長編20
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デビュー

「あ~本当に来てしまった......」

私は今1人、心霊スポットである廃ホテルの前に佇んでる。

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私の学生時代は地獄だった。

と言っても特にイジメを受けていたわけでもなく、家庭環境が悲惨だったわけでもない。

ただ私は地味だった.....休憩時間にみんながワイワイ話をしている傍で長いスカートに黒縁眼鏡を掛け、私は黙々と本を読んでる.....如何にもって感じの雰囲気だった。

別に本が好きなわけでもない、嫌いというわけでもないが。

ただ「私がみんなと話さないのは本に集中してるから」と理由付けの雰囲気を出したいだけだ。それをした所で友達が増えるわけでもないのに.....あわよくば、「それ、何の本読んでるの?」と話し掛けられ、その話題で盛り上がり、友達関係を気付きたいという野望もあった。

一度でいいから人気者になってみたかった。周りに必要とされ、人が自然と集り、何の変哲もない言葉を交わし合い、笑ったり泣いたりしたかった。

でも叶わなかった......積極性がなかったのだ。

周りからすれば、「なんか眼鏡掛けて地味で本好きの奴が居たな~」ぐらいの記憶しか残ってないだろう。

だが......

学生時代はそうだったかもしれないけど、これからは違う!私は変わるんだ!

これから私は人気者になるんだ!

私はポケットからスマホを取り出した。

今人気の動画投稿サイトで発信をする。スマホ1本で可能だから金も掛からない。

投稿内容だが、こういうのはどうだろうか。

(心霊スポットに1人で潜入してみた)その様子を実況する。

という内容だ。幸い私は女性......女性で心霊スポットに1人で行く猛者は流石にいないだろう。

「これはバズる......」

私は確信を持ったように顔を上下させて頷いた。

早速準備に取り掛かろう。

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私は懐中電灯、動画で内側も撮影できるように自撮り棒も購入した。一応お札も購入した......

そして適当な場所でスマホをインカメにし、自撮り棒を差し動画を回す。

「さて、今日はあの有名な○○ホテルの廃墟に潜入していきたいと思います!早くも脚が震えております(笑)」

「この心霊スポットは部屋の鏡を見ると自分のすぐ隣で女性の霊が現れるという、至ってシンプルな噂があります!では早速参ります!」

動画を止める。

よし。これでオープニングは撮れたな。

初めての動画撮影。これから有名になることを想像すると、それだけで全身で高揚感を抱く。

「後は廃墟を実況するだけだ」

私はナビに目的地を設定して車を走らせる。

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3月2日。

まだまだ衰えない寒さの中、マフラー、ニット帽、ダウンジャケットを着用し、完全防御体制だ。

時刻は22時を過ぎた頃。

心霊スポットに向かう途中の山道から既に雰囲気が醸し出される。

左右に草木が生い茂られ、車道は1台通れるほどの幅。

「け、けっこう怖いな.....」

冷静に考えれば車で暗い山道を走っているだけで普通に怖い。

様々な想像が膨らむ。

ルームミラーを覗くと後部座席に誰か座ってたらどうしよう.....

山道で誰か彷徨っていて、目が合うと.....みたいな事にもなるかも......

想像したらきりがない。よくある心霊体験が容易に連想できる。

私は、音楽の音量を上げた。最近流行りの某アーティストのjポップが流れてる。心なしか車のスピードも上げた。

そして何事もなく目的地に到着した。

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ホテルには一応駐車スペースが有り、そこで車を止めた。

ヘッドライトと車のエンジンを切る。今まで車中で聴いていた音楽が停止される。

その瞬間、異世界に来たような感覚に陥る。

先ほどまでと違って風の音や虫の囀りしか聴こえて来ない、辺りは真っ暗で何も見えない。

人の気配もなく、どんよりとした雰囲気だけが身体の中を駆け巡る。

「うぅ、ヤバい....実際来てみたけど、思ってたよりマジでヤバい.....」

私は人気者になる為、言わば(ノリ)だけでここまで来てしまったのだ。

実際の雰囲気は山道なんかとは比べ物にならないほど総毛立つ。

「く、車から降りなきゃ....あ、まずは懐中電灯だ....」

私はかなり怖気づいていた。後悔さえ感じざる負えない状態だった。

「ダメだ....ここで逃げたらダメ.....またいつもの地味な自分に戻ってしまう....」

「行こう....!」

私は半ば開き直って車を降りた。

私は懐中電灯を付け、スマホをポケットから取り出し、動画を回す。

潜入するホテルの外観を懐中電灯で照らしながらそこにカメラを向ける、「は、はい○○ホテルの廃墟に到着しまし.......た........」

恐怖のあまり言葉が出ない。外壁は所々剥がれ、入り口付近には(○○ホテル)と文字が掠れている看板がある。

とにかく廃墟の雰囲気に圧倒されてしまう。

一旦動画を止める。これを生配信にしなくて良かったと少し安堵する。

「気合いを入れよう。気合い入れてもう一度.....」

私は自分を鼓舞させるように出来るだけ大声で叫んだ。

「あぁー!!!!」

自分の情けない声が建物で跳ね返り耳管を通過する。

「よ....よし....再開だ....」

動画を回す。

「はい!○○ホテルの廃墟に到着しました!今から潜入したいと思います!」

動画を回しながらホテルの入り口へ向かう。

懐中電灯で外観を照らしながら指で階数を数えた。

「階層は.....1,2,3,4,5....5階層のようですね!」

「では中に入って行きます!」

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入り口は錆びれ、所々腐っており、扉は常に開放状態になっていた。

緊張のあまり手や脇から汗が滲む。

「流石何年も使われていないからか雰囲気ありますね~」

「あっ、ここがロビーのようですね。まだ受付のカウンターが残ってますね~」

「あっ、客室の鍵がまだ残ってますね~見えますかね~」

鍵の部分にスマホを近づけた。大きな銀色の輪に鍵が通されている。

「鍵は全部で~2、4,6............

25個.....?ですかね......まだ使えるんでしょうかね~」

「ここは従業員の部屋のようですね。」

扉を開けようとする。

(ガチャガチャ)

扉は固く閉ざされている。

「ここは入れないみたいですね~鍵も.....見当たらないですね。」

動画を止めた。

「いや怖すぎる.....マジで怖い........雰囲気がもう......」

微かに双眸から涙が滴り落ち、口や手が震える。

「鍵が25ってことは.....1フロアに5部屋って感じか......全部行った方がいいのかな......そもそもこの鍵使えるの?部屋に鍵掛かってるの?」

「まぁ.....行ってみるか......ハァ......」

自然に溜息が出る。

「フロントは......他に調べることがないか.....2階から客室になってるのか」

動画を回す。

「さて、流石にエレベーターは使えないので階段で2階に上がります。」

「ハァ.....ハァ......」

恐怖からなのか体力がないのか、息切れがする。

階段を上ってその先に(2)と記載されたプレートを発見する。

「ハァ......ハァ......2階に到着しました。ではまず、201から........」

ここで私は気付いた。気付いてしまった。冷静に考えれば5階層で客室の鍵が25。

フロントの階層には客室が存在しないので鍵が多い。2階からの計算だと鍵が5個多い。

動画を止めた。

「怖い.....怖すぎるんですけど......どういうこと.....?」

鍵を確認する。よく見ると2階層の鍵は201~205とシールに記載されている。3階も同じ。他も同じ。

ただこの501~505が存在しない部屋という事になる。

私は全身に鳥肌が立った。

「もう帰ろう.....動画なんかどうでもいいや......」

と帰ろうしたが、途中で脚が止まる。

「あれ?でも.....動画的にはおいしい展開ではないだろうか.....?」

怖いという感情と動画撮影の使命感で気持ちが逡巡する。

「そもそも最初に指で階層を数えた時に間違えたかもしれない....うん、そうに違いない!」

私は自分にそう言い聞かせ、動画を回した。

そしてその出来事を口頭で説明しつつ、201号室へ歩き始める

「ほんっとうに怖いです。怖いですけど頑張ります」

そう言いながら201の鍵を差し込む。

(ガチャ)

鍵が開いた。

「開きました。結構サビついてたけど何とか開けることが出来ました。では中へ入ってみたいと思います。」

動画を回しているので平然を装ってはいるが、心臓は鼓動が速くなり、全身の毛穴から汗が滲み出ていた。

(ギィー)

古くなった扉からはこのような擬音を奏でる。

「失礼しま~す」

囁くような声で部屋の中へ入る。

中は埃が宙に浮き、錆びついたような異臭が鼻腔を刺す、部屋は9畳ほど。収納スペースと端の方に古びたベッドが置かれているのみだった。

私は鏡を探す。

しかし、辺りを見渡すと鏡などない。

「鏡は......ないようですね~」

「というかベッドしかありませんね。」

懐中電灯を照らしながら部屋の状況を説明していく。その時.....

(ジャリ)

なにか複数の細かい物を踏んだ音がする。

懐中電灯を照らす。

「あっこれ鏡の破片ですね。割れたような後があります。」

平然を装ってるが、もちろん怖い。

「じゃあこの位置に鏡があったんですね。」

破片が落ちている目の前の壁が少し窪んでいる。恐らくここに鏡があったと考察できる。

「他の部屋も行ってみます。」

一旦動画を止めた。

「すぅ~~ふぅ~~」

深呼吸を行い、思考する。

不明な点が2つある。

まず鏡がこの窪みに嵌め込まれてたとしたら、自然に細かく割れるのは不自然になる。何者かが意図的に割ったに違いない。

「誰が、どういう意図で.....いや、ここは心霊スポット、そういう荒くれ者が来ていても不思議じゃないな」

問題はもう1つの疑問。

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なぜ、扉に鍵が掛かっていたのか。

このホテルを廃業する際に、従業員が全ての鍵を閉めフロントに鍵を置いた。それも少し疑問だが、今は置いておく。

その後、心霊スポットとしてこの場所は有名となる。

そこに訪れた者が全員この鍵で扉を開け、帰る間際に鍵を閉めて行くとはどうしても考えにくい。

鏡を割るような連中が律儀に鍵なんか閉めて帰るわけがない。

そもそも扉を突き破って侵入してないのも不思議なぐらいだ。

もし、この部屋に廃業してから誰も入ってないとなれば、鏡が割れているのが説明できなくなる。

「まぁ従業員が割ったとも考えれるな。」

「.......」

「怖いけど、考えても仕方ないから他の部屋も見てみよう」

動画を回す。

「それでは次、202にお邪魔します。」

(ガチャ)

また鍵が開いた。

「おっ、また鍵が使えましたね。失礼しま~す。」

囁くように挨拶を行い、恐る恐る入室する。

「特にさっきの部屋との違いはないようですね~」

「ここにも鏡はありません。次の部屋に行きます。」

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そして201~205号室全ての部屋の確認を終えた。

「さて、これで2階全ての部屋の探索が終了ですね。全部屋に鏡はなかったですね。」

「それでは次、3階に参りましょう。」

一旦動画を止めて、深呼吸をする。

「ハァ~まだまだ先が長いな......」

「それに、なんでこのフロア全部の鏡が割られてるのかな......」

「まぁできるだけ早く終わらせよう.....」

動画を回す。流石に少し慣れたような手際になる。

「さて、3階に到着しました。早速部屋に入っていきます。」

301号室のドアノブを回す。

(ガチャガチャ)

やはり鍵が掛かっている。

私は301と記載された鍵を差し込む。

(ガチャ)

鍵が開いた。

「ここも無事開くようです。では潜入します。」

「失礼しま~す。」

辺りをカメラを向けながら見渡す。

「う~ん、ここも特に変わったこ所はな........」

ここで私は気が付く。

鏡がある。201~205は存在しなかった鏡がここにはある。

私はゴクリと生唾を飲む。

「み.....皆さん.....ついに鏡を発見しました。」

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私は動揺しながら恐る恐る鏡に近づく。

「で、では噂を検証したいと思います.....」

カメラを構えながら鏡の前に立つ。

埃ががぶって少し曇っている鏡からはカメラを構えた自分を映し出す。

しかし隣には誰も映し出されない。

「特に変わった事は起らないようですね~」

私は心の底から安堵した。

「では引き続きこのフロアの探索を行います。」

と私は急ぎ足で部屋を出ようとする。

その時......

(パリッ!)

ひび割れたような音が耳管を通す。

「え......」

私は咄嗟に鏡の方へ視線を向けた。

鏡を見ると3センチ程の線が縦に刻まれていた。

「今聞こえましたか......?パリッ!って音がしました。そして見てください鏡にひびが入っています......偶然でしょうかね......」

私は動画を止める。

「怖い......」

まるで心臓を何者かに鷲掴みにされているような感覚に陥る。

「でも......ここで辞めるわけには......」

もはや恐怖心よりも使命感の方が上回っていた。

動画を回す。

「では引き続き、302の方に行ってみたいと思います......」

私は302号室のノブに手を伸ばす。

(ガチャガチャ)

ここも同じようだ。

鍵を差し込む。

(ガチャ)

「失礼します......」

か細い声と共に入室する。

辺りを見渡し、鏡を発見する。

「この部屋にも鏡があるようですね......」

カメラと共に鏡の正面に立つ。

その瞬間......

「きゃ!」

私は驚きのあまり、スマホを落とし、踵を返す。

「い、いま、顔のようなものが......」

恐怖心はあるが怖いもの見たさの為かゆっくりと、鏡に近づく。

「あ......シミか......それにしても......」

鏡には先ほど自分が立っていた丁度、右肩辺りに大きな円形の茶色いシミがあった。

「取り乱してごめんなさい、鏡のシミが人間の顔に見えてしまいまして......」

私はカメラを鏡に近づけた。

「これ、顔に見えませんか......?」

誰も居ない部屋でスマホに向かって質問を投げかける。傍から観れば滑稽だ。

その後、303~305は鏡があるだけで特に変わった事は起きなかった。

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「さて、次は4階ですね。」

私は薄暗い廊下を懐中電灯で照らしながら階段に向け歩いていく。

階段を上り終えた頃、異変に気付く。

「......5?」

そこには(4)と書かれているはずのプレートに(5)と記載があった。

「あれ......?」

私は混乱し、動画を止めた。

「......」

沈黙とした廊下で私は立ち往生する。

「あっ!」

私は閃いた。

「不吉な数字だからか......だから(3)から(4)じゃなくて(3)から(5)にしたんだ。となると、4階の鍵が不要になるのか......?となると......ん......?次は(6)になるはずだから、6と表示された鍵が必要になる......?」

頭が混乱してきた。

「そもそもこのフロアは私が持っているこの(5)と記載された鍵で合うのだろうか......?」

冷静に思考している最中にふと現実に戻る。

「私は何をしてるの......?ついノリだけでここまで来たけど、本当に冷静に考えると1人、廃ホテルで動画回しながらフラフラと彷徨って......正気の沙汰じゃない......」

自分に対して少し哀れみの笑みを浮かべる。

「まぁ、ここまで来たら最後まで行こう......もうどうとでもなれ......」

これで何度目の決意になるのか。私は動画を回し、自分の思考を口にしながら501号室へ歩いていく。

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「さて、501に到着です。」

早速手を伸ばしドアノブに触れる。

その瞬間、私は悪寒を感じた。

特に何かが起きたというわけでもないが、なにか嫌な予感を全身で感じ取った。

しかし私は自分の感情を抑え込みドアノブを回す。

(ガチャ)

「え......?」

今回は鍵があらかじめ開いた状態だった。

「ここは鍵が閉められてなかったようですね......では潜入したいと思います......」

私はドアを開ける。

(ギィー)

「お邪魔しま......」

部屋を懐中電灯で照らす直前に私は気づいた。

誰か居る......誰かが鏡の前でボソボソと呟いている......

「......#$.....%$ぃ......」

姿は暗闇で見えないが、何者かの存在は感じ取れる。何を言っているかは聴き取れないが、掠れるような声でその何者かは呟いていた。

「....!」

私は片手で口を押えて声を必死に殺し、廊下へと後退りした。

完全に開ききったドアは幸いなことに自動的に閉まる作りになっていた。

だが、後退りしドアが閉まる間に私はあの何者かと目が合ってしまった。

暗闇で姿こそ見えないが、その眼球だけは、まるで猫のように光り輝き、切り裂くような鋭い視線を感じた。

私はドアの前で脱力し、その場で立ち尽くす。動画の事なんか頭にない。

その瞬間、

(ドンッ!)

目の前のドアが何者かに激突されたかのように微かに揺れる。

「ひぃっ!」

私は声にならないような奇声を上げ、その場を立ち去ろうとした。

その瞬間、何者かが居た部屋から(ガチャ)とドアを開く音が聞こえた。

振り返ることをせずに、咄嗟に502号室に入る。

ここも鍵が開いていた事は不幸中の幸いである。

廊下でヒールのような足音が(コツ、コツ、)と木霊する。

「私を......探してる......?」

私は部屋の収納スペースに入り、身を潜めた。

ここで私は気が付いたかように肩にぶら下げてる小さなポーチからスマホと入れ替えるようにして、購入しておいたお札を取り出す。

そのお札を強く祈るように握りしめた。

「お願い......来ないで......お願い......」

祈りとは裏腹に廊下に響く足音が502号室のドアの前でピタリと止んだ。

(ガチャ)

ドアが開く音がする。

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私は声を必死に押し殺し、収納スペースで震えていた。

すると再び、

「......#$.....%$ぃ......」

掠れるようなあの声、生きている人間が発する声音には聴こえない。

私は収納スペースから少し隙間を開け、覗き込んだ。

いる。その何者かは確実に鏡の前に佇んでいる。

鏡のある位置の丁度正面に私が隠れている収納スペースがある。

今逃げだしたら確実に気付かれる。

「......#$.....%$ぃ......」

相変わらず何を口ずさんでるかは不明だ。

私は収納スペースの隙間を閉め、その何者かが立ち去るのをお札を両手で抑え込むようにして握り込み、震えながら待った。

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あれからどのぐらい経っただろうか。

スマホを覗き込む、時刻は23時50分。

助けを呼びたいが、圏外のようだ。

「......#$.....%$ぃ......」

あの者はまだ鏡の前に居る。いくら耳を澄ましても何を言ってるのかわからない。

私は待った。あの者が立ち去る、その瞬間を。

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10分、20分、30分が経過した。

今だ鏡の前の何者かは立ち去るそぶりを見せない。

私は段々と怖いという感情を通り超え、怒りの感情が芽生え始めた。

この何者かに対してなのか、今までのように何も行動に移せない積極性のない自分に対してなのかは定かではないが。

とにかく私は怒っていた。

静寂が続くこの収納スペースの中で私はポーチから水が入ったペットボトルを取り出した。ここに来る途中に購入した物だが、まだ口を付けていない新品だ。

私は収納スペースを勢いよく開け、鏡に向かってペットボトルを投げた。

「パリッ!」

鏡に少しひびが入り、あの者の姿は消えていた。

私は全身の力が抜け、その場に座り込んだ。

「これが......正解だったの.....かな.....?」

しばらく呆然とし、ゆっくりと起き上がった。

そして鏡の正面に立ち、懐中電灯を照らす。

「あ......」

私の傍らには先ほどの何者かがしっかりと鏡に映り込んでいた。

しかし、

先ほどの鋭い猫のような眼球ではない、肩を覆いかぶさるようなサラサラとした長い黒髪、肌は透き通るようなきめ細かさ、黒目が大きいキラキラとした双眸を半開きにさせ、頬が少し緩み、こちらに微笑み掛けているように映る。

私は同性ではあるが、あまりの美しさに恐怖心を忘れ、見惚れてしまう。

「あ.....あの....」

そう声を掛けた瞬間、

(パリッ!....パリパリパリ!)

崩れるように鏡が割れてゆく。先ほどのペットボトルの衝撃と古く錆びついた鏡の脆さが重なりなったのだろう。

目の前はただ窪んだ壁が佇んでいる。

私は視線を下に移す。

複数の鏡の破片とさきほど投げたペットボトルが転がっている。

私はペットボトルに手を伸ばす。

その時、自分の想像していた重さとは異り、過剰に上へ持ち上げてしまう。

中身は空だった。

「......」

私は思い返す。

あの掠れた声、あの何かを訴えるようなどことなく切ないような呻り声。

「喉が....乾いてた.....?」

そう考えると辻褄が合う。あの満足したような美しい微笑みも納得できる。

あの女性は喉の潤いを満たすことができ、成仏したのだろうか....?

それとも単純に鏡が割れたから消えただけなのであろうか.....?

私は真相が知りたくなり、501号室へ向かう。

501号室の前に立ち、ドアノブを回す。

(ガチャガチャ)

「鍵が閉まっている.....?」

持って来た501と記載された鍵を差し込む。

(ガチャ)

鍵が開いた。

私は入室し、辺りの見渡した。

「鏡がない.....」

先ほどまであったはずの鏡は下のフロア同様に割られていた。

ということは、鏡を割っていたのも、ドアに鍵を掛けたのも、あの女性ということで辻褄が合ってしまう。

私は502号室へ再び行く。

(ガチャ)

鍵が開かれた状態だった。

そして503~505号室も同様に鍵が開かれてる状態だった。

中に入ると鏡がある。

懐中電灯で照らしながら鏡を覗き込むと、そこには自分しか映らない。

となると、彼女は喉の渇きを潤すことで成仏したという見解が強くなる。

私はここで思い出す。

「あっ動画だ.....」

お札と入れ替えるようにしてポーチに仕舞ったスマホは、まだ動画再生中になっている。

私は動画の再生を止めた。

「帰ろう....」

この廃ホテルの怪異は終わったのだ。私は上の階に上がることなく階段を降り、フロントへと向かった。

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フロント着くと大きな銀色の輪に掛かった鍵の束を元に位置に戻す。

そしてふと視線を従業員室に向ける。

ドアが半開き状態になっていた。

「あれ.....さっきまでは......」

私は好奇心に勝てずその部屋に入る。

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中は客室同様に埃が舞い、錆れた臭いが鼻腔を刺す。

テーブルが幾つか並べられていて、壁は所々腐っている。

辺りを見渡すと、壁に1枚の紙が張り出されていた。

その張り紙は、ゴシップ記事の一部を切り取ったような感じだった。

私は内容を確認する。

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所々文字が掠れて読めないが、要約するとこんな感じだ。

今から20年前のものだった。

○○ホテルにて、女性の遺体が発見される。長い間、女性は手錠を掛けられ監禁されていたようだ。

食量を支給されず餓死。と記載がある。

従業員が犯人だったとのこと。

犯行理由の欄は掠れていて読めない。

監禁された女性の顔写真が載せられていた。

「ああ、間違いない.....あの女性だ.....」

私は考えた。彼女の心情を考えた。

彼女は監禁中を何を想ったのだろうか。

長時間食事も支給されず、狭い孤独の空間で何を想っただろうか。

犯人への憎しみ?死への恐怖?徐々にやつれてゆく自分を鏡で見て、彼女は何を.....

私は彼女が鏡で囁いていた事を思い返す。

「......#$.....%$ぃ......」

「......#$.....%$ぃ......」

これは私の想像だが、彼女はこう囁いていたのではないだろうか。

「醜い、醜い」と。

だから彼女は鏡を......

その時の心境を誰かに伝えたくて、部屋の鏡を割り、鍵を掛け、全部屋をあの時の状態にしていってるのではないだろうか。

従業員室を開けたことも、心情を私に伝えるため.....?

そう考えると胸が締め付けされそうになる。

「苦しかったよね.....寂しかったよね......」

私は自然と双眸から大粒の涙が溢れ出た。

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その後、私は従業員室を辞した。

廃ホテルを出るとホテルの方へ振り返り、両手を合わせ、瞼を閉じた。

「どうか、健やかに.....あと遊びでここに来てしまって、本当にごめんなさい.....」

そして駐車スペースに戻り、車に乗り込み、廃ホテルを背に走り出す。

車内には某アーティストのjポップが流れてる。なんだか懐かしく感じる。

ふとカーナビの時計に視線を向ける。

1時25分。

滞在時間は1時間程度である。その後無事、帰路に着くことができた。

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部屋のベッドで横になりながら、今日の動画を観返す。

オープニングは撮れているが、

廃ホテルに着いてからの映像は画面が終始真っ暗で私の声しか録音出来ていない。

私は驚いたが、今日経験した数々の不可解な点に比べたらそれほど大した事でもないか。と思ってしまう。

そもそも今日の出来事は投稿してはいけない。あの出来事、彼女のことは、私の心に秘めておこう。

そう強く感じた。

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~3日後~

私は昼食屋を探していた。

人々が行き来する繁華街をただ茫然と1人で彷徨う。

そこで遠目だが、路地と路地の間で1人両手を目に擦り付けるようにすすり泣いている少年を目にする。

複数の人々の声音が交じり合い、少年の声はこちらまで届かない。

そして誰も声を掛けようとしないのだ。

どうしてかと疑問を抱きながら少年を凝視する。

少年はすすり泣きながら路地と路地の間を抜け繁華街に入る。

人とぶつかりそうになった。

「危ない!」私は心の中でそう叫んだ。

すると、行き来する人々の身体と少年の身体がすり抜けた。

「え.......」

人々は少年を無視してたわけじゃない。

視えてないのだ。

何故私だけ少年の姿が視えるのか不明でその場を離れようとしたが、

ふとあの時の彼女を思い出す。鏡の前で切なく呻く、あの彼女を。

私は少年に近づいた、近くで見ると何故か全身傷だらけの少年。

私は「どうしたの?」と声を掛けた。

行き来する人々からすれば、私は何もない所に話掛けている不審な人間に視えただろう。

少年は私の声に反応した。なにかを伝えたいようだが、ごもごもしていて何も聴き取れない。

どうやら私は姿は視えるが、言葉までは正確に聴き取れないようだ。

私は2本指で右頬を掻く。

しかし、よく見ると少年の手には犬を繋ぐリードのような物を握りしめていた。

もしかすると少年は犬を探しいるのかもしれない。

私は辺りを見渡す。

すると遠くの方で人々とすり抜けるように全身傷だらけの犬が歩き回っている。

「間違いない、あれだ。」

私は犬の元へ少年を誘導した。

すると少年はリードで犬を繋ぎ、満足した表情ですぅーと消えたいった。

私は怖さより、心が満ちる想いを感じた。

それから私は時折このような現象に遭遇する。

どういう原理かはわからないが、視えた人は必ず困難を抱えている。

中には解決しきれない事もあったが、

私はその困難を解決する度に、彼女を思い出す。あの可憐な黒髪に輝かしい笑みを。

自分のように他の人々も助けてあげて欲しいという彼女の想いが、私に受け継がれたのだろうか。

あの出来事から1カ月が経過した。

公園のベンチに腰掛け、本を読んでる。

私は相変わらず。黒縁眼鏡を掛け、地味な雰囲気を醸し出している。

人気者にもなれなかった。傍から観れば私は何も変わっていない。

ただ1つ変わったことがある。

私はたとえ、この世の者ではないにしても、確実にその人の役に立っている。

私は本を閉じ、顎を上に向け空を見上げる、雲1つない空が広がり、陽の光を直接浴び、少し眩しく感じる。まだ肌寒い春の風を感じ、辺りは桜の花びらが舞っている。

私は瞼を閉じ、頬を少し緩め、小さく呟く。

「あ〜これはこれで、悪くないな。」

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