長編14
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ニエの神

僕は最近、気になっている子がいる。

毎朝の通勤電車で同じ車両に乗ってる子。

ボックス席でたまたま居合わせちゃったりしたら、もう恥ずかしくて顔なんかとても上げられない。

だからそういうときは彼女のカバンにぶら下がってる〇ッキー〇ウスのキラキラした飾りを、終点までひたすら凝視することになったりして。

今日もそんなわけで朝から首が痛い。

なにか彼女と繋がりを持てるきっかけでもないものか。

しかし僕の趣味と言ったらホラー小説を読んだりホラー映画を観たり、最近は仕事のプログラミング知識を活かしてホラーゲームを作ったりと、いずれにしてもあんまり積極的に共有していけそうなものはない。

まあ強いて言えそうなことといったら、そのゲームに使う素材の撮影も兼ねてよく旅行に行くようになったってことくらいかな。

そんなある週末、僕はとある田舎の駅に到着した。

今日は会社の同僚が個人的にやってるYouTube配信用の心霊スポット動画を撮影する約束だ。

ついでに僕のゲームに使えそうな素材も撮れるといいな。

歩いて数分のところにある古い神社が今日の目的地。

さっそく撮影の準備をしていると、ここでとんでもない奇跡が起きる。

向こうの方で楽しそうに喋りながらスマホで神社を撮影している女子3人。

なんとその中に彼女がいたのだ。

思わず唖然としながら見ていると、それに気づいた彼女の方から僕に声をかけてきた。

いつも朝会いますよね?って。

まさかとは思ったが、彼女も怖いもの好きのホラー小説作家だったのだ。

僕らは途端に話が弾んでしまい、その日の帰りにはみんなで一緒に夕食まで付き合ってもらってしまった。

心霊スポットが繋ぐ恋なんてのもあるものなのか。内気な僕と違って明るい彼女を見ていると、そんな出会いがまるで嘘のように思えてくる。

ちなみに彼女の仕事はOL。ホラー小説は趣味で書いていて、よくそれ系の投稿サイトに投稿しているんだとか。

それからは毎朝顔を合わせるたびに距離が縮まっていくのがはっきりわかった。

ただ彼女についていろいろ知っていく中で、彼女が書いている小説については一切教えてくれなかった。

もちろん本名では活動していないため、探したところでどれが彼女の作品なのかすらもわからない。

曰く、それを言っちゃったら怖くなくなっちゃうから、ということらしい。

そのうち僕らは休みの日にもちょくちょく会うようになった。

実はまだはっきりと気持ちを伝えてはいないんだが、もう傍から見れば完全に付き合ってるようにしか見えなかっただろう。

そんな関係が何となく続いていて、出会ってちょうど半年くらい経った頃だろうか、ある朝彼女の様子がいつもと違っていたので何かあったのか聞いてみた。

どうやら彼女にとって唯一の家族である母親の容体が芳しくないらしい。

会社に許可をもらってしばらく看病に専念するつもり、ということだった。

そして彼女がいない朝が続く。

その間も僕らは控えめにLINEで状況を伝え合ったり、たまには声が聞きたくて電話で話すこともあった。

しかし三か月後、とうとう彼女の母親は他界した。

家族葬と言ってもすでに親戚もおらず、結局彼女一人で弔うことになるそうなので、僕で良ければと弔問を願い出た。

遠くS県で行われた葬儀。すべて略式で行われ特に手伝うこともなかったのだが、いてくれるだけで嬉しいと、彼女はずっと泣いていた。

その後しばらくして、いつもの朝の通勤に彼女が戻ってくる。

もう大丈夫と気丈に笑顔を見せてくれるが、僕にはもちろんすぐにわかってしまった。

その週末、さっそく彼女に会った。

こういうことを話すのはまだ早いかとも思ったが、僕はもうすべてを打ち明けることに決めていた。

しかしその話を切り出す前に、彼女の方から意外な話を打ち明けられる。

実家に戻ることに決めた、と。

実家と言ってももうそこには誰もいない。

しかし今度は私が母親の跡を継いで先祖代々の墓守をしなければ、というのだ。

時代はもはやそんなことに縛られる風潮にはないはず。

だがそこが彼女らしい。

僕が魅せられているこの彼女特有のオーラみたいなものは、まさにそういう精神から生まれて来るんだと思う。

結局、名目上付き合ってはいないので別れようという切り出しでこそなかったものの、つまりはそういう話。

僕には今の仕事がある。それに家族も近くに住んでいる。

それらを一切鑑みずに、いっそのこと今ここで想いを告白してS県の実家で一緒に暮らそうだなんて、そこまで飛躍した話ができるほどそのときの僕には自信も覚悟もなかった。

それからの彼女とのLINEでは必ず最後に口癖のように、ごめんねと言われる。

しばらく眠れない日々が続いた。

彼女の引っ越し前日、僕は最後の思い出作りにと、彼女とディ〇ニーに出かけた。

彼女のカバンに付いていた〇ッキー〇ウスの飾りは、幼いころ母親に一度だけ連れて来てもらったときに買ってもらったものなのだそうだ。

帰り際、彼女はありがとうと必死に笑顔を作りながら、涙を浮かべていた。

逆に辛かったかな。

ちょっと後悔しながらも、翌日僕は新幹線で去っていく彼女を見送った。

もうLINEや電話をすることもない。

しかしその後の彼女のいない日常がこんなにも空虚なものになるなんて、まったく想像できなかった。

本当にありえないほど虚しい。

好きだったホラー系の閲覧も、途中だったホラーゲーム作りも、すべて彼女を思い出してしまって一切手に付かなくなっていた。

ただその分、仕事だけは順調だった。馬鹿みたいに打ち込むことでせめて一時だけでも彼女を忘れようとしていたのかもしれない。

それから二年の月日が流れた。

その日もやはり馬鹿みたいに仕事をして、夜中に会社を出た。

終電はとっくにないので徒歩で帰路に就く。

そもそもそんなことを続けていたせいで疲れが溜まっていたことと、それでも彼女を忘れられないストレスで精神的に参っていたこともあったのだろう。

一体どこをどう間違ったのか、気付いたら夜中の道路をぶっ飛ばすタクシーに派手に跳ね飛ばされていた。

それから三日の間、生死の境を彷徨ったらしい。

目を覚ますと病院のベッドの上。そこには両親の姿と、そしてなぜか彼女の姿があった。

まだ朦朧とする意識の中に、まさに天使が舞い降りたかのようだった。

目の前で喜ぶ両親の顔をろくに見ることもなく、その後ろで涙ながらに微笑む彼女からとにかく目が離せずにいた。

翌日、ようやく少し口が利けるようになったが、彼女の姿はもうなかった。

両親には彼女のことを何も話していないので、まさか彼女を直接呼べるはずはないし。

逆に両親から会社の同僚じゃないのかと聞かれてしまったが、何とも説明がしづらく曖昧な返事でお茶を濁してしまった。

退院は意外にも早かった。後遺症はなくリハビリもほとんど不要。奇跡的だった。

僕はすぐ彼女に電話した。そのときはまだ、そもそもあれは都合のいい幻だったんじゃないかとすら疑っていた。

しかし幻なんかではなかった。

何となく胸騒ぎがしたから、なのだと。

こんな恋愛ゲームみたいな神掛かった話があるだろうか。

この瞬間、僕の中で何かが切れた。

もう自分の気持ちに逆らって彼女のことを忘れようとするのは金輪際やめる。

半ば勢い任せに電話口ですべての気持ちを吐き出し、そっちで一緒に棲む方法はこれから考えると息巻いた。

もし新しい彼氏なんかがいても全力でぶっ飛ばしてやる。そんな風にさえ本気で考えていた。

まるでそういう僕の気持ちを汲み取るかのように、彼女は今もずっと一人なのだという。

もともとホラー小説を書くというインドアな趣味だし、新しい職場でもおじさんやおばさんたちとの付き合いはあっても、出会いらしい出会いなんてまったくないのだと。

それからというもの、また彼女との繋がりがある日々に心を躍らせながら、僕は着々と移住計画を進めた。

さすがにS県で新たに今のような仕事を探すのは難しそうなので、とにかく今の会社を辞めずに済むように、上司にリモートワークを説得するための環境づくりやら、非常勤のバックアップをしてもらう後任者選定やら、それはもう業務外の色んな所を駆けずり回った。

そんな数か月に及ぶ努力がようやく実り、いよいよ計画が現実味を帯び始めてきたころ、唐突に彼女から妙な相談が持ちかけられる。

どうも何か様子がおかしいらしい。

最近彼女の周りでは、不審な事故や自殺などの良からぬ出来事が目に見えて多発しているという。

事態が落ち着くまではこちらに来るのは危険かもしれない、と。

元々怖いもの好きの二人だけに、確かにそういう類の事象にはやや敏感なところもある。

特に彼女は霊感も強いらしいので尚更だろう。

しかし今の自分はまさに彼女のおかげで、本気で無敵なんじゃないかと思えてしまうほど精気に満ち溢れている。

もはやそんな不確実なことでこの計画を諦められるほど浅い気持ちではない。

僕はとにかく彼女を安心させたかった。

やっと見え始めた二人の希望を、何があっても消し去りたくなかったんだ。

いよいよ移住も秒読み。うちの両親にもきちんと話して納得してもらった。

そんな折に彼女から、会って話したいことがあるというLINEが入る。

その週末、お互いの中間地点にある駅前のレストランで待ち合わせて、久々に彼女と会った。

しかし彼女にはいつもの笑顔はなく、なぜか悲し気な表情で俯いている。

それどころかよく見ると、化粧でうまく胡麻化しているようだがその顔や手には薄っすらと生々しい無数の傷跡も見える気がした。一体何があったというのか。

だが僕の話や問いかけにも、うん、うん、と終始小さく頷くだけ。食事にもほとんど手を付けない。

店を出てからも、しばらく二人で静かな田舎道を歩く。

何かただならぬことがありそうだが、とにかく話せる気持ちになるまでは時間をかけて待つ。

誰もいない公園のベンチに座って、近くの自販機で飲み物を買ってくる。

すると突然、お母さんが……とだけ言って、息を詰まらせ泣き出した。

それ以上のことを聞いてもただ首を横に振るだけ。ただ、私がいけないんだ、と。

そして衝撃の言葉。

ごめんね。もう一緒にはなれない。

そう言うと彼女はおもむろに首飾りを外し、呆然と動けずにいる僕の首にそっと掛ける。

どうか私の願いを無駄にしないで。

僕の目をじっと見ていたかと思うと、そのまま目を閉じて優しく唇を重ねてくる。

それはまるで無限の時間のように感じられた。

そして僕の目を見ることなく俯くと、彼女は小走りに行ってしまった。

僕はただ頭が真っ白になって立ち尽くしていた。

その日は夜になるまでベンチに座って伏せていることしかできなかった。

気が付くと夜風がかなり冷たい。

このままではまずい。力ない足でフラフラと歩き出すが、しかしもうとても家まで帰る気力などない。

僕はどうにか駅前まで戻り、手近なビジネスホテルのベッドになだれ込んだ。

翌朝、とにかくもう一度彼女に電話をかけてみる。

だが悪い予感がしていたとおり、それ以降はもう何度かけようと、電話もLINEも二度と繋がることはなかった。

しばらくは失意に暮れる。

だが当然のように吹っ切れる。

このままなんて帰れるわけないだろ。

僕は意を決して、その足でS県まで行くことにした。

到着は夕方ごろになってしまった。

以前に葬儀で訪れていたので、もちろん彼女の実家の場所はしっかり覚えている。

しかしその状況を見て足が凍り付いた。

玄関や窓のガラスは割れ、外壁や庭もめちゃくちゃに荒れている。

それだけではない。

何やら妙なお札が貼られていたり、隅には盛り塩もされている。

インターホンを鳴らすが、反応はない。

一体何があったというのか。

思い切って玄関の戸に手をかけてみると、鍵がかかっていなかった。

見ると家の中も同様に酷い有様。しかし物取りの被害と言うには何か少し違和感がある。

気になるのはやはり妙なお札や盛り塩が無数に置かれていることだった。

それに仏壇に位牌がない。つい先日の葬儀では、先祖代々の位牌がたくさん並んでいたのに。

誰かいるのか!?

不意に後ろから男の声がしたので振り返ると、地元民と思われる知らないおじさんが怪訝そうな眼差しを向けていた。

僕はこの家の知り合いを名乗り、何が起きたのかを聞いてみた。

おじさんはしばらく黙って睨んでいたが、ふっとため息をつく。

あんた余所者だな、余所者は知らん方が良いこともある、と目を逸らした。

しかし当然のように僕は食い下がる。

その妙な勢いに根負けしたのか、おじさんはしばしの沈黙の後、今夜泊まるところはあるのかと聞いてくる。

当然そんなことを考えているわけがなかったので素直にその旨を伝えると、今日はもう遅いからとりあえずうちに泊まれと言ってくれた。

何があったのかを教えてやるよ、と。

急な訪問にもかかわらずおじさんの家で奥さんにおにぎりまで振舞ってもらい、僕は急にかしこまってしまう。

そしてその席で、おじさんは最近起きた出来事を静かに語り始めた。

最初に異変に気付いたのは、角のタバコ屋のおばさんだったらしい。

最近この近隣に立て続けに起こる、とても普通とは思えない不幸の連鎖。

その魔の手があるときついに、そのおばさん自身にも襲いかかったのだそうだ。

雨が降る薄暗い夕方、おばさんが店の戸締りをしていると、後ろの押入れから唸り声のような妙な音がしたという。

不審に思って恐る恐る開けてみると、そこには血だらけの白い着物を着た老婆がうずくまっていたそうだ。

思わず腰が抜けて動けずにいると、老婆は不自然な動きでぬらりと立ち上がり、ひたりひたりとおばさんの方へ歩み寄って来る。

目の前まで近づかれたとき、恐怖のあまりふとその顔を見上げると、どうもそれが先日亡くなったあの家の婆さんだったらしいんだ。

その瞬間おばさんが咄嗟に大声でその婆さんの戒名を叫ぶと、その怪物はカナギリ声を上げて煙のように消えていったんだという。

翌日おばさんはその話を長老のところへ持って行き、そこでようやくこの不幸の連鎖の正体が暴かれることとなる。

このあたりには古くから、何でも願いを叶えてくれる呪いの儀式が伝わっているという。

ただし今ではそれを実際に行うものはなく、その方法も何百年も封印され続けてきたらしい。

何しろその儀式は恐ろしいことに、願いが叶った暁には必ず生贄を要求されることになるのだという。

しかもその生贄も誰でも良いとはいかず、儀式を行った者に最も近しい者が選ばれるとされているらしい。

もしその生贄を捧げることを怠るなら、それはやがて必ず祟りとなって現れ、儀式を行った者の周りから渦を巻くように地獄の災厄が広がっていく。

おそらく本来の生贄が見つかるまで手当たり次第に殺していくということなのだろう。

願いが叶うなどと言っても所詮あれはそんなおぞましい代物だから、結局その実、人を呪い殺すために使われる禁忌の儀式とされてきたのだそうだ。

今回のこの災禍の根源は、紛れもなくその儀式。

戒名を唱えることで怨霊が去ったというのが何よりの証拠。

そして祟りを受け怨霊と化した者の正体こそが、儀式を行ったのが誰なのかを如実に示す証拠なのだと。

それを知った犠牲者の家族の怒りたるや。

もちろんそんなことを裁判沙汰にできるはずもなく、中には暴力的な行動に出る者も少なくなかったということだ。

彼女の家にもお札や盛り塩がされていたのは、怨霊と化した自らの母親を封じ込めんとするためだったのだろう。

おじさんは煙草に火を付け、一呼吸置いてから続けた。

一体彼女は儀式のことをどこでどう聞きかじったのか、おそらく最後に生贄を捧げなければならぬというもっとも重要なところを知りもせずに、あれに手を出したのだろう。

何しろ彼女にはすでに身寄りがなかったはずだからな、と。

そこまで聞いて、ふとあることに気付く。

そう、彼女にはもう身寄りがない。確かにそうだが、でもだからとて生贄は生贄。

その場合、彼女に最も近しい者となるのは……

その瞬間、遠くで変な唸り声が聴こえた気がした。

背筋が凍り付き、嫌な汗が流れ出す。

ここに来てはいけなかったのかもしれない。

どうやらおじさんも声を聴いたらしく、真顔で辺りを見回している。

そんなおじさんの背後に佇む奥さんを見て、僕は縮みあがった。

その顔にさっきまでの穏やかさはなく、だらりと開けた口から涎をだらだらと垂らしながら、目は左右反対にぐるぐると回っている。

そしてみるみるうちにその顔が変わっていく。それは確かにあの葬儀のときに写真で見た彼女の母親の顔だった。

ミツケタ。

ニタリと笑うその両手には包丁が握られている。

おじさんもそれに気付き、咄嗟に大声で戒名を唱える。

しかしなぜか怨霊は消えることなく、じりじりと迫り寄ってくる。

これは、いよいよ本当に殺される。

そう思った瞬間、突然ガタンと大きな音がして、強い揺れが襲ってくる。

かなり強い地震のようだ。

その揺れの中で怨霊が突然カナギリ声を上げ、そしてその体から何かが煙のように立ち上り消えていったのを確かに見た。

やがて揺れが収まり様子を確認すると、そこに倒れていたのは元の温厚な奥さんだった。

おじさんは奥さんをソファーに運ぶと静かに一言、時間か、と呟いた。

時計を見ると夜中の十二時。

残念だが彼女はたった今亡くなった、と。

一体何を言っているのかわからなかった。

亡くなったとは、誰が?彼女が?彼女って……

僕は頭が混乱していた。

実はこの災厄を鎮める方法が、生贄を捧げる以外にもう一つあるという。

それは儀式を行った者自らが、その災厄の使者である者の位牌を砕いて呑み、さらに先祖の位牌もすべて燃やした上で、夜中の十二時にある場所で首を吊る、というもの。

その行為は本来の生贄の代償として、ニエの神の祟りを鎮め給うとされているそうだ。

おそらく犠牲者の家族のうちの誰かが、彼女には身寄りがないということでその方法を伝えていたのだろう。

これ以上災いを広げてくれるなということだ。

もう涙なのか何なのかわからない全部が顔中から溢れ出し、息をすることさえできなかった。

そうか、やっぱりあんたは彼女の……

そこまで言いかけて、おじさんは黙り込む。

彼女の亡骸はもうこの世には存在しない。

葬儀をすることも許されない。

すまないことをした、と。

あのとき怨霊に対して戒名の詠唱が効かなかったということは、生贄に選ばれた者がすでにその視界に入っていたことを意味する。

つまり疑いようもなく、僕は彼女に最も近しい存在だったということだ。

願いが叶う前であれば儀式を撤回する方法もあったというが、もう今更そんなことは慰めにもならないしどうでもいい。

それよりも思うべきは、彼女がそうまでして願ってくれたこと。

あのときの交通事故からの命拾いは、あれは奇跡でも何でもなかった。

霊感の強い彼女は僕の命が危ないことを直感的に感じ取っていて、そしてたとえ後で自分がどんなことになろうと、迷うことなく禁断と呼ばれる願掛けを実行したんだ。

あれは、あのとき救われたのは紛れもなく、彼女の愛の証だったのだと悟った。

今でも脳裏に焼き付いている、あのときの天使のような笑顔を僕は忘れない。

その日はとうとう朝まで泣き明かし、最後には世話になったおじさんにも深々と頭を下げ、そして帰路に就いた。

その後すぐに、僕は会社を辞めた。

一年間は旅に出ようと決めていたのだ。

彼女に救ってもらったこの命で歩き、そしてこの形見の首飾りを連れて風を感じたい。

少しでも彼女の供養になればという想いだった。

ごめんね。

どこかで彼女の声がしたような気がした。

その後に就職した会社で僕はまた新しい仲間とともに再スタートを切ることになるのだが、このときの僕はまだ知る由もなかった。

彼女が死の間際に残していた、最後のネット小説の存在を。

Concrete
コメント怖い
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