中編5
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死を司る者

目を覚ますと、白いカーテンに仕切られたベッドの中に居た。

午前中に手術が終わり、まどろんでいたのだった。

手術と言っても、内視鏡を使っての手術で、お腹を切った訳ではないから普通に寝返りも出来るし、喉の辺りの鈍痛は有るけど、鎮痛剤をもらうほどではない。

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今朝は自分でもビックリするほどの量の吐血をして、胃の痛みを抑えつつ、自ら救急車の手配をしたんだっけ。

随分前から感じていた胃の不快感や痛みも、仕事の忙しさと職場の憂鬱な人間関係の中、自分で誤魔化し誤魔化し過ごして来たけれど、まさかこれほど悪くなっているとは思わなかった。

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元々が不器用な上、内向的な性格が災いして、会社でも孤立状態で、上司にも好かれていないのは知っているし、先輩には嫌味を言われ、同僚さえ仲の良い人はいない。

一度、胃の痛みで会社を休ませて欲しいと連絡をしたが、その際に『そんな事くらいで会社を休むのか?』上司に言われた一言で、それから又何かを言われてしまうのではないかと、風邪の時でも会社を休むことが怖くなってしまい、結果・・・胃潰瘍を悪化させてしまった。

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痛い思いはしたけれど、ある意味、この入院は自分を見つめ直す良い機会なのかもしれない。

点滴を見詰めながら、そんな事を考えていた。

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病室は2人部屋で、部屋の入口の人は、私よりも病状の重い人なのだろう。

ピッピッと機械音が絶えず聞こえ、ヒューヒューと規則正しい音が響く。

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夕食の時間だろうか?

食器を運ぶカートがガラガラと病室の前を通るが、私は数日、食事を摂る事が出来ない。

隣の人も看護師さんがカーテンを開けて入ったけれど、食事を運んで来た様子はない。

お腹は痛むけれど、それでも習慣なのか、食べる物を食べる事が出来ないとお腹が空く。

『もう少しの我慢!』

そう自分に言い聞かせながら、空腹感を抑えつつ、又眠りに就いた。

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『・・・・・・』

ボソ・・・

ボソ・・・

誰かの話し声が聞こえ目覚めた。

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隣の人に来た見舞い客かと思ったが、時計を見ると午前3時を回っている。

看護師さんが見回りで来て、それで隣の人と話しているのだろうか。

だが・・・看護師さんなら、部屋に入って来たらドアを開けっ放しでいる筈だが、ドアは閉まったままだ。

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それに・・・・・・・

カーテン越しに見えるシルエットは、看護師さんではない。

長い物を持った、何か・・・が、隣の人と話をしている。

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多分、あれは・・・隣の人を迎えに来た、死神・・・?

私は恐ろしさから

寝返りを打ち、窓側に身体の向きを変え、一刻も早く朝になる事を祈りながら眠ってしまった。

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朝になり、点滴を引き摺りながらトイレに行った帰り、カーテンを閉めたままの隣のベッドの前に立ち、そっとカーテンをずらして隣の人を覗いてみた。

すると、そこに居たのは喉から直接酸素のチューブで繋がれた、70代?80代?の老婆だった。

口を開けたままで目を瞑り、とても声が出せる様な状態ではない。

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私は昔から、変な物が見えたり、不思議な、怖い体験をしている。

横断歩道で擦れ違った人が生きていない人だと言うのも、一目見れば分かる。

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もう・・・お隣の老婆は死期が近いのだろう・・・。

話した事も、挨拶すら交わした事もないけれど、人が亡くなると言うのは悲しい事だ・・・。

せめて、あの老婆が苦しむ事無く天に召される事を祈ろう・・・。

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その夜も、深夜、隣のベッドからの話し声で目が覚めた。

ボソボソと小さい、囁く様な声で何かを言っているから、何を話しているのかは分からない。

私は黙って手を合わせ、静かに祈っていた。

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又、その次の夜にもソノ者はやって来た。

相変わらず、老婆と何かを話しているが、今日も何を言っているのか分からない。

私は、ソノ者がどんな姿をしているのか怖いけれど、カーテン越しではなく直に見てみたいと言う好奇心を必死で抑えていた。

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朝になり、看護師さんが私に数日振りの食事を運んで来てくれた。

食事と言っても固形物はなく、白く濁った重湯や、カボチャのスープ、そして具の無いお味噌汁などで、咀嚼をする事無くスルスルと飲み込める物ばかりだ。

だけど、暖かいその食事は、生きている喜びを十分に感じさせてくれた。

今日は一日そんな食事だったが、明日からは柔らかく消化の良い物だけど、固形物も食べられると看護師さんに言われ、思わず口元がほころびてしまった。

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その夜もソノ者は現れ、老婆と話していたので、いつもの様に私はベッドの上で手を合わせていた。

早く朝が訪れます様に・・・

今日も隣のお婆さんが無事で居られます様に・・・

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すると、話し声がいつの間にか聞こえなくなり、病室は老婆の着けた器具の機械音と、いつものヒューヒューと規則正しい呼吸音だけが響いていた。

老婆の方を向くと、仕切りのカーテンを下から持ち上げてこちらを見ていたソノ者と目が合った。

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*********************

深夜だと言うのに、夜勤の看護師達が慌ただしく走り周り、宿直の医師がバタバタと足音を響かせ部屋に入って来た。

隣の人が急変したからだ。

ピッピッ・・・

ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・・・・・

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機械音が一定のリズムを終える音が響きわたると、数分後、医師が静かに部屋を出て行く。

命を繋ぐ機械の音が止むとストレッチャーがガラガラ部屋に入って来た。

そしてそれがゆっくり出て行き、暫くは看護師達が何かをしている音が聞こえたが、やがて出て行くと部屋は静寂に包まれた。

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『内田さん!奇跡って本当にあるんですね!!』

病棟の出入り口まで見送ってくれた看護師達は口を揃え、笑顔で見送ってくれた。

車椅子を息子に押されて病院を出ると、内田さんはチューブの無くなった身体で深呼吸をした。

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*********************

『隣の人を・・・隣の人を・・・隣の人を・・・』

老婆は毎晩訪れるソノ者に、繰り返し声にならない声で訴え続けていたのだった。

そして死神と賭けをしたのだった。

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『わたしの姿を隣の者が見えたなら、お前の身体に付いている器具を外してやろう。

だが!もし私の姿が見えなければ、お前を今すぐに連れて行く!』

と・・・

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*********************

逃れられない運命で消え逝く命なのに、それでも・・・

誰かを犠牲にしてでも、命は惜しいものか・・・

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僅かな時間を楽しんでくれ。

近いうちに、今度こそお前の魂も狩りに行くから。

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クックック・・・・

死神は冷たく笑う

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