中編5
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当時、私は23歳だったと思う。

会社の社長と仕事終わりに、キャバクラを周るのが唯一の楽しみにしていた時期があった。

そこであるキャバ嬢と出会った。

同い年で容姿端麗でとてもスレンダーなとても好みの子だった。

もちろん連絡先も交換して、幾度か指名して仲を深めていった。

ある日、社長と2人でその子のいるキャバクラへ再び遊びに行くことにした。

いつもと同じように、いやいつも以上に話が盛り上がり楽しい時間を過ごしていた。

ただ時折視線を下に落とす事が少し気になってはいたが、相手はキャバ嬢だ。

私はそれ以上気にすることをやめた。

私が3本目のタバコに火をつけた時、突如彼女が大きく咳き込み出した。

sound:35

彼女は私の右隣に座っていて、彼女はタバコを吸わない事を私は知っていた。

以前話した時に、気管支が弱いと言っていたからだ。

私は気持ちだけでも煙が彼女の方向へ流れないよう、左隣の壁の天井に向かって煙を吐き続けた。

music:2

しかし、一向に彼女の咳が治まらない。

私は「タイミングが悪かったか。悪いことしてしまったな。」と思い、

タバコの火を消して「大丈夫?」と声をかけるために彼女の座る右隣に身体を向けた。

すると…

sound:19

咳き込む彼女の首を絞めるかのように巻きつく太い腕が見えた。

見えたのは肩から先で、身体は見えなかったが明らかに【女性の腕】だ。

ふくよかな女性の腕が、彼女の後ろから抱きつくように首に手が回っている。

music:6

彼女の咳の原因はこいつだと瞬時に悟った私は、彼女の落ちた視線を私に合わせるように顔を上げさせた。

私は彼女の目を凝視しながらこう言った。

「お、落ち着いて。まずは呼吸を整えよう!

目を見て、ゆっくりと息しよう。

吸って…吐いて。

吸って…吐いて…。」

彼女の目は涙が滲み、真っ赤になっていた。

深呼吸を数回繰り返すうちに彼女は落ち着きを取り戻し、

彼女を苦しめていた腕も気がつけば消えていた。

彼女は掠れた声で

「…ありがとう。」

と、絞り出すのが精一杯のようだった。

私はそこでようやく少し安堵したが、彼女のこの症状は今回が初めてではないような気がしてならなかった。

私は

「(身内に不幸があったに違いない)」

何の根拠もないがそう思った。

そしてそれが原因かもしれないと思った。

だが、それがあったかどうかを今この場で彼女に聞くのはあまりにも無粋すぎる。

しかし、質問する衝動は何故か抑えられなかった。

私「今からとても失礼な質問をする。

掘り返されたくない過去だったら答えなくていい。

過去に身内に不幸があったか?」

彼女「…うん。」

私「…あまり良い死に方じゃなかったな?」

sound:19

彼女「…うん。小学生の時に、お姉ちゃんが自殺した。」

私は何の根拠もない自信が確信に変わってしまったことに愕然とした。

(あぁ…あたってしまった…)

余りにも衝撃的だった。

それ以降、チェックの時間まで何を話したのかは覚えていない。

しかし、帰り際に私を見送る彼女の表情は、少しばかり霧が晴れたような気がした。

店から社長の車を停めた駐車場まではそれほど離れていなかったが、

歩いている途中に私の中で沸々と辛い感情が湧き出てきた。

それは

「悲しさ」

「寂しさ」

「強い孤独」のような負の感情ばかり。

気がつけば私は歩きながら泣いていた。

それを見た社長も驚いて、すぐに家まで送ってくれたが、

家に着いて部屋に戻ってからもしばらくの間は涙が止まることはなかった。

しかし、この感情はどこか他人行儀のような気がして、あくまで冷静だった。

涙が出てくるものの

【私自身の感情で流した涙ではなかった】

確かに仲良くしていた彼女の過去に不幸があったとしても、あくまで他人だ。

そこまで感情移入できるほど長い時間を過ごしたわけでもなかったのに、こんな感情は余りにおかしすぎる。

「これは彼女のお姉さんの感情なんだな」

と、理解した。

ベッドに腰かけた私は頭がボーッとしていた。

どれだけの時間そうしていたのかわからない。

流石に喉が渇いたので水を飲もうと顔を上げた先に、

またしても信じがたいものが目に飛び込んできた。

sound:19

【部屋の真ん中に一本の白い煙が立っていた】

その煙は動く様子もなく、私を見つめているようだった。

もちろんタバコの煙などではない。

そもそも私の部屋は24時間換気システムが作動しているちょっと良い部屋だ。

なのに煙は一向に換気口へは流れない。

この世のものではないとすぐに察し、

それが彼女の姉の霊なんだなと確信した。

そして私はそびえ立つ煙に向かってこう告げた。

music:5

「お姉さん、ついてきたんね。

お姉さん虐められてたんやろ?

辛かったんね。誰にも言えんかったんやろ。

妹もその時小さかったもんな。

辛い気持ちを誰にも理解されん事ほど孤独なことはないよな。

知ったような口を聞くのもあなたには失礼かも知れんが。

寂しかったろうに。

でもな、あんたの妹はまだこの世におるんやから、

あんたのいるところに連れてっちゃあかん。

あんたが寂しかろうが、あの子はまだ生きてるんよ。

寂しい気持ちは拭い去れんやろうが、

あんたと同じ所に行くにはまだ早い。

大事な妹なら見守ってあげな。」

告げ終わると、煙は気がつけば消えていた。

煙が消えてしばらくすると、私の中に渦巻いていたあの寂しさや悲しさといった感情も消え去っていた。

すっかり落ち着いた私は、彼女に連絡を取った。

信じてもらえるかどうかはわからないが、

起こった事、見えたもの、姉らしきものに話したことを伝えた。

彼女も忙しい身だ。

全てを伝え終わるのに2日ほどかかった。

彼女の反応を見ながら、

時に噛み砕いて詳細を伝えたりしたからなおさら時間がかかった。

しかし、彼女は最後まで真摯に私の話を聞いてくれた。

疑う素振りも見せず、真っ向から過去と私の話にぶつかってくれたのである。

だが、そんな彼女に私は一つだけ小さな嘘をついた。

私は彼女を襲った腕は、ふくよかな女性のように見えていた。

しかし、私は彼女のそのスレンダーな体型からして、

姉だとするその腕は

「ふくよかに見えたのは見間違いかもしれない」と思い、

彼女には「か細い腕」と説明していた。

私にとってはなんでもない、誰も得をしない小さな嘘だった。

彼女とのやり取りもしばらく落ち着き一週間くらい経ったある日、再び彼女から連絡が来た。

以前あった事がなかったかのように、元気になっていた。

私「あれからどう?元気になったみたいだけれど」

彼女「うん!あれから咳き込んだりもしないし、体調は安定してるよ!」

私「よかった!とにかく安心したよ。」

彼女「あの時の件だけどさ…」

music:2

私「うん…?」

彼女「やっぱりあの時見えた腕はお姉ちゃんじゃないと思うんだー!」

私「え、どうして?」

彼女「だって私のお姉ちゃん、太ってたから!」

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