中編7
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くせになる味

「絶品なんすよ」

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白いワイシャツにショッキングピンクのネクタイをしめた今泉が、中ジョッキの生ビールを片手にしゃべり続けている。

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それは金曜日のこと。

会社から歩いてすぐのところにある居酒屋の片隅で、俺と今泉は呑んでいた。

俺は今年40歳になる外資系の保険会社に勤める会社員だ 勤続は18年になる。

今泉は去年中途採用で入ってきた30歳の男だ。

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時刻は午後8時、、、

店内は、会社帰りのサラリーマンや若い大学生たちで賑わっていた。

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「絶品って、どういうふうに、絶品なんだよ?」

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俺は目の前に置かれた小鉢に箸を突っ込み、少しピンク色に上気して口を尖らせた今泉の顔を見ながら尋ねる。

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「いや、そう言われると困るんですけど、とにかく一度口に入れると旨みが口内にパッと広がって、そう何というか一瞬で脳ミソがとろけるんですよ。

癖になるというか中毒になるというか、、、僕なんか最近ほぼ一日ごとに通っているくらいで」

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「中毒!?そりゃあまた、凄いね。だいたいそれは肉なの?」

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「そうです、そうです肉なんです」

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「何の?牛?豚?鶏?、、、それとも羊とか?」

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「うーん、、、鶏や豚じゃないのは間違いないんだよなあ、、、そうすると、やっぱり牛なのかなあ」

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「え?お前、出されたものが何なのか、分からずに食ってるのか?」

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「店のドアに牛の絵が描いてあるから、多分牛肉だと思うんですが、まあとにかく先輩も一度それを口に入れると、癖になりますって」

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「ふーん、、、それでその店、ここから近いのか?」

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「ここからだと歩いて7、8分です 先輩今から行きます?」

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「そうだな お前の話を聞いていたら、何だか俺もそれを食ってみたくなったよ」

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そういうことで俺は後輩の今泉と一緒にその店に向かった

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居酒屋を出てから少し歩いて、ビルとビルの間から狭い路地に入り、入り組んだ迷路のような緩い坂道をグルグル歩き続ける。

すると忽然と赤い鳥居と小さな神社が見えてきて、その隣に古い雑居ビルが姿を見せた。

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店は、そのビルの一階にあった。

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ビルの入り口ドアを開けるとすぐ右手に年季の入った木の扉があり、扉の表面には太い黒マジックで安易な牛の絵が描かれており、真ん中には「肉」の一文字。

扉を開けると途端に楽しげな男女の声が溢れ、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻孔を直撃した。

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店内は結構賑わっているのだが何だか薄暗く、ところどころ赤や緑の電飾が鈍く灯っていて、東南アジアの怪しげな店のような雰囲気だ。

そんなに広くはなさそうで、奥の方に6人くらいが座れるカウンターがあり、あとは四人掛けのテーブルが三つほどあるだけだ。

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俺たちはカウンターの端に座った。

すると白衣姿の小太りの若い女性が「いらっしゃいませ」とニッコリ微笑みながら、おしぼりを手渡す。

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「あれ?ちーちゃん、その指輪?」

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今泉がその若い店員の左手に光る銀色の指輪を目ざとく見つけ、言う。

指輪には可愛いハートの細工が施してあった。

ちーちゃんと呼ばれるその女性は顔を赤くして、すぐに手を後ろに隠した。

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「なーんだ、ちーちゃん、良い人いるんだあ。ざーんねん!ま、良いか。

でも、ちーちゃん辞めないでね。

ここはバイトがよく辞めるみたいだからさあ。

ねぇ、大将!」

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カウンターの向こう側に立つ赤いパンダナのでっぷりとした体躯の「大将」が、苦笑いしている。

太い眉毛にドングリ目が憎めない印象だ。

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「じゃあ、とりあえず生ビール二つ!

それと大将さっそくだけど、例のやつ二つね」

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今泉の意味深な言葉に大将は上目遣いでニヤリと微笑むと、背後のカーテンを開けて奥の厨房に消えた。

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出てきた生ビールを飲み干す前に「例のやつ」は白い皿に乗せられ、俺たちの前に置かれた。

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見た目は普通の牛の赤身のようにしている。

これをカウンターに置かれた小型の焼き器で一枚一枚、焼くようだ。

皿に盛られた血まみれの肉たちを次々鉄網の上に乗せていく今泉を横目に、俺も同じように焼いていく。

ジュウ、ジュウという心地よい音と食欲をそそる香ばしい匂いが、鼓膜と鼻腔を心地よく刺激する。

ある程度焼けたものを専用のタレに付け、口内に放り込んだ。

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途端に口内に、強烈な甘みと旨味がパァッと広がった。

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「何だ、これは!」

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思わず声が出てしまった。

それを聞いた今泉がこちらを向き、勝ち誇ったように微笑む。

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一皿が無くなるのに5分かかっただろうか。

俺はすぐに二皿めを注文すると同時に、大将に尋ねた。

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「大将、これ一体、牛のどの部分なの?」

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大将は「まあ、それは企業秘密ということで」と照れ臭そうに頭を掻くと厨房に消えた。

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それを食べている間、俺と今泉が会話をすることはほとんどなかった。

本当に会話を忘れるくらいに衝撃的な旨さだったのだ。

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店に行った翌日から俺は肉の味が忘れられず、三日目にして我慢できなくなり、とうとう自分から今泉を誘った。

二つ返事でオーケーした今泉と俺は、夜8時頃一緒に会社を出ると真っ直ぐあの店に向かった。

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この間と同じくカウンターに座ると、黄色いバンダナをした小太りの兄ちゃんがおしぼりを手渡す。

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「あれ?大将、ちーちゃんは?」

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今泉がおしぼりで手を拭きながら、カウンターの向こうに立っている大将に尋ねる。

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「ちーちゃん?、ああ、あの娘ね、ありゃあダメだよ 本当最近の若いのは使えねえんだよなあ」

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大将は額に皺を寄せながら、苦々しげに言った。

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「ダメだよ大将!店員さんは大事にしなきゃあ。終いには一人だけになっちゃうよ」

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そのやり取りを聞いていた、後ろ側に立つ新しいバイトの兄ちゃんが強ばった表情で笑っていた。

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「じゃあ、とりあえず生ビール二つね!

それと大将、さっそく例のやつ二つね」

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やはり絶品だった、、、

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俺も今泉も夢中で「例のやつ」という極上の肉を貪るように食べ続けた。

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一時間ほど経った頃、尿意をもよおした俺はお手洗いに立った。

トイレはビル裏側にあるようで、行くためには一度店を出ないといけないようだ。

酔い醒ましにちょうどいいかもと思いながら俺は店を出ると、雑居ビルの横の薄暗い路地を通り抜け裏側に出た。

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そこはちょっとした空き地になっていた。

タバコの吸い殻や潰れた空き缶が、あちこち落ちている。すぐ手前にプレハブの簡易なトイレ、そしてその向こうに、何かの物置であろうかプレハブ小屋が建っている。

その前方にはビルの勝手口があり、恐らくさっきの店の厨房につながっているのだろう。

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俺がトイレで用をたし、店に戻ろうと歩きだしたときだ

カチャリと音がして向かい側にあるプレハブ小屋から、人が出てきた。

それはさっきの店の「大将」だった。

革製の大きなエプロンを首からかけている。

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ポリバケツを片手に持った大将は俺には気付かずに勝手口を開くと、さっさと厨房に消えていった。

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俺は好奇心にかられ、左側のプレハブ小屋のところまで歩きドアの前に立つ。

ドアには、「立ち入り厳禁」と黒マジックで書かれていた

だがドアは少し開いている。

俺は緊張しながら中を覗いた。

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ひんやりとした空気が頬をくすぐる。

外気とはかけ離れて冷たいことから、とこかに空調の設備があるのだろう。

ドアを入るとすぐに、透明の分厚い透明カーテンがぶら下がっている。

頭上の裸電球がジリジリと音を響かせながら、怪しげなオレンジ色の光を放っていた。

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俺はなぜだか心臓の鼓動を感じながら、ゆっくり隙間から中を覗いてみた。

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途端にさっきよりもさらに冷たい冷気が顔を直撃し、同時に生臭い匂いが鼻をつく。

カーテンのすぐ向こうには、理科室の実験台のような広い作業台があり、その上には白い臓物とか赤い肉が入り混ざった一抱えの肉塊が一つあった。

その横には大きな肉切り包丁が一つ、無造作に置かれている。

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そして何より目を引いたのは、奥の壁にある大きな二つの肉塊だった。

それらは金属のフックでぶら下げられている。

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─牛だろうか、豚だろうか、、、

強い冷気のせいで部屋のあちこちに白い空気が漂っており、はっきりとは見えない。

俺は目を凝らす。

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壁にぶら下がった血まみれの二つの大きな肉塊はどちらもが首から上がなく腕も無くて、あばら骨が浮いた胸は中心から切り裂かれていているが、中にあるはずの臓物は無く空っぽだ。

そして腹部から下はきれいに切断されていた。

すると、

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コトン

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目の前にある作業台から何かが落ちた音がしたので、咄嗟に俺は床に視線を移す。

白い床の上に転がる小さな銀色に光るもの。

それは多分ハートの形をあしらった指輪。

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あれは確か、、、

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じっと見ていよいよそれが何か分かった瞬間、ゾクリと背筋に冷たい何かが走る。

俺はすぐにドアを閉めると、急いで店に戻った。

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席に戻った俺は、まだ物足りないという後輩の言葉も聞かず、さっさと会計を済ませると店を出た。

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その日以来、俺はその店には行ってない。

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今泉はいまだに、はまっている。

そして、どうも最近、彼の様子がおかしい。

以前のような天然で陽気なところが消え失せ、

ま反対の、無口で陰気な性格に変容しているようなのだ。

見た目も、艶やかだった顔の肌は荒れ放題で、頬はこけ、まるで薬物中毒者のようになっている。

Concrete
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@天津堂 様
怖いポチ、コメント ありがとうございます
確かに、相当なトラウマになるでしょうね

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@noripost 様
コメントありがとうございます
100人の人がいれば、100人の個性があるように、人それぞれ、怖いポイントは違います
おそらく、この作品は、あなたの怖いと感じるものとは、ずれていたのでしょう
私の力不足もありますが

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どこが怖くて、何が面白いのか

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