中編4
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魂の行き場所

「すまんなあ、、、ヒロシ

こんなことに、お前を付き合わせて、、、」

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篠原は相変わらず天井を向いたまま、呟いている。

その横顔は、肌が紫色に変色しており、ごま塩をふりかけているかのように、無秩序に無精髭が生えていた。

元気な頃とは別人のように痩せ細り、頬がこけている。

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隣で寝ている私は、少し顔を篠原の方に傾け、

「そんなこと、気にするなって」と、

声をかけた。

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安アパートのトタン屋根を、ボトボトと雨粒が跳ね返る音がせわしなく聞こえてくる。

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どうやら、雨が降りだしてきたようだ。

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大学時代の親友である篠原から突然の電話が入ったのは、三日前のことだった。

市内の総合病院の病棟の一室に駆けつけたとき、

ベッドで横になっている彼の姿には学生の頃の面影は全く無かった。

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末期の癌ということだった。

医師の言うには、余命はせいぜい後一週間ほど。

幼いときに事故で両親を失い、兄弟もいない独身の彼には、いわゆる身内という存在がなく、そういうことで、私に電話をしてきたようだ。

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最後は自分の部屋の畳の上で迎えたいという、希望を叶えるべく、私は篠原を車に乗せて、彼の住むアパートの一室に向かった。

六畳ほどの畳部屋に布団を敷き、骨と皮だけになり恐ろしく軽くなった篠原を、静かにそっと横たえる。

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「なあ、、、ヒロシ。

お前には、本当に世話になってしまったな。

この際だから、お前にお願いがあるんだが、、、」

床の中から篠原が、黄色く濁った目で私に呟く。

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「何だ?私に出来ることだったら、何でも言ってくれ」

私はそう言って、枕元にあぐらをかいた。

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「多分俺は、数日でこの世から消え失せるだろう だから、お前、、、その時が来るまで俺の横に居てくれないか」

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「わかった」

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一ヶ月くらい前に会社を止め、失業中だったから、躊躇せず、承諾した。

私は篠原の横に並べて布団を敷き、横になった。

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時刻は既に、夕刻になっている。

トタン屋根に雨粒が弾かれる音は、ますます勢いを増してきており、うるさいくらいになっていた。

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篠原は、たてつけの悪そうな窓の方を見ながら、また、しゃべり始めた。

「ヒロシ、、、俺は今年の二月で、ちょうど四十になるのだが、この歳になっても、未だに恐ろしいものがあるんだ」

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「ほう、、、それは、一体何だ?」

私は篠原の顔を見ながら、呟いた。

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「『死』だよ、、、

俺は物心つく頃から、『死』というものが、恐ろしくてたまらなかった。

死ぬときの苦しみ、死ぬ瞬間、そして何より、死んだ後にどうなるのか?

その全てが、恐ろしいんだ」

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「難しいことは分からないが、死んでしまうと、脳も活動をストップするのだから、いわゆる意識のない状態が永遠に続くのでは?」

私は無い知識を振り絞り、答えた。

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「永遠に、か、、、

ということは、この『俺』という存在は、本当にこの世から消えてなくなってしまう、ということなんだな」

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「まあ、そういうことになるのだが、少なくとも、私の心の中には、ずっと残っていく、と思うよ」

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「いやだ!そんなことは、絶対いやだ!」

突然、篠原は語気を強めたので、私はビックリした。

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「俺は、俺はなあ、ヒロシ、、、三十九年間振り返って、良いことなど一つも、一つも無かった」

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「母親からしっかりと抱きしめられたことも、

遊園地のメリーゴーランドに乗ったことも、

誕生日のお祝いやクリスマスのプレゼントをもらったことも、

好きな女性と手を繋いで歩いたり、一緒に食事をしたりしたことも、

何一つ無かった。

そんなまま永遠の眠りにつくなんて、、、

こんな理不尽で不公平なことがあるか!

俺は絶対にいやだ!」

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私は何も答えられなかった。

というのは、死んだ後のことなどは、誰にも分からないことだから。

そこで私は尋ねた。

「じゃあお前は、どう考えているんだ」

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篠原は再び天井の一点を見つめてから、ゆっくり語りだした。

「俺は、たとえ肉体が滅んだとしても、魂は永遠に残っていく、と思っている

そして、現在まだ生きている者たちと、直接は交流出来ないとしても、何か別の方法で出来る、と思っている」

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「別の方法?」

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「そうだ。

例えば、ベルを鳴らしたり、机を叩いたり、虫の調べを使ったり、また別の者の口を借りたり、いろいろな形で」

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「なるほど、確かにそうかもしれんな」

本当は全く理解を超えた考えだったが、私は敢えて、彼のために共感した。

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明け方には、トタン屋根の雨音は聞こえなくなっていた。

ふと横を見ると、篠原は、ポッカリと口を開いたまま、瞳を閉じている。

私はそっと、額に手を当てる。

暖かいものが右の頬をつたい、上唇を濡らした。

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安らかな死に顔だった。

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私はまず病院に電話をし、それから警察に、そして最後に、市役所に電話をした。

担架に乗せられて運ばれていく篠原を見送ると、私は家に帰ることにした。

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それから、一週間が過ぎた。

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それは、土曜日の夕刻のこと。

相変わらず無職の私はスエット姿で、近所にある小さな公園のベンチに座っていた。

夕暮れ特有の柔らかい朱が、公園の隅々を染め、今日という日の終わりを告げよう、としている。

数人の子供たちが、思い思いに遊具や砂場で遊んでいる。

私はその一人一人を目を細目ながら、何となく眺めていた。

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私は、静かに目を閉じた。

すると、

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「おい、ヒロシ、、ヒロシ、、」

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いきなり名前を呼ばれたので、私は驚いて、目を開いた。

見ると、目の前に、真っ赤なトレーナーに半ズボンの、四歳くらいの男の子が、顔の半分を朱色にして満面の笑みを浮かべながら、立っている。

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それから男の子は一回ピョンと跳ねると、ダッシュで走り去っていった。

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私はなぜだか目頭が熱くなり、また瞳を閉じた。

Concrete
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小夜子 様
コメント、怖いポチ、ありがとうございます
多少なりとも、私の作品に心を動かしていただいたということ。
とても嬉しく感じております。
今回のテーマはあまりにも大きすぎて、どうなることか、と、思っていたのですが、何とか納めることができました。ほっとしている次第です。

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