長編13
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痣(あざ)

「痛っ…」

浴室で身体を洗っていたヒトミは、ふと手を止めた。

ボディソープの泡でまみれた身体をシャワーで流し、痛みの元を探す。

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「え…?これって、痣?」

みると、二の腕の内側、脇の下から腕にかけて僅か上方に、直径で1cm程の紫斑を見付けた。

「いつぶつけたんだろう?」

ここ数日の記憶を辿るが、痣になる程強く何処かにぶつけた記憶はなかったし、元より、誰かにぶたれたり腕を掴まれた訳でもなく、「ま、すぐ消えるだろう!」と、生活する上で特に支障の出る位置の痣ではない事と、痣自体それほど大きく目立つものでもなく、服を着てしまえば見える訳ではなかった為、ヒトミはそこで考える事をやめた。

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*****

その夜、ヒトミは夢を見ていた。

誰かに叩かれている夢。

(もう…やめて!)両腕で自分の顔と頭を庇うが、その腕を掴まれ、顔から引き剥がされると大きな拳が左の頬にめり込む。

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勢いが付いて、そのまま横向きで倒れた所を脇腹を蹴り上げられた。

身体を丸めるともう一度脇腹から足で転がる様に蹴り上げられ、仰向けになったところで下腹部を思い切り踏まれた。

苦しさから呻くと、髪の毛を鷲掴みにされ、更に拳が顔の真ん中に打ち込まれた。

鼻が頬にめり込み、嫌な音を立てる。

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息が出来なくなる程鼻から血が流れるが、それすら拭く間も与えられず、頭をガッシリと片手で掴まれ、フローリングの床に後頭部を何度も叩き付けられる。

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苦しい…!!

金魚の様に口をパクパクやり、息を吸い込もうとするが、鼻から流れ込んだ血が喉の奥から気管に流れ込み、空気を吸う事も出来ない。

肺が潰れる様な苦しさからもがくと、右目に拳がめり込み、破裂音と共に薄っすら見えた右目の視界が消えた。

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*****

悲鳴とも叫びとも付かない声で目が覚めたヒトミは、ベッドの上で肩を震わせ激しい呼吸を繰り返す。

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「なんて夢…。」

まるで現実の出来事だった様に、頭も身体のあちらこちらも痛み、涙が溢れて来る。

枕元のティッシュを一枚取り出すと、そっと涙を拭い、鼻を噛んだ。

そのままベッド下のゴミ箱に捨てる瞬間、ヒトミの手から落ちて行くティッシュが見えた。

部屋を僅かに照らすLEDのナツメ球に映るそれは、黒ずんでいた…。

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ハッとして、慌てて部屋の電気を点けるとゴミ箱の一番上にある血に塗れたティッシュを見て、慌てて洗面所に走り、鏡で自分の姿を確認する様に見る。

そこには、鼻から血を流した自分の姿が映し出されていた。

痛みこそないものの、何が原因での鼻血なのか、見当もつかなかった。

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ヒトミは鼻血を綺麗に洗い流し、ティッシュを細く丸めて鼻に押し込むと、冴えてしまった頭をスッキリさせる為にコーヒーを淹れ、椅子に腰掛ける。

あまりにもリアルな夢。

心なしか、右目の視界がボンヤリと霞んでいる。

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眠る前にホラー小説を読んだから?

何とも言えない違和感を感じつつも、考えたところで明確な答えなど出る筈もないので、ヒトミは自分に言い聞かせる。

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「変な夢を見ただけ!」

ある意味、とてもポジティブなヒトミは、常に前向きに生きている。

物事を悪い方へ考えてしまうと、悪い方へ流されて行ってしまう事も多々ある。

それなら、悪い方へと考えるのをやめ、良い方向へ流れを持って行きたい。

ヒトミは、もう…失敗は繰り返したくなかった…。

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深夜3時。

起きるには未だ早く、このまま二度寝をしたら起きる自信がない。

ヒトミは眠る事を諦め、夜寝る前に入ったが、もう一度シャワーを浴びる事にした。

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43度。少し熱めのお湯をシャワーフックに掛けたまま、頭から浴びる。

頭に、顔に、肩に、身体に。

お湯は悪夢を洗い流す様に肌に当たっては幾筋もの流れを作り、足元へ流れ落ちて行く。

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シャワーノズルを手に、身体に満遍なくお湯をかけていると、鈍い痛みを感じた。

ふと、痛みの先に視線をやると…

そこには、いつ付いたのか分からない大きく紫色をした痣が広がっている。

脇腹から腰へ掛けて、まるで蹴り上げられた様にクッキリと。

下腹部はまるで踵でふみつけられた様に。

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昨夜、入浴した時には、確かにこんな痣はなかった。

慌てて一番最初に見付けた腕の内側の痣を確認すると、誰かに腕を鷲掴みされたかの様に、指の形の痣になっていた。

しかも、とても大きな手だ。

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流石にヒトミは怖くなってしまった。

説明の出来ない痣。

一人暮らしのヒトミが自身で付けたと言うには無理のある大きさ、形の痣である。

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ヒトミは浴室から出ると、急いでバスタオルで身体を拭き、部屋着に着替えると、家中の電気を煌々と点けて回った。

玄関も、トイレも、浴室もそのまま消さず、キッチン、ダイニング、それから寝室も。

そして、いつでも110番が出来るよう携帯を片手にクローゼットを開けて中を確認する。

トイレのドアを細めに開けて、誰も居ない事を目視する。

よく聞く都市伝説で、ベッド下の男の話しがあるが、生憎、ヒトミのベッドはローベッドなので、下には人が入り込める隙間がない。

だが、それでもベッド下も覗き込んで確認する。

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やはり、誰も居ない。

築年数の少ない、比較的に新築に近い賃貸なので、天井裏になんて、どうやっても人が入り込む事も出来ないし、万が一天井裏に潜り込む事が出来るとしたら、天井自体を破壊しないと無理だろう。

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女の一人暮らしで、誰かが入り込んでいるのを見付けてしまったら、それはそれで恐怖以外ないが、それなら何故、ヒトミがこんなに痣だらけになるのだろう?

誰かが寝ているヒトミに付けたとしか言えない痣である。

まぁ、しかし、こんな痣が出来る様な事をされたら、いくらヒトミでも目が覚めるとは思うけれど…。

訳のわからない侭、いつの間にか朝になっていた。

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昨日、仕事帰りにパン屋で買ったクロワッサンをオーブントースターで軽く焼き、カップスープと、昨日の残りのポテトサラダを千切ったレタスの上に乗せ、ゆっくりと朝食を摂った。

そして、いつもより早目に家を出た。

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普段乗っている時間の二本前の電車。

珍しく座る事が出来た。

下り電車ではこの駅が分岐点になり、それぞれ分かれて違う方面に行く。

だから、朝は混み、帰りはこの駅の後から空く。

電車で座るなんて、何か用事で有給を取った時、平日の昼間でなければ先ず有り得ない事だった。

(座って行けるなら、いつもこのくらいの時間に家を出ようかしら。)ヒトミは、スマートフォンをバックから出すと、ゲームアプリを起動させる。

単調なパズルゲーム。

指をスライドさせながら、いつしか眠りに落ちていた。

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*****

(………)

ヒトミは呼吸すら侭ならない身体で、潰れた鼻から喉に流れ込む血を噎せる事も出来ずに横たわっていた。

拳が右目にめり込んで来た時に、眼球だけではなく脳にも損傷を受けたのか、左手も左足も動かす事が出来ない。

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短髪の男はヨロヨロとした足取りで、焼酎の瓶を手にして戻ると、上からヒトミを覗き込み笑う。

そして、腕に、お腹に、足に…

火の付いたままの煙草を押し付ける。

熱いのに、それを避ける事も叫ぶ事も出来ない。

ー絶望ー

ヒトミは、救いのない状況に打ちひしがれる。

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(誰か…

誰か……

誰か………

たすけて…)

開かない口で、出せない声で、動かない身体と顔で、必死に訴えていた。

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その時、誰かが玄関ドアを開けて入って来る。

(たすけて…

たすけて……)

ヒトミは右手を僅かにピクリと動かし、指先だけで姿の見えない誰かに救いを求めた。

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部屋に入って来たのは女。

酒を飲んでいるのか、千鳥足で側に来ると、男と同じ様にヒトミの顔を上から覗き込む。

長い付け睫毛が目尻の方から取れかかっている、茶髪のクルクルカールの派手な女。

ヒトミに一瞥をくれると男に向かい、何かを言っている。

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…(病院

…(バレる

…(始末

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断片的に聞こえる会話は、ヒトミから一縷の望みも奪い去るものだった。

(たすけて…

おかあさん…)

ヒトミは女に向かって、声なき声で助けを求める。

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だが女はスックと立ち上がり、ソファーに行くと座り、着ていた赤いワンピースを脱ぎ捨て、ストッキングを放り投げると、ダランと横になってしまう。

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男はニヤニヤしながらヒトミの傍から離れると、女の寝転がるソファーにフラフラとした足取りで向かう。

女の露わになった腿に手を置く。

女は顔をしかめて男の手を払い除け、ヒトミの方へ視線を投げつつヒステリックにキンキンと高い声で男に何かを言い放つ。

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男は少し項垂れるが、そのままゆっくりとヒトミに視線をズラし、焦点の合わない瞳で睨み付ける。

ヒトミの身体の横まで来ると黙ったままヒトミを見下ろし…

ゴツゴツとした節の太い指をヒトミの首に当てる。

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動けないヒトミの首を絞め上げるなんて、赤子の手をひねるよりも簡単だった。

それでも両足をバタつかせ、小さな手で男の手を離そうと、夢中で指を掴む。

やがて…

ヒトミは息絶えた。

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ヒトミの小さな身体は、半透明のビニール袋に押し込められる。

両手で膝を抱える様にしゃがまされ、何重にもビニールを被せられる。

そして、キッチンの流しの横に無造作に置かれる。

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女は男に手招きをし、自ら体を開く。

(おかあさん…)

ヒトミは喋る事の出来ないくちびるで呟き、閉じる事のない瞼を震わせ涙を流した。

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あれから何日経ったのだろう…。

女は又男に向かって何かを喚き、沢山の除菌消臭剤をビニール袋越しにヒトミに吹きかける。

そして、ヒトミの身体の周りを囲む様にテレビのCMで見た事のある消臭剤を置く。

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その時に少し袋をズラしたら、ヒトミの体から流れた液体がキッチンの床にシミを作っているのを見付け、女はトイレに走るとゲーゲーと吐いて、涙目になりながらも男に何かを頼む。

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男は口につまみのサキイカを咥えながら女に何かを言う。

女は黒い大きめのスポーツバッグを持って来ると、それを男に手渡した。

男はそのバッグのファスナーを開けると、ビニールごとヒトミの身体を持ち上げた。

だが、ビニールの底にはヒトミから流れ出た体液が溜まり、ビニールを通してそれはじんわりと床の色を染めている。

男はその臭いにその場で嘔吐く。

それを遠巻きに見ていた女も口を手で覆うと又トイレに走った。

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男が女を怒鳴り付け、女は涙目になりながらも片手で口を押さえたまま、マスクと新たにビニール袋を持って来た。

男はマスクを嵌めると引っ手繰るように女からビニール袋を奪い取り、ヒトミの入ったビニール袋を持ち上げ、浴室に向かう。

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ヒトミの身体は久しぶりに明かりの元に晒される。尤も、浴室の明かりの下だが…。

ヒトミの身体は雑に解体された。

腐った肉は削ぎ落とされ、骨は関節からではなく、力任せにぶった切られ、それを幾つのもゴミ袋に分けて入れられる。

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切り終わった身体は黒いスポーツバッグに詰められ、入り切らなかった物は古いキャリーバッグに。

駐車場に止めてある車のトランクの中に押し込められた。

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男が酔いの覚めた頃。

女が夜の仕事から帰り着くと、揃って車に乗り込み、車は走り出す。

暫く行くと、トランクの中の、バッグに詰め込まれたヒトミにも潮の香りが感じられる。

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一度だけ…

未だ、この男が、女とヒトミの暮らす部屋に転がり込んで間もない頃…

海水浴に行った事が有った…。

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男とヒトミは一緒に砂の山を作り、トンネルを貫通させると、共に歓声を上げた。

女はそんなヒトミ達に優しく微笑むと、売店で買って来たイチゴシロップのかかったかき氷をヒトミと男の2人に手渡してくれた。

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帰る頃になると潮が満ちて来て…

帰りしな、女に手を引かれたヒトミが振り返ると、砂の山は波にさらわれ、殆ど原型を留めていなかった。

やがて、ヒトミは、冬の冷たい海の、テトラポットの隙間に押し込められる様に捨てられた。

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悔しかった…。

悲しかった…。

愛して欲しかった…。

優しくして欲しかった…。

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そんなある日。

仲間が来た。

未だ若い男。

ヒトミの身体のすぐ近くに漂う男は、辺りの海水を赤く染めていた。

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男からは…

ヒトミに手をかけた短髪の男と似た臭いがしたが…

ヒトミは淋しかった…

1人でいたくなかった…

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いつしか…

ヒトミと若い男の思念は溶け合い、一つの塊となって行った。

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******

ふと気付くと、ヒトミは海に来ていた。

通勤の電車に乗っていた筈なのに、いつの間にか此処に来ていた。

防波堤の向こうには波消しの為の大きなテトラポットが沢山並んでいる。

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ーー隙間に落ちたら死んでしまう。

子供の頃に家族で海に来た時に、小さな蟹を追い掛けるヒトミの身体を慌てて抱き締めると父が安堵の溜息を吐きながら言っていた言葉を思い出していた、

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父は優しかった…。

だが、お酒を飲むと母を叩く。

庇ったヒトミを叩く。

お酒を飲むと変わってしまう人だった。

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だからこそヒトミは、優しい男性を求めた。

家を出て、一人暮らしを始めると、そんなヒトミの元に一人の男が転がり込んで来た。

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優しい目をした彼を、ヒトミは愛した。

倹約家のヒトミが貯めたお金がどんどん減って行っても…

男に働く意欲が無くても…

ヒトミにだけ、優しく微笑んでいてくれるなら…

どんなに殴られても蹴られても…

ヒトミを思っていてくれさえするなら、それも、不器用な男の歪んだ愛情だと信じる事が出来たから…。

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ヒトミをわかってくれるのは男しかいない。

そしてまた、男を理解出来るのもヒトミだけしかいない。

そう信じていた。

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ある日の事。

ヒトミが仕事から帰宅すると…

男が居なくなっていた。

男の僅かばかりの着替えも、ヒトミが買ってあげた腕時計も、箪笥にしまってあったヒトミの通帳と印鑑と共に失くなっていた。

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慌ててヒトミは男の携帯へ電話をするが、電話は繋がらず、無料通信アプリでメッセージを何度も送るも既読すら付かない。メールも同じ事だった。

男が帰る事も無く、なけなしの貯金が返る事も無く、男との連絡の手段さえもう検討も付かなくなってしまった。

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だが、偶然とは面白いものだ。

会社の同僚に、半ば強引に海水浴に誘われたヒトミは、同僚達に頼まれて海の家にビールを買いに行った時に、男と再会したのだ。

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男は未だオムツも取れていない様な子供を抱き抱え、焼きそばや炭酸飲料を手に持ち、ヒトミの顔を見ると驚きつつも笑顔で話し掛けて来た。

「おーっ!元気か?俺は見ての通り、子供も生まれて良いお父ちゃんになっちゃったよ!」

悪びれもせず、屈託無く笑う。

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ヒトミは返す言葉も見付からず、男の視線から顔を避け、斜め下、自分の足元を見詰めた。

そんなヒトミに、男は赤ん坊を抱いたまま近付いて来ると、そっと耳打ちした。

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「後で2人きりで会わないか?

俺が居なくて、お前も寂しかっただろう?」

憎い男だけど、ヒトミはその笑顔を見詰めてポロポロと涙を流してしまう。

「後で、あの…防波堤の向こうで会おう。」と、人気のない防波堤を指差す。

ヒトミは頷くと、同僚達の元へ戻り、日焼け止めを同僚の背中に塗り終わると、「泳いで来るね」と残し、潮の流れの強い、防波堤に向かった。

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この辺りは遊泳禁止になっていて、人は全くいない。

大きな岩を乗り越え、防波堤に着くと、人のいる海岸とは打って変わり、波がうねり、大きなテトラポットに打ち付けている。

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その中の1つに男は腰掛けて待っていて、ヒトミの姿を見ると片手を上げて微笑む。

そして、近くに行ったヒトミの片腕を掴み、男の座るテトラポットに引っ張った。

ヒトミは素直に男に腕を引かれたまま、隣に腰掛けて海を眺める。

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「俺が愛してるのはヒトミだけなんだ。

ただ、他の女が俺の子を孕んじまったから、仕方なく…。

信じてくれるだろ?

俺は今でもヒトミだけを愛してるんだ。」

ヒトミは男の腕の中から、テトラポットの隙間を眺める。

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テトラポットの下に見える海は、泡立った波が渦を巻くように防波堤の下の方まで打ち寄せている。

それを見詰めながらヒトミは…

「もう…失敗はしたくないの…」

そう呟くと、男の腕をソッと外して立ち上がると、男の身体を力一杯、両手で突き飛ばした。

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男はバランスを崩すと、テトラポットの隙間から海に転がり落ちる。

幾つか重なる様に突き出たテトラポットで頭を打ったのだろう。

変な形で転がり、海にドボン…と落ちると、海水が真っ赤に染まる。

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ヒトミは立ったまま、それを眺めていた。

そして、何事も無かった様に、同僚の元へ戻ると、パラソルの下で寝転んだ。

やがて日が暮れ始めると、持って来た荷物を持ち、同僚と共に家路に着いた。

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******

今、ヒトミはその海岸に立っている。

通勤の電車に乗っていた筈が、ふと気が付いた時には砂利の様な浜辺を歩いていた。

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ーー男の遺体は発見されたのだろうか。

と言うか、それよりも、男は死んだのだろうか。

男の事など、もうどうでも良くなっていたヒトミは、あの後もニュースを気にする事もなく、後悔もする事なく、それまでと同じサイクルで生活をして来た。

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ヒトミの足は自然と、あの防波堤に向かっていた。

大きな岩を乗り越えて、防波堤に立ち、その下に転がるテトラポットを眺める。

そして、ゆっくりとテトラポットに乗り、その隙間を見詰める。

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泡立った波が渦を巻く様に僅かな隙間から見える。

あの時の様に、赤く染まっていない海。

ヒトミはテトラポットの上に腰掛け、両膝を両手で組む様に座り、天を仰ぐ様に顔を上に向けた。

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その時、何かに下からか引っ張られる様に、ヒトミの身体が傾き、そのままテトラポットの隙間から海に転がり落ちた。

思うよりも流れが強く、頭も身体もうねった波に引き寄せられ、逃げ場もなく、テトラポットの隙間をただ波に弄ばれるだけだった。

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海水をしこたま飲み、何か掴まる所はないかと目を見開き、無我夢中で波に洗われながらもがいていると、テトラポットの下に挟まる様に、白骨化した遺体が現れる。

(あぁ…やっぱり助からなかったのね…)

あの時の男と思われる骨を見詰め、ヒトミはほんの少し笑顔になる。

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破れたビニールの袋が幾つも同じ様にテトラポットの隙間に挟まる様に漂っている。

そして…

何処かで見た事のある短髪の男と茶髪を海藻の様に波に洗われている女。

テトラポットの下の隙間に隠れる様に、海水に洗われていた。

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それらの身体には小さな蟹が沢山群がり、まるでその男女は生きて蠢いている様に見えた。

それを見ながらもがきつつ、ヒトミの意識は遠退いて行った。

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