中編5
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かまいたち

俺の父は幽霊を信じない。

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俺の実家は幽霊の出る家だった。

まあ、出る。って程のこともないのだが、

誰もいない二階で誰かが歩いてる音がする。

ドアが開き、階段を降りる音もする。

が、誰もいない。

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とか、

風呂に入っていると曇りガラス越しに、誰かが立っているのが見える。

開けると誰もいない。

なんてことがよくあった。

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姉も母親もよく見たり聞いたりしていたのだが、どういうわけか父は一度も経験した事がないそうだ。

父曰く、

「そんなものは全部気のせい。

大体、幽霊なんてのがいたらそこらじゅう幽霊だらけになっちゃうだろ。」

との事。

ロマンの欠片もない。

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そんな父のふくらはぎには10cm程の傷跡がある。

小学生の頃、風呂上がりにの父に傷の事を聞いてみたことがある。

そんな幽霊を信じない父が話してくれた。

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俺が小学校4年生の時。

その日は朝から一番下の弟がおふくろに甘えていた。

朝の日課の卵を取りに行きたくないと駄々をこねていたのだった。

俺の家では裏の竹林で鶏を放し飼いにしていて、朝に産んだ卵を取りに行くのが俺達兄弟の日課だった。

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昨日の夜に酔っ払った親父が竹藪ババアの話を聞かせたせいだろう。

俺も二番目の弟も、よく親父に竹藪ババアの話をされたものだった。

昨日は俺も便乗して散々怖がらせてしまった。

まだ小学生にもなってなかった弟はよほど怖かったのだろう。

どうしても今日は行きたくないとおふくろの足に取り付いて離れようとしない。

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怖がらせて過ぎちゃったかな。

しようがない、俺にも責任はある。

俺は一人で卵を取りに行くことにした。

二番目の弟は、確かサッカーの朝練だったかでその日はいなかった。

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竹籠を持ち家を出る。

俺はもう小4だ。竹藪ババアは怖くない。

が、雄鶏は怖い。

あいつは隙を見せると後から背中に飛び乗ってくる。

背中に爪を立てられ、頭を突かれる。髪の毛も毟られる。

いるはずのない竹藪ババアよりも恐怖の対象だった。

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その日も雄鶏に背中を向けないよう、目で牽制し竹林に入って行く。

雌鳥たちは地面に枯れ草なんかで寝床を作り、そこに卵を産む。

毎朝多いときで20個くらいだろうか、それを全て回収する。

勿論有精卵だ。

放っておくとヒヨコになってしまうし、古い卵と混ざってしまうと大変だ。

何時だったかお袋が割った卵に血が混じっていて怒られたことがある。

回収し忘れた卵が混ざってしまったのだろう。少し育っていたようだ。

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そんなわけで見落としの無いように念入りに卵を探す。

今日はこのくらいかな。

と思って戻ろうとした俺の足の間を、何かが走り抜けた。

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その茶色い何かはまるで糸を引くように、物凄い速さで納屋の向こうに消えた。

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イタチだな。

俺はすぐに気付いた。

この辺ではキツネや野良猫なんがよく鶏を狙いに来る。

卵も狙うし、回収し忘れた卵から産まれたヒヨコが根こそぎ食べられてしまった事もある。

勿論イタチも出る。

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懲らしめて寄り付かないようにしてやろう。

俺は卵の入った竹籠を置き、代わりに落ちていた棒っ切れを手に持った。

後を追い、ゆっくりと納屋の裏に回る。

納屋の裏には使わなくなった農機具なんかが雑然と置かれている。

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いた。

腐った大八車やら丸太やらの間から顔を出している。

まだこちらには気付いていないようだが、やはりイタチだ。

小さな顔と前足が見える。

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そいつはゆっくりと隙間から這い出して来た。

もう少し出て来たら大声を出して追っ払ってやろう。

棒を持つ手に力が入る。

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そいつがスルスルと体を出す。

先に出ている顔と前足が進む。

まだこちらには気付いていない。

やがて長い胴体が出て来る。

そして次に後ろ足も……

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後ろ足が出て来ない。

とっくに見えてもいいはずだ。

長い。

顔と前足につられ胴体が出て来るが長過ぎる。

俺は固まってしまう。

後ろ足はまだ出て来ない。

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俺はその異様な姿に魅入ってしまって声も出せない。

ふとそいつがこっちを向いた。

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顔は間違いなくイタチだ。

だけど目が。

人の目のようだ。

まるで意志を持つようなその目で俺を睨むとそいつは言った。

いや、喋ったわけではない。

直接頭にそいつの意志が伝わって来た。

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「見るな」

そいつはそう言うと、鎌首を持ち上げて走り去った。

糸を引くように物凄い速さでそいつは竹林を走り抜け、小川を渡り、雑木林の奥へ消えていった。

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なんだあれ……

恐怖と凄いものを見てしまったという興奮から、俺は急いで家へ戻った。

家ではおふくろが朝飯を作っていた。

弟はまだ足にくっついている。

俺はさっき見たことを伝えようとおふくろに近付く。

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俺に気付いた弟がこっちに寄ってくる。

そして俺に言った。

「おかえり兄ちゃん。足になんか付いてるよ。」

見ると短パンから伸びた俺のふくらはぎに、なにか白いものが付いていた。

竹の葉か枯れ草だろうか。

取ろうとそれを触るとズキッと痛みが走った。

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よく見るとそれは付いていたわけではなかった。

白く見えたそれは、俺の足の筋肉だった。

皮膚が切れ、中の筋組織が見えていた。

血が出ていないのでよく見えたのだろう。

薄っすらとピンクがかったそれは滲み出た血で直ぐに見えなくなった。

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異常に気付いたおふくろが慌てて牛舎にいる親父を呼びに走った。

その後は親父の車に乗せられ、すぐに近くの病院に行きその日のうちに縫ってもらった。

医者は状況から竹で切ったのだとは思うが切り口が綺麗過ぎると首を傾げていた。

刃物にしても不思議な位に綺麗な傷だとの事だった。

綺麗に切れてるからすぐ塞がるよ、とも言った。

その言葉通り何日かで傷は塞がり、痛みも無くなった。

ただ傷は残った。

あの日見たそいつの事は医者は勿論、両親にも言えなかった。

弟達には教えたが怖かったのか、特に一番下の弟は前にも増して竹林を怖がってしまい卵を取りに行かなくなってしまった。

俺もしばらくは行きたくなくて、卵取りはもっぱら二番目の弟の仕事になった。

あいつは今でも、兄貴のせいで朝練に遅れるようになったと言っている。

それ以来、イタチは見かけていない。

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「だからお前もじいちゃん家行ったら気をつけろよ。」

と言って父は笑った。

どう気をつければいいのだろう?

小学生の俺は竹林には行かないよう心に決めた。

ついでに話してくれた竹藪ババアの話も大変怖かった。

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というわけで、俺の父のふくらはぎには今でもカマイタチにやられた傷が残っていて、

幽霊を信じない父はカマイタチはいると信じている。

そして口にはしないが竹藪ババアも信じている。

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@りこ-2 様
おお!カマイタチ経験者でしたか!
父は弟に言われて触るまで気付かなかったそうです。
最初の足の間を走って行った時に切られたのでは?
と言っていましたが。

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@五右衛門 様
いつもコメントありがとうございます。
たまにはちゃんとした話を、という事で以前別のサイトに投稿した話を改稿してUPしてみました。

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