長編6
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ブランコ

私の住むところにも、とうとう外出自粛の御触れが来た

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仕事もしばらく休みということで、疲れも溜まっていたし朝からだらだら過ごし、午後からスーパーで買い物をして、また自宅マンションに戻って、リビングのソファーでごろ寝しながら、海外ドラマを見ていた

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35歳独身で一人暮らしの女性の休日の過ごし方としては少々色気がないが、彼氏もいないことだし、まあしょうがないでしょ、と開き直りつつ、テーブル上のポテチにまた手を伸ばす

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以前から録画していたものが結構溜まっていたのでこの機会に、と思って見だしたのだが、これが意外と嵌まってしまい、ハッと気がついたときには、窓の外が薄暗くなっていた

すると、

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─ゴトン、、、

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玄関の方から、金属音が聞こえた

─何だろう、郵便物かな?

ソファーを降りて、玄関のところまで歩き、ドアポストを見る

一枚の紙が入っていた

取り出して、開いてみる

大きさはA 4くらいで、パソコンで作ったようなものだ

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この子を探してます!

・・・・・・・・・・

突然にすみません 私はS マンションB 棟403号室に住むH という者です

実は4月5日の夕方から、うちの娘、悠香(6歳)がいなくなりました

失踪時の娘の格好は白のワンピースに赤のランドセル姿でした

もし何か心当たりのある方、いらっしゃいましたら、以下の携帯番号にご一報ください、、、

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B 棟403号室というと、ちょうど、この部屋の真上だ

紙面の下方には悠香ちゃんのカラー写真がある

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─え!この子、、、

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私はこの子を、何度か見た覚えがあった

いや、一度だけだが、会話をしたこともあった

それは全て、会社帰りのことだ

私はいつもだいたい午後7過ぎくらいにマンションにたどり着くのだが、エントランス横手にある、住人用の小さな公園で一人、遊んでいるのを見かけたことがある

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薄暗い公園のブランコに一人腰掛けている姿が、何だかすごく切なくて、つい「まだ、おうちには帰らないの?」と尋ねると、「帰りたくないの、、、」と言って悲しそうに微笑む顔が、印象的だった

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─4月5日といったら、一昨日のことか

こんな可愛い子が、いなくなって、親は堪らないだろうなあ

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そろそろ晩ご飯でも、と、台所に向かおうとした時だ

明日が燃えないゴミの日だということに気付き、急いで部屋のゴミを指定袋に詰め込むと、サンダル履きで部屋を出た

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廊下を歩き、エレベーターの扉前で立ち止まると、

タイミング良く着いたところだったので、ホッと一息ついた

チーン!というベルの音とともに、扉がゆっくりスライドした瞬間、ふっと空気が動いて、何となく誰かとすれ違った気がして振り返ったのだが、勘違いだったのだろうか、廊下には人の姿はなかった

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エントランスにある住人用のゴミステーションにゴミを置こうとしたとき、キィィィ、キィィィという軋む音がするので、チラリと、そちらの方を見る

そこには、朝夕と見るいつもの公園があった

満月の下、死んだようにひっそりとした遊具たちの中、二つ並んでいるブランコの一つが、なぜだか、ゆらゆらと前後に揺れていた

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3階の部屋に戻る

その時、玄関の鍵を掛けずに出たことに気付いたが、まあ数分のことだから大丈夫だろう、と思いつつ廊下を歩き、台所に行こうとした時だ

「パチン」という変な金属音が聞こえた後、突然辺りが暗闇に包まれた

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─え?

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しばらく立ったままで、じっとしていた

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─停電?、、、

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やがて暗闇に目が慣れてきて、ぼんやりと周囲が見えてきた

収納棚の引き出しから懐中電灯を取り出し、ブレーカーボックスのある台所奥まで、慎重に歩きだす

ボックスを開けて、中を確認するが、ブレーカーには、何の異常もなかった

やはり、停電のようだ、、、

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今晩は満月だったのを思いだし、月明かりで少しは部屋の中も見通しが良くなるだろう、と、台所横のリビングまで歩き、サッシ窓のカーテンを一気に開いてみる

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その時だ

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ゾワリと背中が粟立ち、一気に心拍数が上がる

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窓にリビングの様子が映りこんでいるのだが、ちょうどリビング入口のところに、ぼんやり白い人影が立っているのが見える

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「だ、、誰!?」

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声を出しながら、勇気を出して振り返る

だが、そこには誰もいなかった

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─まぼろし?

やはり疲れてるのかなあ、、、

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それからしばらくすると、息を吹き替えしたかのように部屋は明るくなり、テレビの賑やかな音が聞こえてきた

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晩ごはんを終えた私は脱衣場で服を脱ぎ、暖かいシャワーを浴びていた

石鹸を手のひらに乗せ、首筋から丁寧になぞるように洗っていく

一通り全身を洗った後、再びシャワーの蛇口をひねった 

すると、

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─パチン、、、

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何かが弾けるような音がして、突然、浴室は暗闇に包まれた

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「え!?」

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シャワーは出続けている

そして、なぜかその水流音に混じり、人の笑い声が聞こえてきた

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「フフフフ、、、フフフフ、、、」

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それは、女の子のクスクス笑う声だった

私は慌てて蛇口を閉めた

笑い声は止まらず、暗いシャワールームの中を不気味に反響していた

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「フフフフ、、、フフフフ、、、」

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「止めて!」

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私は両耳を塞ぎ、その場にしゃがんだ

すると、笑い声は止まった

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狭い室内は静寂に包まれる

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ようやく、ゆっくり立ち上がろうとした時だ

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shake

─ドン!ドン!ドン!ドン、、、

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今度は、右側のドアを叩く音がする

見ると、磨りガラスの向こうに白いワンピースの女の子が立っており、両手のひらで、狂ったように叩いている

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shake

─ドン!ドン!ドン!ドン、、、

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「お願いだから、止めてー!」

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私はありったけの力を振り絞り、叫んだ

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音はピタリと止んだ

見ると、もう女の子の姿は消えている

私は怖かったのだが、そっとドアを開き、タオルで身体を拭くと、素早く部屋着に着替え、フリースを羽織り、外に出た

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とりあえずはマンションから離れようと、廊下右奥にあるエレベーターのところまで歩きだそうとしたときだ

私の足は思わず止まってしまった

2M くらい先のところに、先ほどの白いワンピースの女の子が、こちらに背を向けて立っているのだ

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私はその場で固まった

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女の子はそのまま首をゆっくりとこちらに向けだし、信じられないのだが、とうとう背中の方にまで回すと、その精気のない青白い顔を見せた

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「え!悠香ちゃん?」

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女の子は、やはり悠香ちゃんだった

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彼女は再び正面に向き直ると、直立の姿勢のまま、すーっと前に進みだした

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私の足は意思とは裏腹に、その小さな背中に従い歩きだした

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エレベーター横の階段を登り、4階にたどり着くと、悠香ちゃんは私の部屋の真上にある403号室の前まで進み、最後は消えてしまった

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私は震える手で、403号室の呼び鈴を押してみる

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─ピンポーン!、、、

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何の返事もない

2度3度と押してみるのだが、やはり何の反応もなかった

ドアノブを握り、回してみる

鍵はかかっておらず、ドアはキィィィという金属音とともに簡単に開いた

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「あの、、、誰かいますか?」

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恐る恐る声を掛けながら、中を覗く

廊下には電気も点いてなくて、薄暗い

だが、突き当たりの部屋からは明かりが漏れており、微かにテレビの音が聞こえてきていた

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私は靴を脱ぐと、静かに廊下に上がった

喉元に心臓の拍動を感じながら、ゆっくり、奥の部屋に向かう

徐々にテレビの音がはっきり聞こえてきた

バラエティー番組だろうか 時々、狂ったような笑い声が聞こえてくる

私は震える手でドアノブを握ると、一気に開いた

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なぜだか生臭い獣臭が鼻をつく

そして、目の前で見えている光景がどういうものか理解できたとたんに、全身の震えが止まらなくなっていた

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大型のテレビの前にあるテーブルには、赤いガウンを羽織った中年の女が座っており、なにやらぶつぶつと独り言を呟いている

病的なくらい色白で、焦点の合っていない二つの目の下には、くっきり青黒い隈がある

髪はボサボサだ

女の足元のカーペットには、血のベットリついた包丁が無造作に落ちていた

そして、、、そして、その傍らには、人の首らしきものが転がっており、数匹のハエが飛び回っている

女の正面には、スエット姿の男が座っているのだが、首から上がなかった

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女は私の姿に気付くと、狂ったように笑いだした

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私はこの意味不明な笑い声に包まれながら、携帯を取り出すと、震える指で必死に110番を押していた

そしてこの笑いは、警察官が駆けつけるときまで、止むことはなかった

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悠香ちゃんは、マンション地下にある薄暗い集合配電盤の近くで、変わり果てた姿で見つけられた

極度の栄養失調状態だったようで、体重は15㌔もなかったそうだ

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