中編3
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夜中の少年

 20代前半当時、付き合っていた彼の都合で、ある地方都市に住んでいた。東北にあるその街は市街地を過ぎると周りを尾根の高い山が囲み、また山の名も姿もとても美しく、ドライブコースとしては最高の景観を持つ街だった。街までのちょっとした買い物でも、私は必ず彼に「ちょっとドライブして帰ろう」とねだった。

 そんなある夜のことだった。

 その日は強い雨が降っていた。時間は夜中を過ぎ、確か2時頃だったと記憶している。

 山の中にダム湖があった。そのダム湖を目指しぐるっと回るようにして帰路に向かう。雨は強い。街灯などももちろんなく、車のライトを消せばあたりは漆黒の闇になる。

 ダム湖を回り帰路に着こうと市街地に向かっている時だった。

 進行方向の左側に自転車をこいでいる人が見えた。ライトに照らされたそれは、学生服を着た中学生くらいの少年に見えた。外はひどい雨である。場所は市街地からかなり離れている山中である。

 その少年とおぼしき人物は、ひとこぎひとこぎ、前だけを見て自転車をこいでいた。

 やがて車がその人物に近づいた。助手席に乗っている私はその人物のすぐ隣を通り過ぎることになる。横を過ぎる時、私はその人物をじっと見てみた。

 やはり、格好は学生服で学帽をかぶった少年だった。顔までは見えない。強い雨の中、カッパなども着ていない。前を向きゆっくりと自転車をこいでいる。少し開いた詰襟の中から白いワイシャツが見える。

 その時私が思ったことは、「ここは街から離れている山中だから、夜中から出かけないと学校に間に合わないのだな」という、なんとも間抜けな考えだった。

 車はそのまま少年の横を通り過ぎ、市街地に戻り家に着いた。

 特に理由はないが、その少年のことは口には出さなかった。彼もなにも言わなかった。彼も私と同じように、夜中から学校へ向かっていると考えていたのだろうと勝手に思っていたが、もしかしたら、彼にはあの少年は見えていなかったのかもしれないと考え始めたのは、その出来事があってからずいぶんと経ってからだった。

 よく考えればあの状況で自転車をこいでいる少年など、かなり異様なことである。夜中の2時頃、強い雨の中、防雨防寒具なども身に着けず自転車をこいでいる少年。

 しばらくたってから、あれは人間だったのか・・・?という疑問が私の頭の中にわいてきた。もしかしたら、見えていたのは私だけだったのか?彼には見えなかったから何も話題に出さなかったのか?

 その後、特にその少年にまつわるような出来事もなかったのでいつしかそのことは忘れ、私と彼は別れることになり、あの少年を、あなたも見ていたの?という問いは、とうとう彼に訊くことはできなくなった。

 人家もない山中の、街灯もない細い道で、大粒の強い雨の中、ひとこぎひとこぎ、ゆっくりとかみしめるように自転車をこいでいた少年。

 もし、生者でないとしたら、あの少年はどこに向かっていたのだろう。

 毎晩、あの時間、雨の日も風の日も自転車をこいでどこかに向かっているのだろうか。

 いつか目的の地へ着くことができればいいのだがと、今でも時折、思う。

 

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すいません、文中の「左側」を「右側」と書いてしまっておりました。訂正致します。

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あとから気付くのが一番怖いですよねー

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