。

子機より一回り大きい程度のサイズで、本物と同じようにボタンもついている。

三桁の番号、通話ボタンと順番に押すと内蔵されたスピーカーから《おともだち》の声が流れ、会話のまねごとができるというものであった。

あるとき宮元さんは母親が家事をしているあいだ、ひとりで電話ごっこをしていた。

今から考えれば通話相手は単にランダムで選ばれていたのか、でたらめにボタンを押しても必ず誰かには繋がる仕組みだった。

《遠い外国のジョン君》や《年上のユカリさん》などバリエーションに富んでおり飽きなかったのだが、何度目かで

《たすけにきて》

と出し抜けに言う女の子が電話に出た。

声のようすから、自分と同年齢くらいのようである。

宮元さんが名前を訊くと、それには答えないかわりに

《ずっとひとりでいる。とても恐い》

と言う。

心配になった宮元さんは女の子のいる場所を訊いた。

《あなたのおうちより上》

と答えた。

宮元さんの自宅はマンションの三階である。女の子はさらに上階に住んでいるらしい。

《はやくきて》

言われた通り宮元さんはひとりで電話のおもちゃを手にマンションの廊下に出て、上階を目指した。

《はやく》

と電話口の向こうで急かす女の子。

本来、繋がった《おともだち》は一方的に二、三言の会話をしたのち通話は終わってしまう。

しかし、この女の子はまるで本物の電話で会話をしているように、宮元さんの言葉に応じていた。

《何階にいるの》

と宮元さんが訊くと

《もっと上。もっと上》

と繰り返す。

四階。

《もっと上》

五階。

《もっと上》

六階、七階、八階……とうとう最上階の十階にたどり着き、どの部屋なのかを訊くと

《外にいる》

と言う。

《ここが外だよ》

と言うと

《もっと外》

と答えた。

マンションの外壁のところにいるのだ、とそう判断した宮元さんだが、宮元さんの背丈は廊下の塀より低かったため

《みえない》

と伝えた。

《そこにある木を動かして、のぼれる》

どこかの住人の家の前にあった鉢植えを移動させよじのぼり、塀をこえろということらしい。

宮元さんがやっとの思いでその通りにすると、大人でもめまいがするような高所の景色が見える。

しかし、当然ながら女の子のすがたは見えない。

《もっと外》

女の子はうれしそうに笑っていた。

《もっと。もっと。もっと外》

さらに宮元さんが身を乗り出そうとすると

《何をしてるの》

と階の住人に声をかけられた。

鉢植えを動かす音が聞こえ、様子を見に来たのだ。

女の子からの電話は切れていた。

その住人に保護され事なきを得たのだが、事情を聞いた母親におもちゃは取り上げられてしまったという。

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福島県。

出口さんは公園で友人たちと、靴投げの飛距離を競いあっていた。

靴がすぐ脱げるように中途半端に履いた形で、ブランコをこぐ。

勢いをつけ、なるべく遠くへ飛ばすのだ。

出口さんが張り切って足を蹴りあげると。

なにもないはずの空中で

《なにか》

にぶつかったように、不自然に靴が落下した。

全員が目撃しており、その異様さにざわめく。

靴がぶつかったあたりに小石をなげてみる。

確かに、不自然にはねかえり落下した。

なにも目には見えないが、その空間には《なにか》が存在しているらしい。

大きさはサッカーボールくらい。硬質な感じで、声や音を発したり、移動したりはしない。

皆この現象に大はしゃぎ。

持っていたエアガンで撃つ、木の枝でつつく、物を投げるなどしたが、その中の一人が捨ててあったジュースの缶を投げた。

中身が残っていたらしく、飛び散る液体が《なにか》の輪郭を縁取り、形が明らかになった。

石膏像のように表情のない、男の顔だった。

首から上の顔だけが空中にぽつんと浮いており、出口さんたちをじっと見下ろしている。

液体が流れ落ちてしまうと、再び見えなくなった。

全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ、大騒ぎになってしまった。

翌日の教室はこの話題で持ちきり。

倍ほどの頭数を引き連れ《妖怪退治》に赴いたが、この現象は起きなかったそうだ。

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東京都。

景山さんの祖父が語ってくれたという話。

祖父が小学校に入学したばかりのころ、イジメの対象にされた時期があったという。

味方は一人もおらず多勢に無勢、帰り道に追いかけ回されよってたかって殴られたあと、原っぱに一人で残され泣きじゃくっていた。

黄昏が迫るころ、彼のところへ

《紙芝居のおじさん》

が現れた。

いつも子供たちの遊び場へ来ては、紙芝居を披露してくれる見知った顔であった。

ただし偏屈で有名でもあり、お菓子を買わない子供を邪険にしたり、紙芝居の途中で大きな声で騒ぐ子供を怒鳴り付けたりする、仲間内では嫌われ者の紙芝居屋であった。

泣き顔を見られるのが恥ずかしくなり、なんでもない風を装う祖父に、おじさんは

《いつもは絶対こんなモンやらんけど》

と言いつつ何かを差し出した。

《ひどく汚い、押し花》

のように見えたという。薄く小さな焦げ茶色の紙片。

《こうするんだ》

おじさんが紙片を手のひらに乗せ、吹き飛ばしてしまわないくらいの加減で息を吹きかけた。

すると紙片がむくむくと膨れ上がり、あっという間に生きたトカゲに変身。おじさんの手のなかを歩き回った。

《やめるときは、こう》

おじさんが両手でトカゲを包み込むようにして

《ぱん》

と叩くと、それは元の紙片に戻っていた。

お前にやる、と渡された。

カネを要求されるのではないか、と怯えたが

《タダ。タダ》

とおじさんは笑った。

帰宅したあとも、息を吹きかけると何度でも動き出し叩けば紙片に戻る、不思議なトカゲを夢中で眺めていたという。

翌日、平気な顔で学校へ登校。

昨日と同じ顔ぶれ連中のからかいが始まろうとするとき

《これを見ろ》

と例のトカゲを自慢した。

全員がその光景にひっくり返る。

我も我もと群がり、息を吹きかけたが、祖父以外が同じ手順を踏んでも紙片に命を吹き込むことは出来なかった。

魔術師として一目置かれた祖父は、その日のうちにグループの仲間入りを果たす。

不思議と、誰もその場にいた数人の仲間以外にこのことを口外しなかった。

紙芝居のおじさんはその後も何度か見かけたが、相変わらず仏頂面で子供を怒鳴り付けていたという。

礼を言わねばとも思ったが近寄りがたく、時期を逸したまま祖父自身も成長し、時代の変遷により紙芝居そのものが廃れていく中でおじさんを見かける頻度が減っていく。

やがてぱたりと来なくなってしまった時期を同じくして、例のトカゲを紛失してしまった。

それから数十年。

《この家のどこかにはあるから捜せ。見つけたら、お前にやる》

景山さんは、祖父にそう言われた。

亡くなる一ヶ月ほど前のことである。

存命の祖母は大笑いで

《はじめて聞いた。そんなものウソに決まってる》

と一蹴。

家じゅうを捜してはみたが、それらしきものを見つけることは出来なかったとのことだ。

Concrete
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