中編4
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溜まり場(吹き溜まりⅢ)

からからからぁぁぁん、、、と小気味よい音で木製の扉が開く

女性のお客様のようだ

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寝起きのままベッドから抜け出してきたような茶色の髪、2日は寝ていないような疲れきって荒れた肌をした顔

瞳はどこか虚ろで焦点が合っていない

薄汚れたピンクのネグリジェの胸の辺りには、どす黒い血が付いていて、しかも裸足だ

年齢は40代後半くらいだろうか

ビクビクしながら店の真ん中辺りを歩き、猫背のまま俺の前のカウンターに座る

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「こんにちは」

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ありきたりの挨拶をすると、彼女は他所から連れてきた子猫のようにビクッと肩を動かし、怯えた様子でこちらを見た

首筋に青黒い筋が見え隠れする

すると、虚ろな瞳でぶつぶつと念仏のように、同じ言葉を繰り返し始めた

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「いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、、、」

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俺は軽く一つため息をつくと、精一杯の愛想笑いをしながら「そう、そう、あなたはちっとも悪くない だから安心してください」と言ってあげた

すると、

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shake

─ドン!ドン!ドン!ドン!

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入口横に紺のつなぎの作業着姿の若い男が立っており、目の前の壁をひたすら殴っている

男の頭の右側はポッカリと割れており、中から血に染まった脳ミソが見え隠れしている

血走った目で壁の一点を睨み付けながら、ただただ殴り続けている

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「チキショー!チキショー!チキショー!チキショー!チキショー!、、、」

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この男は2日前からあの場所に立っているのだが、今朝、店をオープンしようと、入口の扉を開けたら、横手の壁を殴り続けていた

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店の窓際にある丸テーブルには、白衣を着て聴診器を首にした初老の男性が座っている

頭のてっぺんには頭髪がほとんど無く、まるで落武者のようだ

重度の火傷を負ったかのようなその顔は、あちこちひどく爛れており、眉間に深い皺を寄せて、何かぶつくさ文句を言っている

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「だから、お前は頭が悪いんだよ、だから、お前は頭が悪いんだよ、だから、お前は頭が悪いんだよ、だから、お前は頭が悪いんだよ、、、」

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─からからからぁぁぁん、、、

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また、入口の扉が開いた

今度は若い男性のようだ

黒のティーシャツにジーパンという出で立ちで、

しっかりした足取りで歩き、カウンターの端に座った

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男性はすぐに、横手に座るネグリジェのの女に気付いたようで、珍しい動物でも見るような目で一瞥すると、今度は俺の顔を見た

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「あんた、見えるの?」

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と聞くと、ティーシャツの男性は俺の顔を見ながら、コクりと頷く

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「たまに、いるんだよなあ あんたのように見える人が、、、 

あ、ところで、何にします?」

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「じゃあ、コーヒーを」

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ティーシャツの男性は、ざっと店内を見回すと、

「あの、、、あの人は?」と言って、扉の横に立つ男の方にチラリと目を移す

俺はコーヒーをたてながら「ああ、あの人ね

あの人は2日前から、あそこに立ってるんだけど、今日はとうとう、あのざまだよ」と言って苦笑した

作業着姿の若い男は何が楽しいのか、ひたすら壁を叩いていた

拳は血で真っ赤になっている

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「まあ恐らくはカッとなって、誰かを殴り殺しちまったんだろうね 

その後、ビルから飛び降りかな

そのときの怒りが今もずっと消えないんだろうよ」

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「じゃあ、こちらの女性は?」

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そう言ってティーシャツの男性は、真ん中に座るネグリジェの女の方を横目で見る

俺は男性に、こっそりと耳打ちした

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「旦那の浮気だろうね カッとなって包丁でブスリかな その後は首吊りだろうね」

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「いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、いいえ、わたしは悪くありません、、、」

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女は相変わらず先ほどから、同じ言葉を繰り返していた

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「それと、窓際のあの男、、、

あの人は元々、医師なんだけど、どういう理由なんだか、家族全員を猟銃で射殺して、家に火を点けたみたいだ」

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立て付けの悪そうな窓際のテーブルに座る初老の男性は、あちこちケロイド状になった灰色の顔で店の外を眺めながら、相変わらず同じ言葉を繰り返している

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「だから、お前は頭が悪いんだよ、だから、お前は頭が悪いんだよ、だから、お前は頭が悪いんだよ、だから、お前は頭が悪いんだよ、、、」

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「こ、、ここは、いったい、何なんですか?」

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ティーシャツの男はできたてのコーヒーに手もつけずに、尋ねる

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「お客さん、、、ここは吹き溜まりなんだよ

生前に強い思いを残して亡くなった方々が集う」

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「ここに来た亡者たちは、それぞれの人生最期に出した言葉、やった行為を何度も何度も繰り返すんだ

理由?

理由なんかない ただただ繰り返すだけだ

それは2日で終わることもあれば、10日も20日も続くこともある」

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「ふふふ、、、変な店だろう

でも、俺のコーヒーは絶品だから、これに懲りず、また来てくれよ」

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そう言って俺は白髪混じりの頭を掻いて、苦笑した

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E N D

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Presented by Nekojiro

Concrete
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パートⅠ、パートⅡ、パートⅢとかありますが、それぞれ一話完結ですので、前のを読まなくても大丈夫です

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