短編2
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年の瀬の話三題

長野県。

真弓さんが大掃除をしていた。

クローゼットの服を整頓中、腕になにかが触れた。

端のほうに掛けてあった服。

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その右腕部分だけが膨らんでおり、袖口から白い手が伸びていた。

奇妙に細長い指をした手は、真弓さんの腕をしっかりと掴んでいた。

真弓さんは絶叫し自室から逃げ、友人の家で年を越しながらさっさと転居の手続きをしてしまった。

もともと大した荷物もなく、家具や家電が備え付けの物件だったのでスムーズに済んだのだが、後に送付されてきた補修費用請求の一覧には

《クローゼット:残置物処理 衣類○○点》

のほかに

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《クローゼット:扉内側 ひっかき傷》

と記載されていた。

異議申し立てがある場合は撮影した写真を見せてくれるとのことだったが、真弓さんはそれをせず、ただでさえ物入りな年末年始に安くはない補修費を大人しく支払った。

幽霊物件のうわさもなければ、服も某大型チェーン店で購入した新品のものだったというのだが。

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新潟県。

頼子さんが、買い出しの人々でごった返す近所のスーパーで買い物を終え駐車場へ出たところ。

異様な速度で曲がってきた一台の車がおり、あわや轢かれる寸前であった。

ナンバーなどは記憶できず、車種に詳しくない頼子さん曰く

《真っ黒で、古い映画にでてくるような車》

だったらしい。

転倒した頼子さんには、一瞬だけ車内のようすが見えた。

後部座席に五、六才の男の子が乗っており、声は聞こえなかったが泣き叫びながら窓を叩いていた。

そして運転席では

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《骨がないかのように、首をぐにゃりぐにゃりと前後左右に揺らしながら笑っている男》

がハンドルを握っていた。

車はそのまま、駐車場から走り去った。

近所で誘拐事件などは聞いていない。

何かの見間違いだといいが、と考えている。

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茨城県。

慎二さんは日付が変わると、自宅からごく近い小さな神社へ初詣に行く。

住宅街の奥まった先にあり、参拝客は慎二さん以外には居ない。

多くはない照明に照らされながら歩いていくと、何かの影がくるくると踊っているのを見つけた。

本人も説明に困っていたが

《細い針金で、ヒトの形をつくったようなもの》

だったという。

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頭が輪、手足はいびつに歪んだ直線。

生物とも人工物ともつかぬそれは慎二さんの身長と同じ程度の大きさ。片足だけで跳ねたり、その場で回転したりと自由自在に動いていた。

そして、動くたびにキィキィという錆びた金属が軋むような音を発している。

近づかないほうがよいと判断した慎二さんは、慌てて逃げたのだが。

帰宅してからしばらくして、そのキィキィという金属音が窓の外から聞こえてきた。

そっと灯りを消し息を潜めていたが、家のまわりを周回しているような金属音は朝まで続いたという。

Concrete
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初詣は、夜が明けてからは人の時間、
夜が明ける前は人ではない者たち(神やら妖やら)の参拝時間、
と何かで読んだ覚えがあります。

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