長編11
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自殺村(6)

~8月30日~正午。

彼女(夜川さん)が組織に動員を要請して2人、この村に立ち合い人が訪れた。

1人の男性は、屈強な体格で服の上からでもその筋肉量は明らかである。

もう1人の男性は、体格は細めだが、なにやら只者ではない雰囲気は感じ取れる。

2人共、黒のスーツ姿に黒のサングラスを纏い、いかにもという感じであった。こちらと自己紹介などの類は一切なく、静寂と緊張の雰囲気に包まれ、4人で大部屋の椅子に腰かけていた。

会話は最初この村に2人が着いて、彼女が「よろしくお願いします。」と言い、細めの男性の方が「はい。」と答えるのみだった。それ以降会話は一切行われず、今に至る。

非常に気まずい空気が部屋を支配する。少しでも粗相があれば、すぐにでも別室へ連れて行かれるのではないかという妄想に囚われ始める。

そして視線のやり場にも困る。俺は下を向いたり窓の方を向いたり、そして黒服を2人をチラチラと確認する動作を繰り返していた。黒服は出された紅茶に一切手をつけることなく、終始無言で携帯電話を弄ったり、メモ帳の確認をしていた。その黒いサングラスで瞳が隠されているが、もしかしたら何回か目が合っていたのかもしれない。俺はなるべく黒服の方に視線をやるのは控えることにした。

すると俺がビクビクと肩を窄めてるのを察してくれた彼女は「沢辺さん、村の掃除お願いします。」と声を掛けてくれた。

俺は日々の村掃除には正直嫌気がさしていたが、この状況に至っては一目散に取り掛かりたいと思い、「わかりました!」と多少声を高ぶらせ、ささくそと部屋を出た。

いつものようにホウキと塵取りを持ち、村の掃除を始める。夏はもう終わりを迎えようとしている中、蝉の声はいまだに喧しく、強い陽の日差しを浴び、滝のような汗を額から垂れ流し黙々と作業をしている。いつもと変わらない。この作業自体はいつもと変わらない。

ただ一つ、いつもと違う事がある。やはり、もしもの時の為だろうか、少し離れた所で黒服2人が仁王立ちで村全体を見渡している。この暑い気温の中、顔色一つ変えず涼しい表情で。俺は半ば監視されている状態だった。先程の狭い空間よりは幾分マシだが、それでもこの光景は......なんだか囚人にでもなったかのような気分だ。

そして特に何事もなく、気付けば日が沈みかけていた。俺は食事の準備をしてる彼女の手伝いをしようと大部屋に戻った。

「あっ、沢辺さんお疲れ様です!」といつものように明るい表情で彼女は挨拶する。

俺はなにか手伝う事はないかと尋ねたが、「あっ、もう少しでできるので座って待っていて下さい!」と彼女は答えた。

そして食事が食卓に運ばれる。

そこで俺は「あれ?二人分だけですか?」と彼女に訊いた。

「はい。先程、「食事はどうしますか?」とあの方々に尋ねたのですが、「私達はこの村を監視してますので結構です。」と仰ってました。」

「徹底してますね......。」と俺は口にした。

やはりそれほど危険な事なのであろうか。過去にどれほどの騒動があったのか.....俺は考えるだけで恐ろしい気持ちに陥った。今回はどうだろうか。

あのジャックと名乗る者.......手紙越しでも伝わってくるあの自己愛に満ちた文字の羅列。そして、自身の指.......とても正気の沙汰とは思えない。本当に罪を償うという意志はあるのか。もしあるならすぐに出頭して洗いざらい罪を告白すればいい。と言う綺麗ごとは今は置いておく。奴は異常者だ。恐らく俺の頭ではとうてい追いつけない自分なりの『美』とやらに浸っている。なにかは起こるはずだ。奴がすんなりと実行するとはどうしても考えにくい。

だが、こちらには人も居る、最初は怖かったが今はあの2人がなんだか頼もしく感じる。

そして食事を終え、俺は自室に戻ることなく大部屋で窓を眺めていた。あの2人は微動だにせず腕を後ろに組んで仁王立している。あの忍耐力と存在感はなんとも言えない迫力だ。

まだ時間はある。しかし俺の緊張の糸は和らぐ事を知らない。俺は身を固くして張り込みをしている刑事が如く窓から村の入口を監視していた。すると後ろから、「沢辺さん。」と声がした。俺は突然背中を刺されたかのように驚いた。

「夜川さん......びっくりしましたよ........。」

「あっ、ごめんなさい。」と彼女はくすくすと笑っている。彼女には緊張感という概念がないのか......。

「沢辺さん、大丈夫ですよ。きっと.......。」と身を固くさせた俺へ励ましの言葉を送った。

「だといいですね......。」と俺は心底そう思った。

彼女の言うそれは経験上の『大丈夫』なのか、それとも単に俺を励ます為に言ったのか。どちらにしても実際はどうなるか、彼女にとってもわからないだろう。俺は彼女の言う『きっと.......。』を訊いてそう判断した。

時刻が段々と迫ってくる......それに連なって俺の心臓の鼓動は速くなり、呼吸が苦しくなる。彼女が言う『村荒らし』が起こるのか、素直に実行するのか、どちらにしても決して良い光景ではない。俺は自分から言った事だが、この村に残った事を少し後悔し始めた。

そして0時29分。村の入り口にその者は現れた。

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黒服の2人が村の入口へ歩き始める。予め身体検査を行う為だ。

そして村の中へ通された。怪しい物は何も持っていなかったのだろうか。

彼女が「私達も行きましょう!」と言った。

「.......はい!」俺はなにかを決意したかのように彼女の後をついてゆく。

黒服の2人は既に志願者を客室に通したようなので、俺と彼女も向かった。

客室のドアをノックして部屋に入る。

そして志願者と対面した。

ジャックと名乗るその者はグレーのスーツ姿に黒いネクタイ、黒い手袋を嵌め、上着のポケットからは一凛の薔薇が添えられている。顔には銀行強盗のような黒い目出し帽を着用していたが、下にサングラスを掛けていた為、瞳は伺えない。身体からは手紙と同じ香水の香りが漂っていた。見た目だけだとかなりお洒落で紳士的な印象だった。

そして彼女は「今回実行を担当させて頂く夜川と助手の沢辺です。あの、ジャックさん......ですか?」と尋ねる。

すると志願者は黙々と黒い手袋を外し、右手を差し出す。

人差し指がなかった。

彼女もやや強張った表情で「.......わかりました。こちらへどうぞ。」とベッドへと先導した。

そしておおかたの説明を終え、「実行は......すぐに行いますか?」と彼女が尋ねる。

志願者は小さく頷き、腕を差し出した。

俺は点滴の準備をする。

中尾の時のそうだったが、緊張で手が震える、額からは嫌な汗が流れる。

そして、針を志願者の腕に通した。

すると志願者は点滴のボタンを指さして「自分でボタンを押す」と言わんばかりのジェスチャーを行う。

彼女は「わかりました。」と頷いた。

暫くの間が空いた。志願者は言葉を一切発することはなく、なにかを仕掛ける雰囲気もない。押し潰されそうな空気が場を支配するのみだった。

すると、志願者は動き出した。

手をボタンの方へゆっくりと伸ばしてゆく。

俺はついにこの時が来たかと拳を強く握り、歯を食いしばった。

黒服の2人に挟まれる形となった志願者は、ノロノロと動くその手を着実にボタンへと伸ばしてゆく。

そしてそのまま指がボタンを押圧した。

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数秒が経った。

志願者はゆっくりと全身の力が抜けていくのがわかる。

そして、ついに肩が落ち、首が俯かれて黒服に支えられる形となった。

黒服の2人は志願者をゆっくりとベッドに横たわらせる。

「終わりましたね......。」と彼女は脈を確認して言った。

「そうですね......。」

俺は以外だった。こんなにあっさりと実行が行われるとは予想してなかった。

そもそも実際にこの方法での実行を初めて目の当たりにした。本当に安楽的、眠るように志願者は息を引き取った。

俺は気が抜けたように椅子に腰かける。

俺にとって最期の志願者.......以外にもすんなりと幕を閉じた。

そして、志願者はそのまま例の組織に黒服の2人が連れて帰るらしく、身元を確認する為に目出し帽とサングラスをゆっくりと外した。

「わっ!」

完全に気を抜いていた俺はその志願者の素顔を確認して声を上げた。

顔全体はひどい火傷で肌はブヨブヨと水膨れ状態になっている。赤く膨れ上がったその顔面は、本当に元は人間だったのか?と疑いたくなるほどに醜怪だった。そして眼は開眼していた。真っ赤に充血した眼光をギラギラさせている。どうやら火傷の損傷により瞼が閉じれないようだった。

そして黒服の2人は志願者をベッドから担架に移し、車へと運び出した。

俺はふと時計に目をやる。

0時52分。

志願者が村に到着してから20分程度。俺は磯部の時もそう思ったが、数分間がとても濃い。こんなにも一瞬で人の命が、その灯が消えていく........目の前に映る光景は、なんと脆く、儚いものであろうか。俺は犇々とそう実感した。

そして、短いようで果てしなく長く感じたこの村で、俺にとって最期の夜を終えた。

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次の日の正午。

俺は自室で、この村を出る準備をしていた。と言ってもほとんど荷物は持って来ていなかったが。

最寄りの駅まで彼女が車で送ってくれるそうだ。ここから徒歩で帰るのは時間が掛るので非常に有難かった。

そして準備が整い、下へ降りた。

すると彼女は大部屋に居た。「おはようございます。」と挨拶してきたが、なにやら表情がぎこちなかった。

俺は「おはようございます。どうかされましたか?」と訊いてみた。

「沢辺さん、これ見てください。」と彼女はノートパソコンの画面を指さし俺の方を見る。

俺は画面を覗く。

すると今朝のニュース記事が表示されていた。

俺はまさかと思いそのニュース記事を確認する。

 昨夜、5名の遺体が同時に発見された。5名全員の身元を確認した所、全員が風俗店のアルバイトを行ってる事や、全員心臓を拳銃で打ち抜かれた痕跡があることから犯人は同一人物なのではないかと疑念された。

 そして遺体に付着した指紋を採取した所、数カ月前から行方を晦ましていた、○○病院外科医『加藤 勝(41)』のものと一致した。さらに遺体の背中にはカタカナで『マサル』と刃物で刻まれていたことから犯行は加藤によるものだと断定された。○○病院関係者は「加藤は連日、手術の失敗を重ね、精神を病み逃亡したと思っていた。」と述べている。加藤容疑者は現在も逃亡を続けている。

                                                 」

と容疑者の顔写真と共に記載されてあった。

衝撃だった.......。

まずジャック(加藤)は本当に5人を殺害していた。顔は全体火傷状態だった為この顔写真と断定させるのは難しいが、確かに面影があるようにも視える。

そして俺が一番衝撃を受けたのは遺体の背中に刻まれた文字だった.......。

『マサル』.......それは磯部の背中に刻まれたものと同じ。

加藤は手紙の内容から察するに、女性に暴行を加え、生きた状態で背中に自分の名前を切り刻み、その切り刻んでいる最中の女性から発する悲鳴に興奮を覚えていたんだろう。それが彼なりの『美』とでもいうのだろうか。そしてその興奮が抑えられなくなり、売春婦以外の人間に手を掛けたことで自分の『美』が崩壊したと考え、志願を申し込んだということなのか.........。しかも、彼の手紙は自分の現状のものではなかったのだ。実際は犯行からもう数カ月は経過していたということが磯部がここに志願してきた時系列を考えれば考察できる。彼は数カ月の間、ずっとどこかで身を潜め、我々に手紙を送っていたのだ。

なぜ磯部は被害を世間に告白せず、この村に訪れたのだろうか........。

俺は自分の考察を彼女に説明し、意見を求めた。

すると彼女も俺と同じ事を考えていたようで、磯部についてはこう口にした。

「おそらく磯部さんは嫌だったんでしょうね.......こんな自分の姿を世間に晒すのは.......警察やマスコミ、様々な人間にこんな自分の姿を食い物にされる......それで志願を......実行をしたんだと思います。」

「なるほど.......。」と俺は答えた。

磯部の高いプライドが自分をそうさせたということか、実際に被害者になってみないとわからないが、彼女なりの苦悩があったのだろう。それなのに俺達に対しては無理に明るく接していたのか.......。俺は同情などと軽い気持ちでは収まらない、なんとも言えない複雑な気分になった。

そして彼女はこう続けた。

「あとは、おそらくですけど......声ですかね......」

「声?」

「はい。磯部さんは自分の.......容疑者を興奮させる自分の声が......それ自体がトラウマになったのだと思います。本当は人と会話するだけでもトラウマがフラッシュバックされ、とても辛かっただろうと思います。なので最期は自分の喉を.........。」

「.......」

俺は言葉が出なかった......。

無言の時間は暫く続いた。

「.......」

そして彼女が「あっ、沢辺さん、これ!」と俺に茶色い封筒を差し出した。

「お給料です!沢辺さんかなり頑張ってくれたので少し色を付けときました!」と彼女は重い雰囲気をかき消そうと明るい表情でそう言った。

「ありがとうございます。」と俺はとても彼女のような表情は出来なかったが、おかげで少し気持ちが和んだ。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。」

「はい。」と言い村を少し離れた所にある彼女の車へ向かう。

村をの入口付近で俺は振り返り、村全体を見渡す。

本当に色々あったこの場所.......おそらくここでの出来事は一生忘れる事はないだろう。まぁ掃除してた時間がほとんどだったが.......と俺は瞼を閉じ、これまでの事を振り返る。

すると遠くの方から「沢辺さ~ん!早くしてくださ~い!」と彼女の声が聞こえた。

「は~い!今行きま~す!」と俺は村を後にした。

車で駅までは20分程度だった。徒歩だと1時間は掛かってしまう。

車内でも「やっぱり山なので来るのが大変ってクレームも多いんですよね~」と彼女は明るく俺に喋り掛けた。

「なるほど.......あっ、そういえば、ここに車で来る人って実行が終わった後その車はどうするんですか?」と俺は訊いてみた。

「それも組織が回収しますよ!」と彼女はきっぱり答えた。

おそらくそれもあの村の収入源の一部なのだろうな。と俺はぼんやり思った。

そして、他愛ない会話をしている内に駅に着いた。

俺は車から降りた。

すると、彼女は窓を開け「じゃあ明日から学校、頑張ってくださいね!」と最期も明るい笑顔で俺を見送ってくれた。

俺は「はい。お世話になりました。」と一礼した。

そして彼女は手を振り、車が遠さがってゆく。

そのあと俺も無事、帰路に着く事ができた。

久しぶりの自分の部屋、急に現実感が芽生え始める。あの村での出来事がまるで夢だったかのように俺は現実の世界に帰って来た。明日から学校だと考えると気が重くなるが、あの村での恐怖体験を考えれば、少し楽になれた。ここで自分はあの村で本当に変わる事が出来たんだと実感した。

続く

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花びらを一枚一枚開くような、めくるめく美しい伏線の回収に息を飲むばかりです。
そろそろ終わりが近づいてるんでしょうかね。
ご自分の書きたいように描いてください。

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