長編9
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誘い

数年前に、友人の莉乃の身に起きた事だ。

莉乃は所謂「勘が鋭い」子で、何か予感がすると結構な確率で当たったり、特に子供時代は何か不思議なものをを見たり聞いたりした事もあったらしい。

らしい…というのは、莉乃自身が物心つくか付かないかの時分だったので、本人にその記憶は無く、高校生の頃になって家族から言われたのだそうだ。

それに勘が鋭いと言っても、霊が見える事は無いし、そもそも心霊系の類は苦手だったから、周りが期待するような体験は殆ど無いという。

だが…この勘を「霊感がある」と周りから誤解された事があって、中学時代は「お化け女」とからかわれたり「不気味だ」と避けられた事もあったりと…良い思い出が無く、思春期の彼女にとっては、消してしまいたい程にコンプレックスだったそうだ。

だから高校になってからは、自分から話さない様に…万が一何かを感じ取っても気付かないふりをしようと気を付けていたそうだが…それでもどこから聞いたのか、「あの子霊感あるらしいよ」と何処からともなく言い振らされて、珍しいモノを見る様な反応をされた事が、少なからずあったという。

そんな事を何故私が知っているかというと…私も彼女程では無いが勘が働くタチで、世間でいう「何かの知らせ」的な予感がまあまあ当たる。

莉乃の「性質」を知ったのも、サークルの飲み会の帰りに一緒に歩いている途中、2人同時に「何かの気配」に気付いて、「何かいたよね?」という会話をしたのがきっかけだった。

そんなある種同族の親近感から、私と莉乃は仲良くなったのだけれど、偶然というものは時に残酷で…莉乃と同じ学部に崎野という子が居たのだが、彼女は莉乃と同じ高校の、同級生だったのだ。

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中高の体験がトラウマとなって、莉乃は事情を知る同級生と被らない様にと、わざわざ地元から遠方にあるこの大学に進学したのだが、まさか彼女も入学していたとは知らず…しかも同じ学部、同じ学科と分かり愕然としたという。

マンモス大学だから生徒数が多いし、なるべく顔を合わさない様にと思っていたそうだが、そんな矢先に学食で鉢合わせてしまい、「あれー!?同じ高校の!」と…すぐに存在を気付かれてしまったという。

キャンパスの違う私は一緒に行動する事が出来ず、サークルの集まりで会った時にようやく話を聞けたのだが、崎野は莉乃の存在を知るや否や、高校の時と同じ様に莉乃の事を「霊感あるらしいよ」と仲間内で言いふらしたようで…

しかも「ニセ霊能者」「中二病」だとネタにしていて、授業が一緒になると必ず、わざと莉乃の近くに席を取って、聞こえる声で笑ったりしてくるそうだ。

今はほとんど見かけなくなったが、当時はまだ心霊系のバラエティー番組が結構放送されていて、心霊スポットの取材に霊能者とか霊感があるタレントを連れて行く描写があったのだが、それが胡散臭くてヤラセ感満載だと、ネットなんかではネタとして扱われていた。

その影響からか莉乃の事も、「メンヘラ的な、不思議キャラ確立したいだけでしょ(笑)」と、「痛い子」な感じで見ているそうで…

自分の思いとは裏腹に、段々周りの同級生も「何か見えるの?」と聞いてきたり…また「霊感のある子」として扱われつつあると、莉乃は半泣きだった。

どこをどう読み間違えれば「勘が強い=霊が見える」となってしまうのか、崎野達の思考回路が全く理解出来なかったが、こういう能力を持ってしまった以上宿命なんだろうな…と半ば私は諦めていた所もあって、「とにかくシカト決めて、気にしないのが一番だ」と莉乃を慰めた。

その後彼らは、授業中の態度が原因で先生から説教を食らった所為か幾らか収まったものの…授業以外では相変わらずで、偶然キャンパス内ですれ違ったりすると、必ず「なんか憑りつかれてそう」「○○ってホラー映画にあんなの居たよね」と、聞こえる声で言ってくるそうで…

それでも、仲の良いゼミ仲間や他の同級生が居た事もあって…莉乃はどうにかやり過ごしていた。

だがある時…崎野達が莉乃の元に来て、思いも寄らぬ事を「頼んで」来たそうだ。

「今度地方の心霊スポットに行くから、一緒に付いて来て!」と…

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何でも崎野達は、夏休みに旅行である地方に行くのだが、そこには知る人ぞ知る有名な心霊スポットがあるそうで…テレビ番組の心霊スポット取材みたいな雰囲気で楽しみたい、霊感有るなら何か視えるか知りたい!と、莉乃に声を掛けたのだという。

「…で…何て返したの?」

「勿論、行かないって断ったよ!…でもあの子達、聞き入れてくれないっていうか…」

莉乃は断ると同時に、「自分に霊感は無いし、怖いの苦手だから絶対に嫌だ」と言ったのだが、崎野達は遮る様に

「皆で行くから大丈夫だって!」

「またまた~隠しても駄目だよ!」

「ねぇ~来てよお願い~」

と、口々に言ってきたという。

1人で居た所を囲まれ、その場を離れようにも周囲を固められてしまい、まるで「はい」と言うまで離さないとでもいう様な雰囲気に、莉乃は怖くなると同時に遂に怒りが込み上げ、「誤解を招く様な事を周りに吹き込むのは止めて!」と大声で言ったそうだ。だが…

「へぇ~そういうこと言うんだ?怒るってことは図星だよね?嘘つきだね~なのに心理学とか専攻しちゃうんだ~」

と…崎野は退く所か、段々高圧的に迫って来たそうだ。

「そんで…もしかして『行く』って言ったとか無いよね…?」

「言う訳無いじゃん!…ちょうどその時にゼミ仲間が通りかかって、声かけてくれたからその場は去ってくれたけど…ああ~嫌だな…明日もまた言って来そうで…マジ何なの!?」

普段穏やかな莉乃が、ここまでキレ気味になるのも無理はない。

崎野達の言い分を聞く限り、本当に「霊感がある」と思って言っている様にはあまり思えなかったし…だったらどうしてそこまで、莉乃に執着するのだろう?と、気になって仕方無かった。

結局、その後も崎野達は事ある毎に莉乃を旅行に来るよう誘って来たというが、莉乃がシカトし続けたのが効いたのか、「マジ性格悪っ…」と吐き捨てる様に言うのを最後に、関わってくる事は無くなったそうだ。

そして、何事も無く夏休みが訪れ…私はバイトやら講習やらで忙しく過ごし、その日もカラオケ屋の夜勤から帰宅するなりベッドに寝転がって、眠気が来るまでダラダラと携帯を弄っていた。

だが突然…随分と久々に「あの感覚」が訪れ、私は「え?何?」と、戸惑っていると…まるで待っていたかのように携帯の着信音が鳴り、見ると莉乃からの電話だった。

時刻は午前2時過ぎ。

こんな時間に?と、とりあえず電話に出ると…受話器から荒い呼吸と共に、莉乃の声が聞こえてきた。

「崎野が…崎野がうちに来てるの!!」

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「崎野が!?何で!?」

「わ…分からない…とにかく、とにかくすぐ側に居るの…!」

「警察は!?警察に連絡しないと!!」

「言えない…!!言っても絶対…こんな事…どうやって言えば…」

パニック状態なのか、莉乃の言葉が要領を得ない。だが、次の瞬間言葉を失った。

「だって…玄関からじゃないんだよ…?…ベランダから…ここ6階なのに…何で…!?」

――――え?

ねえ!!!一緒に行こうよォ!!!!早くおいでよ!!ねぇ!!!行こうよおおお!!!

莉乃の声越しに、もはや絶叫に近い声で喚く、女の声が聞こえた。

ネェ!!!ハヤクゥ!!!イコウヨ!!イッショニオイデヨ!!!!

アハハハハハハハ!!!!!!!

その声はまるで、機械で再生しているかの様にどこか抑揚を得ず…それでいて狂気に駆られていた。

イッショニキテ!!!ハヤクハヤクウウウウウゥウゥ!!!!!

何にせよ、莉乃の身が危ない事は明白だった。

「莉乃…今から、今すぐに玄関から外に出て…そっち行くから!…いい?逃げて!」

私は通話を切ってすぐ、「友達が不審者に襲われかけている」と警察に連絡をした。そして外に出るなり、急いで原付を走らせた。

莉乃のマンションが近付くと、先に到着していたパトカーの赤いサイレンが煌々と光っているのが見えた。

「襲われている」と言ったのが効いたのだろう…マンションに着くと、ゆうに5台ものパトカーが駐車場に止まっていて、その内の1台に、婦人警官に介抱されている莉乃の姿があった。

そして…残りのパトカーに囲まれるように、崎野が複数の男性警官に体を拘束されていた。

「暴れるな!」と警官から牽制を受ける中…それでも尚、崎野は

行かなきゃいけないのォ!!早く行くのおおお!一緒にいいいぃぃい!!!

と…電話で聞こえてきたのと同じ事を狂った様に叫び続け、そしてよく見ると…崎野の手や足先は、血で真っ赤に染まっていた。

警察が駆けつけた時、崎野はベランダの柵に手を掛け、部屋の中に乗り込もうとしていたそうだ。

しかし、ベランダ側の壁面には手を掛けられる場所など全く無く…どうやって、何故登ったのかは不明で、ただ、手足の全ての爪が剥がれ落ちて肉がはみ出し、指の関節もありえない角度に曲がっていたそうだ。

更に、手の平と足裏の皮は全てズルズルに剥けて、血と体液でグチャグチャの状態だったという。

やがて救急車が到着すると、崎野は警官から猿ぐつわの様にタオルを口に巻かれ、

「んおおおあああおお!」

と言葉にならない悲鳴を上げながら搬送されて行った。

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同じ頃…旅行先でも大変な騒ぎとなっていた、と知ったのは…マンションでの出来事の翌日だった。

彼らは仲間の親族が所有する別荘を貸し切って数日過ごしていたのだが、2日目の晩に突然崎野の姿が消え、周辺を探しても見つからず…最終的に警察や地元の消防団を巻き込んだ捜索を行っていたのだ。

結果、崎野は莉乃のマンションで見つかり、安否が報告されたのだが…

状況が余りにも不可解なのだ。

何故なら、その別荘は県を2つ跨いだ山奥に有り、新幹線と在来線を乗り継いで3時間以上はかかる距離にある。

だから、別荘で忽然と姿を消して、そこからたった数時間後に莉乃のベランダに居る事など、本来なら絶対にあり得無いし、そんな短時間で「歩いて」戻って来る事など出来ないのだ。

だが両方の場所の防犯カメラを確認すると、裸足で道路脇を歩く崎野の姿が確認され…「一体どうやってここまで来たんだ」と、捜査に来た警官は終始、首を傾げていた。

しかし、崎野の足の負傷具合を見る限りはそう判断せざるを得ず、結局事件は「別荘付近から、途中で車に乗せた人物を探す」という方に捜査が向いた…と、事件当夜、莉乃を介抱していた婦人警官が、そう話してくれた。

崎野や仲間がその後どうなったのかは分からない。…というか、教えられない事情があるのだろう。

でも、ネットのニュースに「○○県の別荘で若者が乱交パーティー」という記事が小さく乗っているのを見て、恐らく彼らだとは何となく気付いたし、夏休みが明けた後…そこらで「あの事件てここの学生だよね?」と言っているのが聞こえた。

莉乃はと言うと、あれから別の場所に引っ越し、以前よりも平穏に学校生活を送っていた。

警察が事件の公表を伏せたのが不幸中の幸いだろう。騒ぎ立てられる事も無く、もう誰も霊感云々と言わなくなったから快適だそうだ。

しかし…1つだけ、どうしても警察に言えなかった事があると、事件から2年経った頃に聞かされた。

崎野達は、執拗に莉乃を心霊スポットに誘おうとしていた。しかし仲間の殆どが「霊感が無い」と知りながら単純にからかっているのだと、彼女は気づいていた。だが…

「あの時さ…ずっと嫌な感覚がしてて…これどこからだろうって見たら…崎野からだったの」

「それにさ、『おいでよ』って、『一緒に行こう』って…旅行の事で絡んでくる時、頻繁に言ってたんだよね…それ聞いている内に、ああこれ、この子の『本心』じゃないなって…何かそんな感じがしたんだ…」

「その心霊スポットの事も気になって調べたら、そこ、結構ヤバい場所だった…ごめん、話してたらちょっと気持ち悪くなってきた…自分から言い出したのにごめん…話すのも駄目な場所かもね…」

「でもこれだけは何か分かる。崎野、だいぶ前から『呼ばれてたんだな』って…」

事の真相は、未だ不明のままだ。

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@天津堂 様
読んで頂きありがとうございます♪
憑りついたモノの正体が何者かが分からないほうがゾクゾクしますよね。「リング0」で、貞子の父親が「海から来た何か」という事だけで結局謎のままでしたが、人ならざるものに人が憑りつかれる恐怖を感じました。これからもマイペースで書いていくので、是非見守っていただければ嬉しいです(^◇^)

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@さかまる 様
読んでいただきありがとうございます(^◇^)
ここの所複雑な話ばかりになっていたので、シンプルに怖い話をと思い書いてみました。
恐怖を感じていただけて嬉しいです!(∩´∀`)∩

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