中編7
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風邪の時の男の子

風邪を引いた時、弱気になってしまったり、人恋しくなるのは、どうしてだろう。

まだ兄と二人部屋の時だったから、小学校低学年ぐらいの時の話。

昔から、季節の変わり目に風邪を引きやすかった私は、その時も、そろそろ秋っていう時に、遅めの夏風邪を引いていた。

「薬を飲んで、安静にしてれば、2、3日で良くなるでしょう」

と、医師に言われ、熱で頭はぼーっとしてるし、喉は焼けつくように痛かったけど、

「学校を休める」

と、心の中では、はしゃいでいた。

兄は学校へ、親も仕事に行かなければならず、完全に家に一人きり、という状況に、不安も少なからずあったが、好奇心が勝った。

「一人で大丈夫?」

「何かあったら、連絡するのよ」

不安しかない母は、出かける間際まで、何度も同じ事を言っていた。

「じゃあ、行ってくるね」

玄関先でそう言う母に、喉が痛かったから、一回だけ頷くと、名残惜しそうに扉が閉まり、やがて、

「ガチャン」

と鍵が閉まった。

遠ざかる母の足音を聞いて、あんなにもはしゃいでいた気持ちが、嘘のように消え、今にも泣き出してしまいそうな、寂しさに襲われた。

「追いかけたい」

という気持ちを、何とか堪え、自分の部屋へと向かった。

「寝てしまえば、大丈夫…寂しさも、消える…」

そう何度も、自分に言い聞かせながら、ベッドに入った。

熱があるのと薬を飲んだ為、眠いはずなのに、部屋に満ちる、張りつめたような静寂と、人恋しさのせいで、目を瞑っても、一向に眠れない。

「本でも読むか」

と、本を手に取るが、熱のせいか、まったく内容が読み取れなかった。

本を元に戻し、寝ることに集中するも、寂しさのせいか、様々な不安が押し寄せる。

不安を振り切るように、何度も寝返りをうった。

何度目かの寝返りをうった時、

「お昼になったら、冷蔵庫のお粥出して、食べるのよ」

「お薬も忘れずに飲んでね」

という、出かける間際に、母が言っていた言葉を思い出した。

母を思い出した為か、痛いほど張りつめて静寂が、緩んだような気がした。

張りつめていた気持ちも緩んだ為か、今までの眠気が、一気に襲ってきた。

「お昼になったら、起きないと…」

という思考を最後に、私は眠りに落ちた。

「トン、トン、トン」

という足音のような音で、目が覚めた。

耳をすますと、誰かが自分の部屋へと向かってくる足音だった。

カーテンの隙間からは、まだ明るい日の光が見えていた。

「となると、夕方まで帰ってこない母ではなく、兄かもしれない」

「兄が帰ってくるのは、15時ぐらいだから」

と考えたところで、

「お昼の薬飲んでない!」

ということに気づき、慌てて起き上がろうとしたが、体が重く、上手く起き上がれなかった。

熱が上がってきたせいか、体が重怠く、力が湧いてこない。

「頭冷やさないと、あとご飯と薬も…」

と思っても、体がまったく動かず、眠気で瞼が重くなってきた。

襲ってくる眠気に抗えず、瞼を閉じようとした時、

「ガチャ」

と、部屋のドアが開かれる音が響いた。

閉じかけた瞼を、少し開き、霞む視界の中、ドアの方を見ると、開いたドアの隙間に、藍色の服を着た、人のようなものが見えた気がした。

「えっ」

と驚き、閉じかけた瞼を開くと、霞んでいた視界が晴れ、先程見えた人のようなものが、はっきりと見えた。

藍色の服を着た、見知らぬ男の子がいた。

熱に浮かされ、うまく思考が回らないのと、驚きの為、助けを呼ぶとか、悲鳴をあげることが出来ず、ただ絶句し、見ていることしか出来なかった。

どれくらい、そうしていたか。

お互いを見つめ合う静寂を破ったのは、男の子の方だった。

「ご飯食べたか?」

そう言う男の子に、声が出なかったので、首を横に振ると、

「待ってろ」

とだけ言い、どこかへ走っていってしまった。

「さっきの子は誰だろう」

兄とは身長も、服装も、性格も違うようだ。

熱があるとはいえ、兄を見間違うわけはないと思った。

「熱が出ると、幻覚が見えるのだろうか」

と考えていた時、

「トン、トン、トン」

という、足音が近づいてきた。

部屋のドアを見ていると、戻ってきたのは、兄ではなく、やはり見知らぬ男の子だった。

その手にお盆を持ち、私が寝ているベッドまで来ると、お盆を近くのテーブルに置き、

「起きれるか」

と聞いてきた。

私は一回頷き、重怠い体に力を入れ、起き上がろうとすると、男の子は背中に手を回し、起き上がるのを手伝ってくれた。

上半身を起こし、先程、男の子が持ってきたお盆を見ると、母が作ったお粥と、薬が置かれていた。

「まずはお水」

と、枕元に置いといたお水を飲ませてくれた。

冷たいお水のおかげで、熱っぽかった頭が、少し晴れたような気がした。

「次は」

と、男の子は持ってきたお粥を小分けにして、冷ましてくれた。

「そろそろ、いいかな」

と言いながら、冷ましたお粥を持たせてくれる。

スプーンでお粥を少し掬って、口へ入れると、適度に効いた塩味やお米の甘味が、広がった。

思わず、

「美味しい」

と、一言言うと、男の子は満足そうに微笑んだ。

「笑い方も、兄とは違うな」

と、心で思いながら、お粥を食べていった。

お粥を食べ終わると、私は一気に不機嫌になった。

なぜなら風邪を引いた時、食事の後には、苦い薬が待っている。

玉薬ならまだしも、今回は粉薬も飲まないといけなかった。

私は粉薬が大の苦手で、よく母を困らせていた。

そんな時、母はある秘策を披露するのだが、この男の子は知らないだろう。

いや、家族ではないのだから、知るはずがない。

そう思っていたから、今回は一人で粉薬を飲むしかないと心に決めたものの、粉薬を手に取る事さえ、億劫になっていた。

粉薬に手を伸ばしては引っ込めるという、行為を何度か繰り返していた時、男の子は何も言わず、何処かへ走っていってしまった。

「粉薬は、何故あるのか」

と、粉薬を恨み始めた頃、

「トン、トン、トン」

と、足音を響かせ、男の子が戻ってきた。

後ろ手に何かを持ち、私の前まで来ると、

「プリン食べたい人!」

と、言ってきた。

「…」

ただ、驚いた。

いつもなら、真っ先に返事をしていたが、今は驚きすぎて、声が出なかった。

粉薬を飲むのを苦手とする、私のために、母が考えた秘策。

プリンに混ぜて、飲ませてしまうという秘策を、この男の子はやって見せた。

友達の家でも、粉薬をゼリーとか、ジュースに混ぜて、飲んでいると聞いたことはあったが、私の家では、兄へはゼリー、私へはプリンだった。

冷蔵庫には、プリンも、ゼリーも、ジュースもある。

偶然かもしれないが、どうして分かったのだろう。

驚き、絶句している私に、男の子は微笑むと、

「ちゃんと、飲めよ」

と、言って、プリンを持たせた。

近づいてきた男の子に、手を伸ばすと、サラサラとした髪と、温かい頬に触れた。

心の何処かで、この男の子は人ではないだろうと、思っていただけに、また驚いた。

すり抜けると思っていたのに、しっかりと触れる事が出来、冷たいと思っていたのに、温かかった。

いろんな事を聞きたいのに、思考が混乱して、言葉が出てこない。

そんな私に、

「知りたいと思ってれば、いつか分かる時がくる」

と言い、男の子は微笑んだ。

驚いている私を、もう一度見て、男の子はお盆を持って、部屋を出ていった。

「バタン」

とドアが閉まり、足音が遠ざかっていった。

男の子が居なくなって、少し落ち着いた私は、プリンを一口食べたが、混乱の為か、粉薬の苦味もプリンの甘味も、感じなかった。

食べ終わったプリンのお皿を、テーブルに置いて、また横になった。

ドアの方を見たが、誰かが近づいてくる足音も、男の子が戻ってくる気配もなく、いつの間にか、私は眠っていた。

次に、人の気配で目を覚ますと、部屋はほの暗く、カーテンの隙間からは、夕暮れ時の、オレンジ色の光が見えた。

隣のキッチンから、水が流れる音や、鍋を煮込むような音が聞こえた事から、母が帰ってきた事が分かった。

安静にしていたおかげか、先程の体の怠さも、熱っぽさも治まりつつあった。

体を起こし、キッチンへ向かうと、やはり料理をしていた、母がいた。

「ただいま。具合はどう?」

と言う、母へ、

「治ってきた」

と言い、お水を貰って、椅子へ座った。

リビングへ目を向けると、赤と白色の服装に身を包んだ兄が、テレビを見ていた。

「そういえば、あの男の子は何だったんだろう」

「夢だったら、ご飯と薬飲んでないよね」

と、思っていると、母が、

「セラちゃん、ご飯とお薬食べれたね。食器も流しに置けて、偉かったよ」

と言ってきた。

「夢じゃない」

と思うと同時に、寝る前にテーブルに置いて、プリンのお皿を思い出した。

「プリンのお皿もあった?」

と聞くと、

「ちゃんとあったよ。プリンで粉薬飲めるようになって、偉いよ」

と、母の答えが返ってきた。

「兄が片付けるわけないから、あの男の子が片付けてくれたのかな」

と思った。

「一人で寂しくなかった?」

とか、あれこれ聞いてくる母に、答えながら、男の子の事を話そうかと思ったが、その時は止めといた。

暫くして、思い出した時に、男の子の話をすると、母が何とも言えない表情をしていた事を、今でも覚えている。

Concrete
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