長編12
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比売野怪談 壱

前回のあらすじ

人知を超えた不思議な力、いわゆる霊力を持つ少女、物部御子は、ある日突然、記憶を失ってしまう。

彼女の数少ない理解者であった深山桐悟と山神内緋雨は、周囲にその事が知られてしまわぬよう、彼女のサポート役を、薬袋に託されるが......

物語は彼らの通う、姫野高等学校から始まる。

このお話は、序章「比売野怪談-零」の続きとなっております。

あらすじを加えることで、本編のみのご閲覧でも皆様に楽しんで頂けるよう配慮しておりますが、何分、内容には限界がございます。

序章の方もご閲覧頂けますと幸いです。

〇姫野高等学校・一号棟

学校生活において、御子は、それまでのものと、ほぼ変わらない生活を送ることが出来ていた。

元から友人が少なかったことも多少は寄与しているであろうが、それ以上に彼女の並外れた記憶力と順応性が、大いに貢献していることは確かであった。

この調子でまた、怪異とも関わるようになってしまうのだろうか......

そんなことを考えながら、桐悟は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

「ちょっと、何、黄昏てんのよ。」

「別に黄昏てなんかいねぇよ。」

桐悟が緋雨の方へ振り向く。

「なんか用かよ。」

「なんか用かよって、あんたもうホームルーム終わって掃除が始まってるのよ?」

教室を見渡すと、ほとんどの椅子が前へ寄せられ、既に何人かの生徒が床をはいていた。

「悪い、ぼーっとしてたわ。」

「桐悟、あんまり御子のことを考えるのもいいけど、彼女はしっかりしてるんだから大丈夫よ。少なくともあんたよりは。」

「やかましい。」

机を寄せ、掃除を始める。

ふと気がつくと、御子の姿が見当たらない。

「おい、山神内、御子は?」

「え?御子ならさっきまで教室にいたけど......」

緋雨は教室を見渡す。

「......居ないわね。トイレにでも行ったんじゃない?」

「うーん。」

「あら?」

そう言うと緋雨は、なにか意味ありげな目線で桐悟のことを見つめた。

「な、なんだよ。」

「べっつにぃ〜」

桐悟は、緋雨を睨みつける。

「そんなに心配なら探してくればいいじゃない。」

緋雨の口調には、明らかに揶揄う調子が含まれている。

桐悟は、そう心得た。

「お前は、心配じゃないのかよ。」

「心配よ。ええ、心配ですとも。でもあたし、これから職員室に行かなきゃいけないの。」

緋雨は、持っていた箒を桐悟に手渡すと、くるっと、廊下の方へ身を翻した。

「だから、御子探しは手伝えないわぁ。探すならおひとりで。」

そう言うと緋雨は、そそくさと教室から出ていってしまった。

桐悟は、一先ず、教室の掃除を優先することにした。

箒で床を掃き、塵取りで埃を取る。

遠くから微かに、吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。

学園祭に向けての練習だろう。

埃を捨て、教室に戻ると、机は元の位置へ戻し終えており、多くの生徒が帰り始めていた。

帰宅部の桐悟も本来ならここで帰るはずなのだが、今日は違った。

「あいつ、どこ行ったんだ?」

教室を出ると、宛もなく廊下を歩く。

ちょうどトイレの前を通り過ぎた所で、不意に後ろから声をかけられた。

「おーい、桐悟ー」

「おお、徳か。......また、切ったんだな。」

「まあな、あんまり伸ばすと親父がうるさいし。」

徳は、綺麗に刈られた坊主頭を少し撫でる。

「まあ、どのみち、家を継ぐつもりだから、大して苦ではねぇけどな。」

彼の実家は、崇浄寺という由緒あるお寺であった。

桐悟とは、中学生来の仲で、今でも交友を続けている。

「孝行だなぁ、徳は。」

「はは、そうかぁ?」

徳は、笑いながら答える。

「あ、そうそう、こないだ親父が説法会を開くってんで、一緒に行ってきたんだけどよ、」

「へぇ、説法会なんて、お前の家で出来そうだけどな。わざわざ会場を借りたのか?」

「いや、西小目の老人会の方で、法話が聞きたいって話になったらしくてな。そんで呼ばれたんだ。」

近頃、寺の経営が厳しいという話はよく聞くが、崇浄寺ではそうでも無いらしい。

きっとこの先も安泰だろう。

「それで、何か俺に用か?」

「いやぁ、まぁ、用って言っちゃなんだが、」

「法話を聞きに来てた婆ちゃんから、御礼にって、いちご大福を貰ったんだよ。ほら、駅前の駄菓子屋の、えっと......なんつうとこだっけか、」

「ひねもすだろ?」

「そう!ひねもす!そこのやつだよ。あそこのいちご大福、うんまいだろ?桐悟、うち来て、一緒に食わねぇか?」

......怪しい。

徳がこういった具合の話を持ちかける時は、大抵、何かを企んでいる証である。

「いや、いいよ。」

「えぇ、そんなこと言わずによぉ。な?」

「何が目的なんだよ。」

徳は、いじらしくこちらを見つめると、吐息をついた。

「いやさぁ、うちの寺、霊園に続く道に彼岸花を植えてるんだが、去年は咲きが悪くてな。そんで今年は、しっかり土作って、球根を植えることになったんだよ。」

「ほう。」

「ほら、桐悟、お前帰宅部だし、暇だろ?手伝ってほしいなぁ、なんて、」

そんなことだろうと思った。

「悪いな、他を当たってくれ。」

「付き合い悪ぃなぁ!いいじゃんかよ。」

「用があるから、」

「なんだぁ?親友の俺を差し置いてその用を優先するってぇのか。」

「徳、大事な用なんだ。」

「けっ、釣れねぇの。」

徳は、口を尖らせるが、満更でもない様子でにやにやしている。

「へへ、桐悟、お前あれだろ?物部のこと探してるんだろ?」

「おまっ、何でそれを、」

「さっき、山神内とすれ違った時に言ってたんだ。桐悟が御子を気にしてるだなんだって、」

「っ、あいつ......」

山神内め、覚えておけ。

「お、そろそろ行かねぇとな。俺も球根植えっつう大事な用があるからよ、じゃあなっ桐悟。」

徳は、わざとらしく時計を見ると、そのまま階段を下りて帰ってしまった。

さて、俺もそろそろ御子を探さねば。

あいつの行きそうなところ......か。

全く検討がつかない。

そう、彼女が記憶を失う前から、桐悟にとって、彼女の行動は不可解な事だらけだった。

記憶を失っている今、探し出すことは尚のこと困難であろう。

桐悟は、一号棟を一通り見終えると、東階段を使って二階に降り、連絡橋を渡って、二号棟へ入った。

〇姫野高等学校・二号棟

普通教室が並ぶ一号棟とは打って変わって、二号棟には、図書室や理科室の他、陶芸教室や音楽室などの特別教室がひしめいており、放課後は、諸文化部の独擅場となっている。

例の如く、今日もざわざわとした雰囲気が漂っていた。

余談だが、姫高では、部活動の際、教室の出入口に部活名の書かれたプレートをつけることになっているため、どこの教室で、どの部活が行われているのかがひと目でわかるようになっている。

プレートを見る限り、社会科室で骨董研究会が活動をしている以外、部活動は行われていないらしい。

桐悟は、二階の教室を見て回るが、全ての教室のカーテンは閉まっており、外から中を確認することは出来ない。

仕方なしに扉の隙間から中を覗いていくが、御子はどこにもいなかった。

それどころか、老若男女問わず大勢の人々が所狭しと座っている。

今日って保護者会かなんかあったか?

そう思いつつ、桐悟は、二階から三階へ向かう。

音楽室から聞こえてくる演奏は、いつの間にか、先程の吹奏楽部のものから、ピアノの単独演奏に変わっていた。

サティのジムノペディが静かに響き渡っている。

桐悟は、音楽室へ行こうとしたが、廊下には無断立ち入り禁止の看板が立ててある。

余程、専念して練習をしたいのだろう。

邪魔にならないように気をつけながら、ゆっくり廊下の先へ進む。

二つある音楽室のうち、ひとつは照明が落とされていた。

恐らく、誰もいない。

もうひとつの方を覗き見るが、ピアノを弾いている人以外は誰もいないようだ。

ピアノの配置場所の関係で、伴奏者の後ろ姿しか見ることは出来ないが、御子とは明らかに違った。

三階を後にし、念の為、四階の図書室も確認しに行こうとするが、階段の先は暗い。

案の定、図書室は既に閉まっていた。

「ここもいないか......」

階段を下りて、残る一階へと向かう。

日が沈んでしまい、その上、節電のために廊下の明かりが消された一階は、先が見えぬほど真っ暗であった。

電気をつけると教師に見つかるかもしれない。

桐悟は、スマホの懐中電灯をつけ、各教室を見て回った。

書道室、陶芸室、技術室、それぞれの中を確認しながら、奥へと進む。

最後に美術室へ辿り着いた時、絵画を外して何かを探している御子を、漸く見つけることが出来た。

理科準備室から掻払ってきたのだろうか、アルコールランプが薄らと美術室を照らしていた。

「おい、御子。」

「あら、深山君。......それ、眩しすぎるわ。切ってちょうだい。」

「いや、探したんだぞ。何やってるんだよ、こんな所で。」

桐悟は、スマホの明かりを消し、御子に近づく。

「ちょっと、霊が溜まってるみたいだから。その元凶を探しているの。」

「......霊が溜まる?」

「ええ、そうよ。この二号棟、かなりうじゃうじゃしてるわ。きっと、いつもより人が少なかったんじゃないかしら?」

桐悟は、先程まで居た二階や音楽室を思い浮かべるが、特に人が少なかったという印象はない。

「保護者会かなにか知らんが、人は沢山いたぞ。」

「本当?じゃあ、思い出してみて欲しいのだけれど、その人たちに影はあった?」

桐悟は、動揺を隠せなかった。

思い返してみれば、皆、影が無かった気がしたのである。

「な、なぁ、それとお前の探しているものに何の関係があるんだ?」

「んー、多分、ここら辺にあると思うのよねぇ、」

御子が、壁に掛かっている花瓶の絵をずらした時、それは姿を現した。

「あったわ。」

御子は、そっと御札のようなものを剥し取ると、桐悟の方を向いた。

「深山君、そこの火をとって。」

「ん?ああ、」

桐悟は、アルコールランプを手に取り、御子の近くにそれを置いた。

「少し離れてっ。」

御子は、目を閉じ、何かを口ずさむと、先程の御札に火をつけた。

「えっ、ちょっ、」

御札は、赤紫色の煙を出しながら、勢いよく燃え上がる。

思わず桐悟は後退りした。

「おいっ!御子、手離せっ!」

炎は、御子の右手を腕まで包み込み、激しく燃え盛る。

しかし、御子は、それに一切動じることなく、御札を燃やし続けた。

「火傷じゃすまねぇぞっ!御子っ!」

「落ち着いて。このくらい平気よ。」

そう言うと御子は、摘んでいた御札をギュッと握りしめる。

その瞬間、熱した鉄を水にいれた時のような音を発しながら、御札と炎は消え去った。

灰や燃え滓は一切、残らなかった。

後には、小さな火を灯すアルコールランプが、ちょこんと机の上にのっているだけだ。

「な、何なんだ今の、」

「霊が行き来できなくなる御札よ。」

桐悟は一瞬、眉を顰めた。

「それなら、なんで燃やしちまったんだよ。霊が行き来できないなら、この建物を守ってくれてたってことだろ?」

御子は、じっと桐悟を見つめる。

「深山君、霊が行き来できないことが、すなわち、霊の侵入を防ぐことになる訳じゃないのよ。」

「そ、そうなのか?」

「この建物は、霊道の上に建てられているの。でも、それ自体はあまり問題ではないわ。」

「問題は、この御札が貼られた場所よ。」

そう言うと御子は、先程の花瓶の絵を指さす。

「この教室は、霊道の出口に当たる場所なの。そんな所をさっきの御札で塞いだらどうなると思う?」

桐悟は、ダムが水を塞き止める様子を頭に思い浮かべた。

「......霊が溜まっていく。」

「そう。だからといって、霊道の入口を塞ぐことも良くないんだけれどね。」

「それに、あの御札は、かなり強力なものだったわ。何の悪戯か知らないけど、あれを貼った奴は只者じゃないわね。」

桐悟は、戦慄した。

美術室に霊道の出口があることを知り、それを塞ごうとした者がこの学校にいるということに。

いや、もしかしたら学校外のものかもしれないが。

「誰が、誰がそんなことを......」

「さあ。......でも、なんと言うか、この御札からは、もっと別の念を感じるわ。」

「どういう意味だ?」

「この御札を貼ったやつは、霊道を塞いで迷惑をかけることが本当の目的ではない。」

「え、」

桐悟は、その意味を理解すると、先程とは異なる恐怖に駆られる。

「それって、つまり......」

「お前を誘き出すためだったって言うのか。」

御子は、外した絵画を元に戻しながら答える。

「うーん、まあ半分正解、かしら。正確に言うと、私のことを試したかったって感じね。」

「試す?一体、」

何を、と言いかけたところで桐悟は、彼女があまりにも普段通りに振舞っているが故に、忘れかけていたことを思い出した。

「そうか、お前が記憶を失ったから、」

御子が頷く。

「そう。誰かは知らないけど、記憶を失っても私がこの力が発揮できるのかどうかを知りたかったんでしょうね。私もこの御札を触って、その念を感じるまで、分からなかったわ。」

御子は、桐悟に笑いかけながら続ける。

「まあ、それでも私のやることは変わらないわよ。」

しかし、桐悟には、理解出来なかった。

何故、彼女がその事を知っても平然としていられるのか。

何故、彼女はそれでも笑っていられるのか。

もしかしたら、その御札を貼ったやつが、記憶を消した元凶かもしれないのに......

「なあ、これ以上、こういったことに関わるのはやめよう。その方が御子のためだ。それにまた、いつお前が狙われるか分からない。」

御子は、桐悟のことをじっと見つめる。

「ありがとう。でも、それは出来ないわ。」

御子は優しく問いかける。

「ねぇ、深山君。私が何故、この力を使い続けるのか分かる?」

「......」

桐悟は、その問いかけに答えることが出来なかった。

しかし、それは決して、理由が分からなかったからという訳では無い。

寧ろ、彼は、その理由をよく理解していた。

「分かっているんでしょう?私の他にこんなことができる人間はいないからだって。」

桐悟には、黙ることしか出来なかった。

「この力は、誰にでもあるものじゃない。だから、」

「だからこれは、この力は、私にとって、天命なのよ。例え、記憶を消されようが、この身を滅ぼされようが。それでも私は、この天命を全うするわ。」

「でも、それじゃあお前だけが傷つくことになるんだぞ!感謝するやつだっているだろうが、大抵は厄介払いが出来て良かったと思ってるはずだ!!」

「そうね。うん......確かに、そうかもしれない。けれど、それはやめる理由にはならない。」

「なんでだよ、そんなことみんな放っておいたらいいじゃねぇか!さっきだって右手に火傷を負って、」

「え?ああ、それなら大丈夫よ。ほら、」

そう言って御子は、右腕の綺麗な白い肌を桐悟に見せた。

「私だって、そんな簡単にやられはしないわよ。」

しかし、御子の桐悟を安心させようという意図とは逆に、桐悟はまざまざと、あることを再認識させられた。

やはり御子は、普通の人間では無いのだと。

暫く、桐悟は茫然としていた。

しかし、その静寂も扉を開ける音と共に破られた。

「ちょっと!何やってるの!もう最終下校時間よ!」

「ごめんなさい、緋雨。もう用事は終わったから。すぐ行くわ。」

「ほらっ、先生来たら面倒くさいことになるから、早く帰るわよ。......桐悟?」

緋雨が呼びかけるが、桐悟は反応しない。

「ちょっと、桐悟っ!」

「ん?ああ......」

「帰らないとっ!」

ハッと我に返り、慌てて時計に目を移す。

「もう、こんな時間だったんだな。すまない。出よう。」

「ほらっ走ってかないと!御子も......あれ?御子?」

二人が教室を出ると、御子は既に書道室の角を曲がって階段の方へ向かっていた。

「早っ!ちょ、桐悟も行くわよ!」

「お、おう。」

桐悟は緋雨と一緒に走り出した。

俺は......

俺は、御子のために何が出来る......?

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@天津堂
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そう思って頂けて何よりです。 次作執筆の励みになります。

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