長編9
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手記(虚構の世界③)

友人との待ち合わせ時間を大いに間違えて、1時間程時間を持て余していた私は、初めて訪れるこの古くからの歴史を受け継ぐ都内某所の町並みを、ぶらぶらと歩きながら眺めていた。

細い路地には昭和を色濃く残す割烹や飲み屋の看板や提灯が風情を醸し、表通りには年季の入ったレトロな外観を残しつつ、中は今風のコーヒースタンドやアパレルショップになっていたり、老年とはいえまだまだ現役の店主が営む専門店等…センスの良い店が建ち並ぶ。

こんなことならもう少しマシな格好をしてくれば良かったかな…と、少し後悔した。

何せ、ヨレヨレのシャツとジーパンとショルダーバッグ、これまた靴底の磨り減ったスニーカーという…粋で洒落た街にはそぐわない出で立ちだったからだ。

ここに来たのも何かの縁だし、ちゃんとした服に買い換えるか、とも思ったのだが…元来ファッションには疎く、着れりゃ何でもいいの精神がこびりついた頭だ。まず何をどうしたら…もう頭が混乱して立ち往生した。

そんな時だった。

表通りの道路を挟んだ向かい側、裏路地の入り口が幾分か見えるのだが…そこにあった店の姿がふと目に入った。

どうにも気になって、横断歩道を渡って店に向かうと、その正体が容易に分かった。

そこにあったのは、築3桁はあるだろうという出で立ちの、長細い民家の様を呈した古本屋だった。

表の立て掛け看板の文字も、昔ながらの崩し文字で書かれ…もはや年季が経ちすぎて何が書いてあるのか分からない。

だが、中には天井までぎっしりと…それも雑多に積まれた本の山があり、古びた書物から漂う独特の臭いが漂ってくる。

読書は別に好きでも嫌いでもない。だが、どうにも身の丈に合わなそうな、お洒落な服屋で時間を潰すよりもずっと良い。

僕はその細い…正確には本で塞がれ狭くなった入口に足を踏み入れた。

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本の殆どは、紐で綴じられた古い物ばかりだった。

大正から昭和の初期にかけて出版されたであろう、古文や詩の載っているものが多く…とにかく、難しい内容であることは、パラパラとページを開いてすぐに分かった。

そして随分と長い間、誰からも貰われずにいたのか、それとも店主の管理無精なのか…開く度にモワッとカビ臭い匂いがやや鼻につき、埃が舞った。

店主らしき人の姿は、今の所まだ店内には現れていない。店内の奥の一角に、一段高い座敷の様な場所があって、おそらくそこがレジなんだろうけど、誰も座っていなかった。

もしかして留守か…?とも思ったが、どうやら座敷の更に奥に居住スペースがあるようで、なにやら人の声らしきものが聞こえていたので、居るには居るようだった。きっと休憩中なのだろう。

そんな事を考えながら、棚から気紛れに本を出してはめくって又戻す…を繰り返していたら、いつの間にか本棚の終点に来ていたので、反対側も見てみるか…と思った時だった。

僕はふと、両手に違和感を感じた。何だか乾燥して薄皮が剥がれる様な…粉っぽい感じ。

見るとそれは、ボロボロに劣化した紙が粉末上になったものだった。

「わっ、こんなに、参ったなぁ…」

手やジーパンについたその粉をはたきながら、一体どの本だ?と探すと…それはさっき見た本の隣に、というよりも、ギュウギュウに詰め込まれた本の奥に、隠れるようにして仕舞ってあった。

出してみると、それは…どの本よりもボロかった。表紙も無ければ、紐で綴じられてすらいない…まるで紙質の悪いノートを、そのまま何十年も放置したらこんな感じなんじゃないか?という程の。

こんなものが売り物になるのか!?…いや、もうここまでのボロさだと、どんなものが書いてあるのか…気になって仕方が無かった。

今にも千切れそうな弱弱しい紙を、慎重にめくる。と…僕はその中身に驚いた。

さっきまで見ていた本の様な、崩した昔の書体ではなく…鉛筆かペンか何かで書かれた、現代の、読める言葉で書かれていたのだ。

ますます気になって、僕は一体何が書かれているのか読み進める事にした。

…今思えば、この好奇心が仇となるなんて、思いもしなかった。

この書記の中身が、あまりにも現実とは思えない、おぞましいものだと知らずに。

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某月某日

ようやく外に出る。娑婆の空気を吸った。

街をふらつくと、時の流れがあっという間だという事を思い知らされる。十数年という時はこんなにも街の姿を変えてしまうのかと、愕然とした。

だが、あの場所はきっと変わらずにあるはずだ…と、私はこの長い間も、心のどこかで確信めいたものを抱いている。まだ死ねない。

某月某日

僅かな持ち金でどうにか電車を乗り継ぐ。十数年前と服が同じだからなのか、このみずぼらしい姿に時折周りからの視線を感じる。私の事を、どれほどの人間が覚えているだろうか?知っていたとして………

今更職を探す気はない。相部屋だったあの男の話が本当なら、あの場所へ行くしかない。

よく見回すと、皆手元に、携帯とは違う何か新しいモノを持っているが…何なのかは分からない。

某月某日

ようやく着く。駅を降りるシステムに手間取り、このみずぼらしい恰好のせいで怪しまれた。どうやら相手はタダ乗りのホームレスと思ったようで、この私がかつてのあの「男」だという事までは分かっていなかったようだ。

記憶にある限り進む。昔と変わらない店とその位置を頼りに歩く。商店街が見つかればすぐなのだが…道に迷ってしまった。地下道を見つけ、今晩はここを寝床とする。

下水が近いのか…古く、臭く、暗い。外に出る前の世界と、なんら変わらない。皮肉なものだ。

だが俺はまた陽の元を歩んで見せる。こんな過去は消してやる。

(以降、空白が続く)

?月?日

何が起きたのかわからない。寒さで目を開けた。地下道で寝ていたはずが、、眠りから覚めると目の前に鉄格子があった。床には枯れた藁が散らばっている。ここはどこなのか、身ぐるみを剥がされている。

?月?日

大男が牢に入ってきて、今日は日がな一日、木刀で殴られ、蹴られた。

手を縛られ吊るされ、手首が赤く擦れ、手を動かすのがやっと。ここがどこかきいても何もこたえてくれない。

?月?日

飯はもらえるが汚い残飯のかたまりだ。不味く臭いが腹が減って仕方なく口に放り込む。むかしだったらこんなゴミは踏み散らしていたが、もうはらがへってしかたがない、男はいぜんおれをなぐりつづけてきて(判読不能)……しても、(判読不能)

まだしねない

?月?日

窓の外から差し込む陽の明かりを以ってかいている、私の体にはちからが残ってイナイ。さむい、あつい、体が痛くて脳が………………(判読不能)

さきほど舌先をキラレタ、目玉が痛い 糞も小便も垂れ流し、このサジキの牢は悪臭をはなちつづけている、

(判読不能)

みぎうで切られ、そこらじゅうに糞便と血のにおいがみちる、あし………(判読不能)

なぐられてヒダリメ、モウ見えない。ツメハもうない

あのこどもは今日もそとで私のことをずっとみてくる。

ここに連れてこられたひからずっと、わたしがぼろぼろになっていくのを、肉がくさるのを、まるで死骸がクチルノヲみるよう………………………………(判読不能)

アタマガイタイ マダシネナイ

  月     日

ふん尿であしがくさる。あたまのなかでもうずっと子のなきごえがする きっとキヨコだろう

おれがなにをシタ おレがわるいノカ

しばらくオトコはこなかった が うごけない ずるずると血でアシガくずれる

ふん尿ですべる 歯がとれてしまった

おれガナニヲシタ オレがわルいノカ    アイツはしンだ

オレハ ツグナッタ アノバショ行きタい

(以降、判読不能な文章が続く)

ヤット、そとに出られル、 オトコガ アノバショのことをはなシた オレヲツレテイッテクレル ウマレカワレル……(判読不能)………ユルサレル イイヤ、もとカラ オレハ悪クナイノダ          

オトコノ名は   ムラカミというらしい     アノ子供はセガレか

オレガ ころしたコトをしってイるヨウダ

………………………………………………(再び、判読不能な文章が続く)

ナゼ      シニタクナイ

(以降、空白が続く)

昨日、男が死んだ。3日前からエサを与えなかったからだろう。自らの、残ったもう片方の腕を喰い、喉を詰まらせ泡を吹いて死んだ。

あんなに睨みを利かせていた眼球は、腐った血と体液で濁り、ほぼ無いに等しくなっていた。

いや、もとから奴の目や、脳みそは腐っていたのだから丁度よい。

十数年前、この男は自らの娘を襲って殺し、その罪で裁かれたが、つい2週間前に出所してきたのだと、父から聞かされた。監禁し、暴行を加え支配し、最後は食事を与えず…娘は亡くなったのだと…

誰から、私達や「霊域」の事を教わったのかは不明だそうだが、ここに来れば新たな人生をやり直せると思ったのだろう…だが、そんなことは赦されない。

「愚かな者の処遇をよく見ておくように」

という父の言いつけを受け、私はこの2週間、殆ど毎日、この牢に足を運んだ。

あれだけ支配欲に満ちた1人の人間が、今度は自らが支配され、嬲られ、最後は人の姿を留めず肉塊として死ぬ様は、見ていて決して良いものではない。

だが、僕達の家族は代々これを生業としてきた。愚かな奴が、安易な考えで「生まれ変わり」をして、その浅ましい業を以てして再び、人間として生きる事を防がなければならない。

何としてでも。

この手記は、男を処分した際に、わずかな板目の隙間にあるのを見つけた。

あんな状態であってもここまで書けるのかと感心する一方、恐ろしいまでの欲で満たされた人間の腹の中はこんなにも汚いのかと、背筋が凍る。

この手記が人の手に渡ることは恐らく無いだろうが、もし、読んだ人間には、これを即座に処分して欲しいと願う。

そしてどうか、自ら罪を背負うこと無く、こんな因果な生業が続かない様に、真っ当に生きて欲しい。

かくいう私も、もう然程、命が長くない。生まれつき、肺に病を抱えているせいだ。

父は赦してくれたというが、苦しい。

親より早く生まれ変わる事は、本来禁忌だそうだ、だが、神は赦してくださったそうだ。

生まれ変わったら、この事は全て忘れたい。それかきっと、時代の流れに埋もれ、こんな生業も消えるだろう、僕はそれを、切に願う―――――――――

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「あれ~随分と酒控えめじゃん?何、どうしたの?何かあった?」

向かいに座る木本先輩に話しかけられ、ハッと我に返る。

「いや。まあ…そうなんすよ、健康診断でちょっと数値悪くて…すんません」

「あら!そーなの?ザルだったあんたがねえ…まあ歳取るとそうなるらしいね~私もだけど」

「ははは、先輩もそうなんですか!はは…まあもう一杯くらいは飲みますよ」

「もう一杯…いけんのかなあ?ねー!村本くーん!!飲み放題〆いつー!?」

酒で饒舌になって盛り上がり、ガヤガヤと騒がしい店内…

僕は無事、指定時間に友人と落ち合い、この同窓会に足を運んだ。楽しく飲んで忘れようと考えたが…あの手記の内容が頭から離れる事は無かった。あの後、座敷の奥からいつの間にか店主が出て来た事に、僕は焦って、手に持っていた手記を戻そうとした。

が…老齢の爺さん店主は、「もう店ェ畳もう思ってて…だからタダで持って行きんしゃい…」と、こちらに見向きもせず言うもんだから、言われた手前、置いていく気にはなれず…カバンの中に入れて来てしまったのだ。

手記は、今度近所の寺に持って行って、焼いてもらう予定だ。

この内容がただの作り話ではなく本物だとしたら…いや、もう読んでる途中から背筋がザワザワと震えた…だからきっと――――――

だとしたら、僕は「生まれ変わる」事は出来ないな…

この飲み会にいる誰も…誰にもまだ、僕は本当の近況を話していない。話せる筈が無い。

職場の同僚がやっていた横領の片棒を担いで刑罰を食らい、昨日やっと、刑期を終えて出所したという事を。

手記の男の様に誰かを殺した訳では無いが、姑息な手を使い甘い蜜を吸っていた事は確かだ。幸い情状酌量で、主犯よりも随分短い刑期だったが…それでも心には影をズシンと落とす位、トラウマになるような時間だった。

彼は、生まれ変われただろうか…いや、そもそも「生まれ変わる」が一体何なのか分からないが…これから僕は、どんな事があっても真っ当に生きなきゃな…酒も今日で終わりにしよう。

居酒屋を出たあと、同期の群れと街をそぞろ歩きしながら、僕は密かに決意した。

「おーい!皆!新田と連絡取れたぞ!ったく村本のヤロー間違えやがって…今からまた飲み行くんだけどさー皆どうする!?」

……………………………………

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@りこ-2 様
読んでいただきありがとうございます!
今回のシリーズは、謎が解けるかと思ったらまた謎が…という展開にしようと思ってましたd(^∀^)b
結末は幸か不幸か…?まだ続きます(^^)d

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@あんみつ姫 様
読んでいただきありがとうございます!
異世界系ジャンルを実は初めて書いています(∩´∀`)∩
まだまだ続きます!

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@カイト 様
読んでいただきありがとうございます(^v^)
これから少しずつ繋がっていきますよ~!

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@鏡水花 様
読んでいただきありがとうございます!
まだ続きますよ~ただいま製作中です(^◇^)

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