誰もいない孤独の公園には

中編3
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誰もいない孤独の公園には

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梶井基次郎の『桜の樹の下には』と坂口安吾の『桜の森の満開の下』を眼球に淹れてチェホフの『桜の園』を海馬に描き、

薗田賢次監督の『凶気のサクラ』を観たのちに森山直太朗の『さくら』をガットギターで弾いてから玄関を抜けて、

友川カズキの『桜の国の散る中を』などを耳に焼きながら浅川沿いを散歩していた。

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聖蹟桜ヶ丘の近辺を過ぎて、誰も居ない孤独の公園に辿り着いたのが深夜2時。

背負っている鞄には20歳から書き溜めていた陰鬱な手記が22冊。

私はこの日、暮らしの辛酸に縮れて溶けたこれら凄惨のノートを埋める清算の場所を探していたのだ。

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誰もいない孤独の公園には誰も居なくて孤独が漂うばかりであり、誰もいない孤独な公園を探していた私にとってうってつけの誰もいない孤独の公園だった。

捨て去ろう。捨て去るべきだ。捨て去らなければならないはずだ。

あまりにあまりにもあんまりな、あまりのことがありすぎた。

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詩は溺れることのない海で、小説が陽を糧とする翼なら、

自分について綴る行為はどう定義すると適当だろう?

それはおそらく底の無い沼、果ての無い演繹の砂漠。

自己自身を他者として放擲する自家撞着は仮に“懺悔”とも云われる。

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誰もいない孤独の公園の中央には老齢らしいソメイヨシノが聳えていた。

春をさかりにひらりと舞って、街灯に透ける花と々。

ここに埋めてしまおう、すべてを。

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山崎ハコや荒井由実が「たとえばぼくが死んだら」「わたしが今死んでも」と歌うよりずっと昔、

ヴァージニア・ウルフが或る帰還兵とその彼を愛する女性とを自殺の河で隔つより以前、

その源流で織姫が宇宙へ涙を零していたあの頃を遥か遡り、私達には依然、

のっぴきならない事情がとても多い。

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新宿あたりで殺人犯と語り合ったことがある。

どんな質問をしてもすべてが陳腐な返事で、

そして私の問いそのものをそもそも理解できていなかった。

自分を肯定するための言い訳ばかり。

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東北の震災の際の様々なデマをそっくりそのまま信じていたような大人達が、

今も何の反省もなくそっくりそのまま同じようにマスクなどの買い占めをしていて、

「あぁ日本の大人はこんなにも幸せなんだな」と絶望している。

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ほんとうに、日本人は幸福なんだと改めて思い知らされている。

私はどちらかというと不幸な人達の事情をよく知っているし、

自殺者の気持ちはもちろん殺人者の思考もわりと理解している。

けれど、他者を退けてまで「生きたい」と願う気持ちはさほど知らない。

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私には人間的な欠陥が少なくともひとつあって、

それは「抜きん出る」ということへの欲求。

とりあえず今日を生きられたらそれで良いし、

親兄弟が悲しまないような死に方が出来るならそれが理想だ。

両親よりは長生きをする、くらいの親孝行。

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ほんとうに、日本人は幸福なんだと改めて思い知らされている。

信じられないほど不謹慎な言い方を赦して欲しいのだけれど、

そんなにも「生きたい」のならば、

では何故人殺しを容認する偽装自由主義経済を野放しにしているのだろう?

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コロナよりも重篤な病状がこの国には在る筈だ。

どんな伝染病よりもタチの悪い異常な思想が蔓延していて、

それらはアヴァンギャルド文学ではもう対抗できないほどのナショナリズムになっている。

怖い話はたくさんあるけれど、

大脳新皮質を資本主義に奪われるより酷いことがあるだろうか?

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仏教には「同苦」という文言が在る。

同じ苦しみを味わうという意味だ。

キリスト教で似た言葉は「心の貧しき人は幸いである」

これも苦しみを知る者という意味だ。

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誰もいない孤独の公園、

満開の桜の樹の下に、

22冊の手記を埋めてきた。

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もし明日、私が死んだなら、

あなたが探し出してください。

どうかあなたに少しだけ、

私を知って欲しいのだ。

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@肩コリ酷太郎 様
こちらこそ素晴らしいお話を提供いただき、ありがとう存じます^^
逆に細かい説明がないところが想像力を掻き立てて良いですね!
読んでいるときは夢中でイントネーションがおかしいところは多々ありますがご容赦くださいませw

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@夢宮花風 様
拝聴させて頂きました。
あの話を選んでいただけるとは!
細かい説明が少ない物語なんですが、朗読の間などに解釈の巧みさを感じました。
自分の文章を朗読してもらうというのは何ともくすぐったい感じw
同時に、構成に於いて削るべき部分や増やすべき箇所をかなり客観的に理解することも出来ました。
ありがとうございます!

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@肩コリ酷太郎 様

連投失礼いたします。
↓に「さま」をつけ忘れてしまいました!
大変失礼いたしました。

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@肩コリ酷太郎
お返事ありがとうございます。
またお噺の朗読許可も頂き大変うれしく存じます。
どのお話も詩のようでとても美しいと思っておりました。

早速ですが、お話、拝読させていただきました。
あまりうまいとは言えませんが、今後ともよろしくお願いいたします^^

https://www.youtube.com/watch?v=sTgxQv8L-fI

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@夢宮花風 様
御評価ありがとうございます!
朗読のほう、幾つかのタイトルを拝聴させていただきました!
リズミカルで声色も耳に心地良いものでした。
嬉しいお申し出に感謝です!

友達の曲に詞をつけるみたいな遊びをしていた時期はありますが、
詩や文章を誰かに朗読してもらったことは一度もありません。
言葉の音楽性みたいなものはいつも意識しているので、
なのでもし読んでいただけるなら、
どのような形になるのか楽しみです。

酷太郎の文章の、どれでもご自由にお使いくださいませ!

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