中編4
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押入れの腕

幼い頃の記憶――。

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夏休みになると、山形にある親戚の家に泊まりにいくのが僕ら家族の恒例行事だった。

親戚の家にはK君という歳の近い子どもがいて、僕と3歳下の僕の妹は、よく彼と一緒に遊んだものだった。

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幼い僕ら兄妹にとって、ふだん接することのない田舎の大自然は、新鮮で興味の尽きない広大な遊び場だった。

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深い森。

清らかな小川。

どこまでも広がる田園。

夏の強い日差しを身体いっぱいに浴びて、僕ら3人は真っ黒に日焼けしながら遊び回った。

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虫取りが上手くて、秘密基地の作り方が上手で、木登りが得意なK君。

僕はK君のことを本当の兄弟のように感じていたし、毎年彼に逢うことが楽しみだった。

妹もK君のことが大好きだった。

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幼い頃のまぶしい記憶――。

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その日は朝から雨が降っていた。

大人たちは車で買い物に出かけるから、子供たちだけで遊んでいなさいと言った。

外に遊びに行けないから、僕らは家の中でかくれんぼをして遊ぶことにした。

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K君の家は古い日本家屋で、とても広かった。

襖のむこうにいくつも部屋があり、隠れる場所が豊富でスリリングだった。

当然この家に住んでいて隠れやすい場所を知っているK君に有利な条件ではあったが、僕ら兄妹も、子供ならではの感性を発揮して見つかりづらい場所を探すのだった。

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何度目かの番で、K君が鬼になった。

僕と妹は一緒になって隠れる場所を探した。

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縁の下。

掘りごたつの足元。

束ねてあるカーテンの中。

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前に一度隠れたことのある場所はすでに安全ではない。

K君の意表をつく、新しい隠れ場所はないものか。

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shake

「もーいーかい?」

shake

「まーだだよー」

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家の外では、雨が強く降っていた。

僕らは昼間なのに薄暗い家の中をあちこちと歩き回った。

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襖をあけると、神棚のある和室だった。

この部屋はK君の両親に「子供は入ってはいけないよ」と注意されている場所だった。

その押入れに目が留まった。

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僕と妹は押入れの襖を開けると、中にそれほど物が入っていないことを確認して、中板で上下に分かれたうちの下のスペースに潜り込んだ。

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襖を閉めると中は漆黒の闇に包まれた。

自分の手すら、闇に慣れていない目には見えなかった。

押入れの奥にいる妹が怖がったので、わずかに襖を空けて少しだけ明かりを差し入れた。

妹の安心した顔が見える。

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shake

「もーいーよ」

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K君が家の中を探し回る足音がする。

僕は背後でクスクス笑う妹にシーっとジェスチャーを送ったが、逆光で見えてはいなかったかもしれない。

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その後、しばらく息をひそめていたが、K君はこの押入れの襖を開けるどころか、神棚の部屋に入ってくることさえなかった。

僕も緊張感の糸が切れかかっていた、その時、

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shake

「うわっ!」

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突然、背後から首筋にナニカが巻き付き、すごい力で締め上げ始めた。

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不意のことで、心臓の鼓動が跳ね上がり、身体の筋肉が硬直する。

慌てながらも視線を首元に移すと、襖から差し込む微かな光の中に、細くて白い腕が見えた。

背後にいる妹の腕だった。

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おどかすなよ――

振り返ってそう言おうと思ったが、冗談にしては妹の腕が僕の首を締め上げてくる、その力が尋常でない。

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妹が、なにかおかしい――。

押入れの中で身体を屈めた状態のまま、妹の腕をなんとか押し広げ、四苦八苦しながら背後を振り返る。

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そこには、恐怖に目を見開いた妹の顔があった。

彼女の首筋と口元には「腕」がまきついていた。

その太い――大人の男性のものに見える腕は、妹の背後の暗闇からぬっと伸びていた。

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妹は口をふさがれ声も出せず、腕を伸ばして僕に助けを求めていたのだ。

僕を掴んだ腕の異常な力強さは、彼女の必死さの証だった。

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僕はその太い腕にとりついて引きはがそうと力をこめる。

だが、大蛇のごとき腕は幼い身体にまきついてびくともしなかった。

熱を感じない、まさに蛇のような腕だった。

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闇から伸びる太い腕。

妹が殺されてしまう。

誰の、ナンノ腕なんだ。

離せ離せ。

気持ち悪い、もう触りたくない。

はなせはなせはなせはなせ。

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僕が背後の襖を空けたのは無意識のことだった。

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押入れの中に、薄暗い光が差し込んだ。

そのとたん、腕は妹から離れ、押入れの闇の深いところへすっと消えていった。

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僕は放心していた。

妹は泣きながら押入れから飛び出してきた。

僕の脇を通り過ぎ、駆けていった。

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しばらくして、部屋の外からK君の声がした。

「おお、お前どうしたんだよ。

 泣くなよ、よしよし。

 そんなに抱きつくなって」

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妹も、K君のことが大好きだったからな。

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帰ってきた親たちは泣きじゃくる妹を見てわけを尋ねたが、答えを得られずに困り果てた。

僕は何も言わなかった。

結局、両親は妹だけ先に連れて帰ることにした。

僕は当初の予定日まで、もう少しだけ親戚の家に泊りたいと言い、それを許された。

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結局、その夏を最後に親戚の家に泊りに行くことはなくなった。

それは親たちが決めたことだったが、僕にしても、妹にしても、行く理由はなくなっていた。

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K君がいなくなってしまったのだから。

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僕はあの後、K君とふたりだけで、神棚の部屋に入ったりなんかしていない。

K君に、「押入れの中に面白いものが見える」と言って、中に入るよう勧めたりなんかしていない。

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ガタゴトと震える押入れの襖。

やがて静かになった。

押入れの中には誰もいなかった。

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それは幼い頃の――。

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天津堂様
猛省です。精進いたします。

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ごうすけ様
ご指摘ありがとうございます。
A君はK君の誤記です。
修正しました。

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