中編5
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招く海

冬も真っ盛り、雪も降ろうという季節だが、俺が体験した昨年の夏の終わりの話を聞いてほしい。

社会人3年目の俺は、珍しく大学の同級生たちと4人で旅行に来ていた。一泊二日、海で遊んで、飲んで食べて、温泉に入ってと、まあ、そんな計画だった。目的地について、まず、海でひと泳ぎし、浜辺でゴロゴロしたり、海の家で買ったものを分け合って食ったりと、そこそこ満喫した。

宿はちょっといいめのホテルだった。部屋は確か10階か11階だったと思う。部屋の窓からは海を見下ろすことができた。日が暮れるまで遊んでいたので、宿から見えたのは、真っ暗な海がたゆたう姿だけだった。

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食事は部屋とは違う小さな座敷に案内され、そこに中居さんが運んできてくれるスタイルだった。まあ、ありがちといえばありがちな夕食ー先付け、お造り、小さな鍋、肉料理、それと茶碗蒸しもあったかもしれない。

俺たちについてくれた中居さんは明るくて、色々と気さくに話をしてくれたのもあって、仲間4人、ビールを飲みつつ、夕食を食べながら、盛り上がっていた。

そのうち、仲間の一人、Aが中居さんに、

「この辺に何か怖い話はないのか?」

と聞き出した。Aは昔から怪談好きだった。

「怖い話ですか・・・」

中居さんは小首をかしげ、しばらく考えていたが、はたとと思いついた風で

「そういえば、目の前の海、ちょっと人を呼ぶらしいですよ」

「人を呼ぶって?」

Aが身を乗り出す。俺や他の二人も興味はあった。

「あんまり大きな声じゃ言えないんですけど、この辺の海は海難事故が多いんです。毎年のようにというわけではないんですけど、何年かに一人は亡くなられている。特に、晩夏から秋にかけてが多いですね。多くは、昼間に泳いでいて、流されたりしてということなんです。まあ、それだけだったら普通なんですけど・・・」

中居さんはビール片付けながら続ける。

「中に、とても変な亡くなり方をする方がいらっしゃるんです。夜中に、海に一人で入って、そのままーという」

「それって自殺ってこと?」

Bが話に入ってきた。中居さんはBに向き直り、首を振る。

「ええ、そう思われていました。でも、遺書も何もない。それに、友人と旅行に来ていたり、家族と来ていたりと、とてもじゃないけど自殺しそうな人ではないんです。自殺する人って、だいたい一人で宿泊されますからね。」

それはそうだ。死にに来るのに、団体旅行で来るというのは想像しにくい。

それに、と更に続ける。

「夜中にフラフラと浴衣のまま海に向かって、ずんずんと海に入っていく人影を見たっていう話も地元じゃちらほら聞きますよ」

「夜の海に呼ばれたってこと?何か船幽霊的なものでもいるのかな?」

ははは、と、中居さんは明るく笑う。

「まあ、そういうものがいるのかもしれませんね。ちなみに船幽霊っていうのは、船に乗っていると遭遇するやつですよね。柄杓を貸してくれーってくる」

中居さんは両手を垂らしてお化けのジェスチャーをしてみせる。明るい人だ。

怪談話自体はこれで終わりだった。

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腹も満ちて、酒も飲み、軽くひと風呂浴びたあと、俺達はまた部屋で酒盛りを始めた。そのうち、Cが「俺寝るわ」と寝てしまい、Bも酔いつぶれて寝入ってしまった。

俺とAは比較的酒が強く、多分1時位までは飲んでいたと思う。流石にもういいかということで二人で寝ることにした。

その後、俺だけが目を覚ました。飲みすぎて小便が近くなっていたんだな。時計を見ていないからわからないが、3時ころだったかもしれない。小用をたし、もう一眠りと思い床に向かうところで、何気なく窓から外を見た。満月に近い月の光がキラキラと夜の海に照り返されてきれいだった。

そこで、俺は浜辺で動く影を見つけた。その影は、フラフラとふらつきながら波打ち際に向かい歩いているように見えた。格好は浴衣のままなのだろうか、ひらひらとした服装だった。俺は先程聞いた中居さんの話を思い出してゾッとした。もしかしたら『呼ばれている』のかもしれない。

もし本当だったら、いや、そうじゃなくても自殺をしようとしている人だったら、俺はいっぺんに酔いが醒めた。手早く着替えると、急いで影を見た場所を目指してエレベーターに飛び乗った。

外に出る。晩夏の生ぬるい夜の風が潮の匂いを運んでくる。あたりをざっと見渡すと、左の方、100m位離れたところに人影が見えた。確かに海に向かって歩いている。

ー助けなきゃ

俺は走り出した。砂浜に足を取られるので思うように走れないが、月明かりを頼りにその影を追った。影は右に左にフラフラしながら、もう、すでにくるぶしくらいまで海に浸かっているのではないかという感じだった。

俺が波打ち際にたどり着いたときには、その影は、もう肩まで海につかっているところだった。やはりだだことじゃない。

「おーい!待て!待て!」

おれは叫んでいた。叫びながら、自分も海に入っていく。もう人影は首から上しか見えない。

ーやばい!やばい!!

俺は夢中で水をかき分け、影に近づこうとする。影にはなかなか近づけない。はやる気持ちと進まない足取りにじれったさを感じて必死だった。

突然、ぐい!と腕を後ろに引っ張られた。

ーえ?!

振り返ると、Aが俺のことをすごい形相でにらみながら腕を引いていた。

「お前!何してんだ!正気か!!」

ーえ?だって、あそこに人が

俺は振り返る、しかし、そこにはさっきまでいたはずの人の頭の影がなかった。沈んでしまったのだろうか?いや、おかしい。Aには見えていないようだ。

Aは俺を引きずるようにして海岸まで連れて行った。気がつけば、胸のあたりまで水に使っていたらしい。

息を切らせて、二人で海岸に腰を下ろした。

「お前、何してんだよ・・・もう少しで死ぬところだったぞ!」

Aは息を弾ませながら言う。Aによると、夜中に突然俺が部屋を飛び出したものだから追いかけてきたらしい。そうしたら、俺がまっすぐ海に突っ込んでいく。慌てて、引き止めた、とそういうわけだった。ちなみにAは浴衣のままだった。

俺が見ていた影のことも言ったが、Aには全く見えていなかったらしい。

とにかく部屋に帰ろう、と俺たち二人はホテルに向かて歩き始めた。

途中、ふと、後ろを振り返ると、海から上半身だけ出しているような人影が手招きしているのが見えた気がした。

しかし、あのあたりはとてもじゃないが、足がつくところではない。

そうか、『呼ばれていた』のは、俺だったのだ。

その時やっと思い至り、俺は改めて肝を冷やした。

今年の夏、海に行くかどうか、俺は迷っている。

Concrete
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@むぅ
楽しんでいただいて光栄です!
また読んでくださいね

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