中編3
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良い一日を

私はこの言葉が大好きだ。

以前、海外へ旅行に行った際に大手カフェのドライブスルーで店員に笑顔で言われた一言。

「Have a good one!(良い一日を)」

初の海外旅行だったので、ワクワクした気持ちと不安でモヤモヤした気持ちが交じり合っていた朝。

私はこの一言で、モヤモヤした気持ちが一気に晴れ、この世界に孤独感を抱いていた私の心に寄り添うような温かさを全身で感じたのである。

なんて素晴らしい言葉なのであろうか。

この長いようで短い自分の人生の中で完全に忘れていた感情だった。

私はあっただろうか?

全くの他人の気持ちに寄り添うように相手の幸福な一日を心から祈ることがあっただろうか?

心の中で自問自答を繰り返し、自分の過去を悔いた。

私はなんて愚かで醜い心を持っているのだろうか。この世界の住人のような尊い心を私はいつ忘れてしまったのであろうか。

誰に対してかもわからない罪悪感さえ芽生え始めた。

私は心に誓う。あの素晴らしい言葉の余韻を全身で感じるが如く、私は強く誓う。

あの素晴らしい言葉を、人間が本来持っているであろう、あの心の優しさを、多くの人に伝えたい。

私はその日、あの言葉のお陰で、最高の一日を過ごすことができた。

そして日本へ帰国した。

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朝、私は毎日のようにドライブスルーでコーヒーを購入する。

いつも同じ店員が笑顔で、

店員「こちら商品でございます!」

「ありがとう。」

そして私は透かさずあの言葉を笑顔で口にする。

「良い一日を。」

店員「......。」

店員は少し困惑したような顔を浮かばせた。

店員「あ、ありがうございました....」

この世界ではあまり使われない言葉だ、仕方がない。

それでも私はあの日誓った事を実行する為、様々な場所であの言葉を使い続けた。

しかし、人々は決まって顔を顰め、当たり障りのない返答を返すのみだった。

私は何故あの言葉、あの感情が皆に伝わらないのか理解が出来なかった。

いくらこちらが笑顔であの言葉を口にしても、相手は引きつった笑顔を返すのみ。

私はどこか切ない気持ちに苛われた。

あの日あの言葉を耳にする前の孤独感に似ている。

それでも私はあの言葉を発し続けた。

だが、どれだけどれだけ続けても、この世界の人々には何も響かない。

私はついに、怒りの感情が芽生えてしまった。

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いつもドライブスルーをする店の駐車場、私はそこに車を止めてエンジンを切った。

どのくらい時間が経っただろうか......

すると店の関係者室のドアから一人の女性が出てきた。

いつも私にコーヒーを差し出してくれる人だ。

仕事終わりであろう彼女に私はそっと近づいた。

次の瞬間、私は彼女の口元を押さえつけて、車へ引きずり込む。

「ん”ー!!!」

彼女は声にならない声を呻るように上げた。

幸い、深い時間だった為、周りに人気がない。

私は車内で彼女の身体を縛り付け、速やかに車を出す。

数十分車を走らせると山奥まで辿り着いた。

車を止め彼女を車から引きずり降ろす。

彼女は大粒の涙と共に目を赤くさせ、呻っている。

私は用意していたロープで背負い投げのような姿勢で彼女の首を締め上げた。

彼女の呻り声がピタリと止んだ。

私は力を抜き、彼女を地面に降ろした。

彼女は目を見開き、顔は青ざめていた。

次は用意していたナイフで彼女の口に笑顔を刻んだ。

私は肩を落とし、彼女の顔に視線を向け、笑顔で口を動かす。

「良い一日を。」

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