中編4
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季節はずれの浜辺にて

死ぬのに一番良いロケーションって、どこだろう?

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そんなことをずっと考えていたら、「海」が思い浮かんだ

だって「海」は母の胎内の象徴で、全ての人の始まりの場所であり、死ぬということは、その始まりの場所に戻るということだから、、、

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だから俺は、浜辺を歩いていたんだ

季節的にはまだ夏には遠く、吹く風にも冷たさが感じられる時節のこと

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・・・・・

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エリカだけが俺の全てだった

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いとおしくて、いとおしくて、ずっと抱きしめていたい、他のどんな女性にも変えられない存在、、

夜、布団に入り、その笑顔を思い浮かべると、胸が締め付けられるような、そんな存在、、

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それが、俺にとってのエリカだった

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そんな大切なエリカを、どういう分けか神様はいとも簡単に奪い去った

それは一ヶ月前の日曜日のこと、、、

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俺は彼女の買い物に付き合い、街を歩いていた

そろそろランチでも食べようか、と、カラフルなパラソルの並ぶイタリアンレストランに入ろうとした、その時だ

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どこからかけたたましいクラクションが数回聞こえた後、不快な急ブレーキの音が鳴り響き、ドスンという鈍い衝突音がした

咄嗟に隣を見ると何故かエリカの姿は消えている

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そのすぐ後、

何かが爆発したような凄まじい音が続いた

呆然と立ち尽くす俺の10メートルほど先

さっきまでカラフルでお洒落な店先に、黒いセダンタイプの車が突っ込んでいて、灰色の煙がもうもうと立ち上がり、辺りには、ガラスの破片が散乱していた

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この世の地獄のような光景だった

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高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違いによる車の暴走ということだった

ほんの数分間で、エリカと二人の若い命が奪われたのだ

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そろそろ太陽も水平線に近づいてきたようだ

海からの風は暖かくて優しげで、とても心地良い

穴空きのジーンズに白い長袖ティーシャツという出で立ちは、40を過ぎた俺にしては少し気恥ずかしい

とも思ったりもしたが、まあ、今から死ぬ人間にとっては、そんなことはどうでもよいことだろう

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俺はスニーカーを脱ぎ捨てた

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立ち止まり、単調な旋律を延々と繰り返す波をしばらく眺めた後、意を決して水平線に向かって歩きだした

そして、いよいよ腰まで浸かったころ

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「あの、、、」

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後ろの方から若い女性の声がする

振り返ると、少し離れた浜辺に、いつの間にか女性が立っている

薄黄色のワンピースに同色の麦わら帽子で、まぶしそうに額に片手をかざし、俺の背中を見ている

その顔は透き通るくらい白くて、どこかもの悲しい憂いを帯びていた

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「何をしているんですか?」

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女性は俺の顔を真っ直ぐ見ながら言った

その二つの瞳は、疑うことを知らない少女そのものだった

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俺は女性の声を無視して前を向くと、押し寄せる波に逆らいながら再び前進しだした

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「止めてください!」

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きっぱりとしたものの言い方だった

俺は思わず足を止める

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「何があったか知りませんが、それだけは止めてください!」

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俺は再び振り返った

その声には奇妙に説得力があって、強力な磁石に引っ張られるかのように、二本の足は反対方向に向かって歩きだしていた

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太陽はすでに水平線の際まで迫っていた

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俺と女性は浜辺に二人腰掛け、朱色の海を眺めていた

波も浜辺も、そして俺の隣に膝を抱えて座る女性の横顔も、蜜柑色に染まっている

薄黄色のワンピースと麦わら帽子までも、、、

女性は俺の話をただ黙って聞き終えると、意外なことをポツリと言った

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「でも、エリカさんは最後、幸せだったんじゃないかな」

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「え!どうして?」

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「最愛な人と一緒のときに逝けたから」

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「・・・・・」

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彼女も俺と同じように、最愛な人を失ったそうだ

サーファーだった彼氏は天候が良くない日に一人海に行き、大波にさらわれ、命を落とした、ということだった

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「私は、彼氏の最期を看とることが出来なかった」

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彼女は続けた

「私には分かるの

エリカさんはたぶん、あなたに自分自身の分まで生きて欲しい、と願っている

だから、、、ね!」

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そう言って女性は二重の大きな瞳で俺の瞳を覗きこむと、白くか細い手を俺の手に重ねた

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気が付くといつの間にか熱いものが頬をつたい、上唇を濡らしていた

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太陽はもうその姿を、水平線の彼方に隠していた

辺りはもうすっかり薄暗くなっている

気が付くと、さっきまで隣に座っていた女性がいなくなっていた

俺はゆっくり立ち上がると、また浜辺を歩きだした

ただその足取りは一時間ほど前とは違い、しっかりとしたものだ

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─もう一度、生きてみようかな

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俺は見ず知らずの女性の言葉に救われた

そうなると勝手なもので、猛烈に腹が減ってきた

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─今日は何かうまいものでも食おうか

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しばらく好きな料理を思い浮かべながら歩いていると、波打ち際に、こんもりとした黒い影があるのが見えてくる

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─何だろう?

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俺は恐る恐るそれに近づいた 

最初それは、波打ち際に捨てられたマネキンでは?と思った だが、違っていた

ポケットから携帯を出して、照らしてみる

そしてそれが何か分かったとき、身体中に電気のような衝撃が走り、一瞬でさっきまでの能天気な気分は消え失せた

俺はその場にガックリと膝まずき砂浜に両手をつくと、ボロボロと大粒の涙を流しながら、叫んだ

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「こんなの、、、こんなの、、、ずるいよ!」

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そこには、打ち寄せる波にゆらゆら揺れる薄黄色のワンピースの女性の朽ち果てた亡骸があり、少し離れたところには、ボロボロになった麦わら帽子が落ちていた

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