中編7
  • 表示切替
  • 使い方

夜釣り

「なあ、夜釣りに行かないか?」

俺は10年振りに再開した友人に切り出した。

彼はかつての俺の親友であり、先生であり、そしてヒーローだった。

彼は両親がここの出身ではない俺に、漁師町ならではの遊びを沢山教えてくれた。

自転車に乗れない俺の練習に根気よく付き合ってくれたのも、誰よりも早く補助輪の取れた彼だった。

悪いことも、酒やタバコも彼からだ。

そして釣りも。

nextpage

久しぶりの帰省で偶然の再開を果たした俺たちは、

お互いの近況を報告し合い、そのまま彼の家の離れで飲むことになった。

共通の友人のその後、幼い頃の思い出と話題は移っていったが、10年の空白は思っていたよりも大きく

やがてお互いの口数も少なくなっていった。

nextpage

彼とはそれこそ物心ついた頃からの付き合いで、小学生の頃は毎日日が暮れるまで一緒だったのだが、

中学に上がると彼は所謂不良の道を進み、少しずつ俺たちの距離は離れていった。

そんななかでも、夜釣りだけは二人の共通項だった。どちらからともなく連絡しては夜釣りに誘い、

夜中まで色々な事を話しながら釣りをした。

夜釣りの時だけは彼は変わらず俺の親友で、先生で

そしてヒーローのままだった。

nextpage

間の持たなくなった俺は、冒頭の台詞を口にした。

お互いに酔っているのでいつものポイントには上がれないが、防波堤の中なら平気だろうと思ったのだ。

しかし彼は歯切れ悪く、もう釣りはしないのだと話した。

何故か俺は裏切られたような気分になり、彼を問い質す。

彼は本当に話したくなさそうだったが、夜釣りに関しては思うところもあったのだろう。

ポツポツと語り出した。

nextpage

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ああ、夜釣りな。

ほんとにもうやってねえんだわ。

まあな。

よく二人で行ったよな。

理由?

あんまり、気持ちのいい話しじゃねえぞ。

俺も出来れば思い出したくないけどな。

nextpage

あれはいつだったかな、俺が遠洋から帰って来た最初の年だったから、もう5年?いや6年か。

帰って来たはいいけど、やる事もなくてな。

だからって家の手伝いもしたくねえし、金はあったしな。

で、せっかくだからいい道具揃えて釣りでもするかって。

場所?

そう。いつものな。

東防波堤の角のテトラポット。

ああ、懐かしいか?

そこで夜釣りしてたんだわ。

nextpage

まあ、釣果はいつも通りだよ。

倍の値段の道具揃えても、倍釣れるわけじゃねえのな。そりゃそうか。

で、潮が止まってアタリなくなって。

1時位だったかな。

次の時合は2時半位か。もう帰るかって。

片付けてたんだわ。

そしたら、足元のテトラでピチャピチャ水音がしてさ。

あ?潮動いたか?って。

まあそんな事ねえわな。

んで、片付け続けてたら今度はバシャバシャ聞こえてな。

なんだ?魚か?ってライト照らしたのよ。

nextpage

…………

ああ、それで見たらテトラの先になんか引っ掛かってんの。

そしたら、

「誰か…誰かいないか……」

って、声がしてな。

ああ、人だったんだよ……

で、俺もそこまで降りてってさ。

大丈夫か?なんて声かけてさ。

「上がれないんだ…引っ張ってくれ…」って。

わかるよ。服が濡れてたら重てえからな。

お前もわかるだろ?

俺は親父を呼びに行こうかって思ったけど、

すぐだからな。1分もかかんねえ。けど、

その間に流されるかもしれねえって思って、

結局一人で引っ張ることにしたんだわ。

うん?携帯?

そうだな。持ってたんだから。

こん時に使っときゃよかったんだよな…

nextpage

…………

うん?

ああ、悪い……

きっと動転してたんだよ。

情けねえよな。こんなナリして。

上げたよ。一人で。

そいつもさっきまで喋ってたのになんも言わなくなって。

ああ。重たかったよ。

…………

それで、ここまで上げりゃ大丈夫だろってとこに

置いてさ。

やっと使ったよ。携帯。

親父に電話して。すぐ来てくれって。

ん?

ああ、結局親父だよ。

あんなにケンカしてたのにな。なんでだろうな。

1分もしないうちに来たよ。

nextpage

駆け付けて来た親父に、救急車呼んでくれって頼んでさ。

親父も俺のこと見てすぐ状況解ったみたいで。

俺か?

大丈夫か?って声かけてたよ。

親父は防波堤の上で電話してた。

そしたら親父が、一回こっち上がって来いっつって。今、警察呼んだからって。

警察?って思ったよ。

救急車は?いつ来る?って聞いたけど返事はなかった。

nextpage

結局警察来たのはどんくらいだったかな。

10分かかんなかったんじゃねえかな。

ああ、早えよな。

田舎だからな、暇なんだろ。

一人はよく知ってる顔のじじいだよ。

俺がガキの頃から警官のな。

お前も見たことあんだろ。

もう一人は知らねえ顔だったな。

若けえやつだった。そん時の俺と同じかもう少し上かって感じの。

じじいの方は親父と話してたな。

俺は若けえ方に呼ばれて上がってった。

nextpage

で、状況聞かれてな。見りゃ解んだろっての。

まあでも警察だからな。

俺も見つけた時の事から、今までの事を話したよ。

俺が話す事をいちいち繰り返すのが癇に障ったな。

「水音ですか?」とか「え?声ですか?」とかな。

あと、そいつ俺の顔見ねえの。

俺の手元ばっかり見ててさ。

ああ、甲に墨入ってるからな。

俺のことヤクザかなんかだと思ってんじゃねえのかって。アホらしい。

ヤクザが夜に釣りするかって。

で、じじいの方からも呼ばれてそっち行こうとしたら。

そいつ変なこと言ったんだよ。

「でも凄いですね。あんな水死体を一人で。」

って。

はあ?って思ったよ。

こいつ俺の話聞いてたか?って。

nextpage

…………

…………

お前も気付いてただろ?

おかしいのは俺だったんだ。

初めから変だったんだ。

あいつは俺が帰ろうとしたら初めて声かけてきたんだ。

それまでそいつは何処にいたんだ?

俺が釣りしてる間、ずっとあそこに引っ掛かってたのか?声も出さずに?

…………

最初から死んでたんだ。

待ってたんだ。ずっとあそこで。

親父はさぞ気味が悪かっただろうな。

駆け付けてみたら息子が死体に話しかけてるんだ。

大丈夫か?って何度も。

nextpage

………

その時始めて気が付いたんだ。

俺の体からひでえ匂いがしてんのが。

………

あの警官が何で俺の手元ばっかり見てたのかも解ったよ。

俺の手には髪の毛やら何やら、訳のわからないものが絡みついてた。

………

気が付いた瞬間、盛大に吐いたよ。

吐いても吐いても止まんなかった。

…………

それから?

ああ、身元か。

密漁しようとして溺れた下っ端ヤクザだったか、小遣い稼ぎのチンピラだったか。

あんまり興味なかったな。

………

ん?

ああ、一週間以上経ってんのは間違いないらしい。

………

それで、俺は夜釣りが怖くなったってことだ。

大したことねえよな。俺も。

nextpage

………

あ?

ああ、そうだな。

それだけじゃないな。

………

怖くなったんだよ。

勿論、海もだ。海は怖え。

だけどそれよりも、人の情念?執念ってのか。

なんでもいい。そんなドロドロした想いだ。

そんなのが怖くなった。

あいつはてめえの都合で溺れて死んで。

それでも見つけて欲しかったのか、見ず知らずの俺を巻き込んで。

あんな姿になってまで。

そうまでして陸に戻りたかったんだろうか。

俺も海で死んだらそうまでして戻りたいと思うんだろうか。

誰かを巻き込んで、あの死体のあいつみたいに。

それでそうなったとして、俺を引っ張ってくれるやつはいるだろうか。

ってな。

nextpage

なんだろうな。上手く言えねえ。

ん?

そうか。なんとなくでもいいよ。

……

悪いな。こんな話しちまって。

そうかお前が話せっつったんだったな。

でも、なんか話したら少しすっきりしたよ。

ありがとな。聞いてくれて。

そうだ。今はまだ無理でもさ。

また出来たら二人で夜釣りしてえな。

nextpage

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そう言って、彼は笑顔を見せた。

それは、俺の知ってる夜釣りの時に見せるあの笑顔だった。

でも、俺は彼の言葉に上手く答えることが出来なかった。

nextpage

俺はあの若い警官と同じ様に、彼の手元を見ていた。

彼は話している間、ずっとタオルで手を拭っていた。

無意識のまま、時に一心不乱に。

俺が声をかけるまでずっと。

何かに取り憑かれたかのように、自分の手を拭う彼の目には何が映っていたんだろうか。

結局この日はこれでお開きとなり、再会の約束をして俺達は別れた。

以来彼とは会っていない。

nextpage

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あれからもう10年も経ってしまった。

去年、いや年が明けたから一昨年になるのか。

彼が亡くなったと報せがあった。

死因はアルコール中毒による多臓器不全。

漁師はやらず、職を転々としていたらしい。

海を恐れ、海で死ぬことを恐れた彼は

結局アルコールの海に溺れて死んでしまった。

悔いはある。

でも、どうすることも出来なかったのでは

とも思う。

俺はあの時、彼になんと答えたのだったか。

今では思い出せない。

ただ、今なら解る。

たとえ結果が変わらなかったとしても。

俺もあの頃のままの笑顔で、こう言えば良かったんだ。

「ああ、また一緒に夜釣りに行こう。」と。

Concrete
コメント怖い
2
17
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

@天津堂 様
ご感想ありがとうこざいます。
友人の言葉にとありますが、人間の想いには考えさせられるものがありますね。

返信
表示
ネタバレ注意
返信